【2025.8.28】関屋 感想

非常に短い巻。
空蝉、再登場。前の巻からキャラの再登場が多い。

冒頭で「あの昔の帚木が」と出てきたとき、誰だっけ?となった。でもその後で空蝉という呼び名が出て来る。どっちが公式なんだ?と思って原文を見たら、逆に空蝉の語は出てこない。
ということは、公式には空蝉は帚木と呼ばれるべきなのか。たしかに、帚木の方が巻としても先だし、呼称として相応しいか。


さて空蝉の現在はというと、夫と共に任地から帰京しかの有名な逢坂の関を通る時に源氏一行とすれ違う。あの小君が右衛門佐として同行していたのを目ざとく見つけたのか、源氏はかつてのように手紙を持たせる。
右衛門佐は源氏が不遇をかこってるときに見捨てるように常陸介に同行していったので、ちょっと引け目があったが、まだ愛してくださると歓喜している。はいはいよかったね。

ここで手紙を受け取った空蝉も返事をするのだが、そこに「久しぶりのことで本心が出たのか」と書かれている。
たしかに以前は応じないようにしていたけど、うーん、「本当は源氏の心に応えたかった」という意味なのか?


そうこうしているうちに夫が亡くなり、継母の立場はいづらいもので、空蝉は出家する。
おお。藤壺に続けとばかりに出家なさった。いいぞもっとやれ。

人妻で、源氏が入れあげた人と言うのは今後もどんどん出家するものなんだろうか。御息所は亡くなって、尚侍は院のところへ戻って行ったけど。


ところで与謝野晶子版だとタイトルの「関屋」は本文中に出てこない。
原文を見てみたら、逢坂の関で源氏一行が出て来るあたりに登場する単語。
晶子は「関の口」と訳していた。かえってわかりづらいじゃないか……。


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