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終戦の翌年、預金は下ろせなくなった。現金を持っていた人が、いちばん損をした話

8月15日です。

戦争のことを、お金の話に置き換えて語るつもりはありません。

失われたものの大きさは、数字にできるものじゃないので。

ただ、ひとつだけ書いておきたいことがあります。

戦争が終わったあと、この国で実際に起きたお金の出来事についてです。

学校では、ほとんど習いませんでした。

僕がこれを知ったのは、40代になってからです。

そして知ったとき、いま自分がやっている資産の置き方を、少し考え直しました。


戦争が終わっても、お金の話は終わらなかった

1945年8月15日で戦争は終わります。

でも家計にとって、いちばんきつかったのはその半年後でした。

1946年2月。

国が、国民の預金を凍結します。

「預金封鎖」と呼ばれる出来事です。

1946年2月16日、土曜の夜に発表された

ここが、この話でいちばん怖いところだと思ってます。

金融緊急措置令が公布されたのは、2月16日。土曜日でした。

そして実施は、翌17日です。

発表の翌日から始まりました。

銀行は日曜です。準備する時間はありませんでした。

「そろそろ危ないから引き出しておこう」ができない。

制度が変わるときは、逃げられないように変わるということ。

これは覚えとこうと思いました。

銀行に行っても、月500円しか下ろせない

封鎖の中身は、こういうものでした。

引き出せる金額の上限
・世帯主:月300円まで
・その他の家族:1人につき月100円まで
・世帯の合計で、月500円まで

自分の口座にお金があっても、それだけしか使えません。

生活費のために、毎月上限まで下ろす。それしかできない状態です。

この封鎖が解除されるのは、1948年7月でした。

2年以上続いています。

タンス預金のほうが、もっと危なかった

ここが意外なところです。

「銀行が危ないなら、現金で持っておけばいい」と思いませんか。

僕は最初そう思いました。

でも当時は、それがいちばん危なかったんです。

同時に「新円切替」が行われました。

それまでの紙幣が、使えなくなったということ。

旧札は、いったん銀行に預けないと新札に交換できません。

そして預けた瞬間、封鎖の対象になります。

つまり、こうなります。

当時の逃げ場のなさ
・銀行に預けていたお金 → 凍結された
・タンスに置いていた現金 → 紙として使えなくなった
・どちらにしても、封鎖された口座を通るしかなかった

現金を持っていることが安全だ、という前提が崩れた瞬間でした。

そのうえ、財産税がかけられた

もうひとつあります。

1946年、財産税が実施されました。

一度きりの税金です。

財産が10万円を超える人に対して、**25%から90%**の税率がかけられました。

多く持っている人ほど、重く取られる仕組みです。

対象は預金だけではありません。

不動産も、生命保険も、金融資産も含まれました。

分散していても、逃げ切れる話ではなかったということ。

そして、物価が数十倍になった

止めがこれでした。

戦後の数年間で、物価が跳ね上がります。

調査によって幅がありますが、1945年からの数年で数十倍という水準です。

終戦から6年ほどで約100倍という見方もあります。

これが何を意味するか。

現金の価値が、ほとんど消えたということです。

封鎖が解除された頃には、下ろせるようになったお金の値打ちが変わっていました。

守ったつもりのお金が、守れていなかった。

現金を持っていた人がいちばん損をしたというのは、こういうことです。

「だから金を買え」と言いたいわけじゃない

ここは、はっきり書いておきます。

この話は、不安をあおる材料としてよく使われます。

「また預金封鎖が来る」「だから金や外貨を持て」という形で。

僕はそう思っていません。

当時と今では、前提が違いすぎます。

当時と違うところ
・敗戦直後で、国の経済そのものが壊れていた
・食料も物資も、絶対的に足りていなかった
・今のような預金保険の制度もなかった

同じことが明日起きる、とは考えてません。

そういう話にすると、この出来事が売り文句に使われてしまいます。

それは、当時を生きた人に対して失礼だと思ってます。

僕がこの話から持ち帰ったこと

じゃあ何のために知っておくのか。

僕が持ち帰ったのは、たった一点です。

「安全な置き場所」は、条件つきでしか存在しない。

預金が安全なのは、制度と経済が今のまま続く限りです。

その前提は、たいていの場合は成り立ちます。

でも「絶対」ではない。過去に一度、成り立たなかったことがある。

それだけの話です。

だから僕がやっていること
・全部を1か所に置かない
・現金も、値動きするものも、どちらも持つ
・どちらか一方が「絶対に安全」とは考えない

派手な対策はしてません。金塊も買ってません。

ただ「預金が絶対に安全」という思い込みだけは、外しました。

分散という言葉を、前より少し重く受け取るようになった感じです。

まとめ

  1. 戦争が終わったあと、1946年2月に預金封鎖が行われた。発表は土曜、実施は翌日で、逃げる時間はなかった

  2. 引き出せるのは世帯で月500円まで。解除されたのは2年後の1948年7月

  3. 同時に新円切替があり、タンス預金の紙幣も使えなくなった。現金が安全という前提が崩れた

  4. 財産税は最高90%。預金も不動産も保険も対象で、分散していても逃げ切れなかった

  5. その後の数年で物価が数十倍に。結果として、現金を持っていた人がいちばん損をした

8月15日は、失われた人を思う日です。

その日にお金の話をするのは、少し気が引けます。

それでも書いたのは、この出来事を知っている人が少なすぎると感じたからです。

同じことが起きると言いたいわけじゃありません。

ただ「当たり前」がひっくり返った時期が、たしかにあった。

それを知っているかどうかで、自分のお金の置き方は少し変わると思ってます。


【参考にした情報】
・国立公文書館「金融緊急措置令が制定される(昭和21年2月)」
・日本銀行金融研究所「戦後ハイパー・インフレと中央銀行」
・財産税・新円切替に関する各種解説

※物価の上昇倍率は、基準の取り方や資料によって幅があります。本記事の数値は目安としてご覧ください。また、本記事は特定の資産の購入をすすめるものではありません。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

知らなかった、という方が一人でもいたら、書いた意味があったと思ってます。

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