君はVTuber
私には友達が5人いる。
私たちは、いわゆるネットを通して知り合ったSNS友達で、実際に直接会ったことはなかった。
利害とコミュニケーション能力でサバイブしなければならない現実社会では、本当に信頼できる、気を許せる友達ができなかったのである。
そうして私はいつぞや、インターネットの中にその存在を求めるようになっていた。
この5人は、それぞれ違う知り合い方をした。
一人は、私が匿名で呟いていたSNSに頻繁にリプライをくれていた人だ。
それが親友のタカシである。
タカシは私が呟くことすべてにいいねを押してくれ、時に肯定してくれるようなリプライを送ってくれた。
現実社会で自信を失っていた私は、タカシのおかげでだんだんと自分に自信が持てるようになっていき、それからは私の方も、タカシの呟きにいいねを押すようになり、いつ頃からか直接連絡をとるようになった。
タカシが珍しく弱音を吐くような時は、親友として励ましたりした。
タカシには好きな人がいて、その人に告白したかったが、会うことができなかったそうなのだ。
タカシはいつも自分の信念があって、言葉遣いにはパワーがあった。
それに比べ、私の言葉はなよなよしていて、ネガティブで、決して明るいものではなかった。
それでも、タカシは私を肯定してくれて、私の恩人であったのだ。
なんとかタカシの助けになりたい。
彼の恋愛を成功させたいと思った。
もう一人の女友達のミクは、オンラインゲームで知り合った。
私は好きなゲームがそんなになく、いつも同じゲームで遊んでいた。
ミクもそのゲームによく参加していて、徐々に距離が近づいていったのだった。
ミクは私と違い、とても明るい子だった。
ポジティブで天真爛漫、もしかしたら天然なのかもしれない。
オンラインで遊んでいても、何の気がねをすることなく自然体でいることができた。
それは初めての人とは壁を作ってしまいがちな自分にとっては、とても珍しいことだった。
ミクは友達が多そうであった。
よく喋ってくれる子で、自分に起きた話を実に楽しそうに語ってくれた。
私はそれを聞いているだけで満足だった。
私は必要とされていると、もしかしたら心の内で感じていたのかもしれない。
おじさんの良太さんは、私のメンターだった。
オンライン上で悩み相談ができるサイトで、いつも長文で返信をしてくれていた人だ。
良太さんは本業がクリニックの先生で、ボランティアでそういう活動もしていた。
私は良太さんに相談するようになって、とても心が楽になった。
良太さんは、とても博識でなんでも知っていた。
いろんな悩みを相談するうちに、いつしか良太さんにはすべてを打ち明けるようになっていた。
面と向かっていないため、自然に自分の弱みをさらけ出すことができたのだ。
そして、それでもなお、良太さんは私を肯定してくれた。
良太さんのように誰かを助けられる人になりたい。
私はだんだんと良太さんの真似をするようになった。
色んな趣味の話なども聞いて、良太さんの物事の考え方に心酔するようになった。
別に洗脳されたわけじゃない。
良太さんは弱さを見せることがなかった。
とても強くてエネルギッシュだった。
だからといって圧があるわけではない。
とてもおおらかで、心も器も広い、しっかりした大人だった。
もちろん家族がいて、お子さんも二人いるらしかった。
もう一人のまどかは、年下の女の子だ。
私はよくネットの掲示板を見ていて、まどかはそこで不安定なことをよく書き込んでいる子だった。
私自身も別に安定している人間ではなかったが、私と比べてももっと危なっかしい、SOSを感じる書き込みをしていたので、いつの間にか声をかけるようになっていた。
まどかが困っていることを書き込んでいればアドバイスをし、落ち込んでいることがあれば励ますような言葉をかけていた。
別に私は何のカウンセリングの資格も持っていないので、専門的なことは何もしてあげられないのだが、話し相手になってあげることくらいならできると思い、まどかの悩みを聞くようになった。
まどかの実生活はかなりハードで、なかなか共感のできるものではなかったが、私が良太さんから存在を肯定してもらったように、きちんとまどかのことを受け入れてあげることが大事なんだと思い、とにかくそれでいいんだよ、大丈夫だよと優しい言葉をかけ続けた。
それでも別に状態がよくなるわけではなく、事態も改善しなかったりする。
環境を変えるのはまどか自身になるわけだから、自分の言葉が役に立たないもどかしさがあった。
それでもまどかは私を信頼してくれ、何かあればすぐに相談してくれるようになっていた。
だから、まどかとは実際に会ったことはないけれど、とても深いところで通じ合っているような気がするのだ。
そして、最後の5人目はゆるキャラの「ぐるみん」だ。
「ぐるみん」は、子供っぽい喋りだけど、私はその愛らしさゆえにファンクラブに入っていた。
しかし、そんなことは他の人には言えない。
恥ずかしい。
だって、女の子とかが好きなキャラクターだからだ。
でも、とてもかわいくて仕方がないのだ。
「ぐるみん」はファンと交流する生配信を月に1回行うのだが、そこでたくさんの投げ銭をして覚えてもらえるようになった。
そんなの友達のうちに入らないと他の人は言うだろう。
でも違うんだ。
「ぐるみん」は、私のことをきちんと認知して、私のことを友達と言ってくれた。
名前を呼んでくれたのだ。
私と「ぐるみん」は心で繋がっている。
「ぐるみん」は私だけを見ている。
「ぐるみん」が私を癒してくれる。
「ぐるみん」が私に手を振ってくれている。
「ぐるみん」を守りたい。
「ぐるみん」は私のもの…。
「ぐるみん」は他の人に気づかれないように私にメッセージを送ってくれる。
私は「ぐるみん」が話す言葉を聞き取れる唯一の人間なのだ。
「ぐるみん」は着ぐるみ(アバター)を着ているので、口の動きと声が一致していない。
声だけ聞いていれば、そりゃあ違いはないのだが、口の動きを私だけが読むことができる。
「ぐるみん」が本当に喋っていることがわかるのだ。
「ぐるみん」が私に送ってくれる言葉の数々。
私への愛のメッセージ。
私と「ぐるみん」は相思相愛。
私も「ぐるみん」へ最大の愛を送る。
「ぐるみん」はそれを受け取る。
そういう関係性なのだ。
私は「ぐるみん」に会いたくなっていた。
しかし、それはタブーなのだ。
「ぐるみん」は、インターネット上の存在なのだ。
でも、私の中では「ぐるみん」は「ぐるみん」じゃなくても「ぐるみん」であったのだ。
そうして、私には会ったことがない友達が5人いるのだった。
だから、現実世界でいくら嫌なことがあろうとも、私には耐えられた。
そんな平和な日々が終わることになるとは、その時は思ってもみなかった。
私はタブーを犯した。
そのインターネット上だけの関係性を踏み越えて、現実で会おうとしてしまったのだ。
しかし、約束は取りつけたものの「ぐるみん」はそこに現れることはなかった。
そして、インターネット上で、他の友人たちに慰めてもらった。
「ぐるみん」は、その場に行ったと言った。
私が現れなかったというのだ。
そんなはずない。
時間も場所も同じだ。
なのに、会えなかった。
こんなに相思相愛なのに会えないなんて理不尽だ!
私は「ぐるみん」に伝えられない心の叫びを友達に吐露していた。
ミクは励ましてくれたし、タカシは背中を叩いてくれた。
良太さんには、さすがに恥ずかしくて言えなかった。
まどかには、もちろん言わなかった。
どうしてだろう。
何度か約束を取り付けて、場所や時間を変えて会おうと試みた。
しかし、決して会うことはできなかった。
「ぐるみん」は現れなかった。
次第に「ぐるみん」は嘘をついているんじゃないかと思い始めた。
私を失望させないように、気のあることを言っているだけなのでは?
だって実際に来ていないのだもの。
来る来る言って来ないなんて、ひどいじゃないか。
私はもてあそばれているのかもしれない。
そして、私は良太さんにそのことを相談した。
すると、良太さんは衝撃のことを言い始めた。
残念ながら君は「ぐるみん」に会えない。
「ぐるみん」はこの世界に存在しないのだと。
嘘だ!
「ぐるみん」は存在する!
どうして良太さんまで…。
いつも応援してくれるのに…ひどい。
私は取り乱した。
なんとしてでも「ぐるみん」に会いたい。
どうしたら「ぐるみん」に会えるんだ。
「ぐるみん」の情報を調べ尽くして、「ぐるみん」が現れるであろう場所に張り込んだりした。
自分はストーカーでは決してない。
ピュアで真実の愛だ。
しかし、いつまでたっても、「ぐるみん」は現れることがなかった。
私は何か巨大な目に見えない力が働いていて、私と「ぐるみん」の関係を引き裂こうとしていると思った。
タカシやミクも、その通りだと言った。
その目に見えない力を特定して排除すれば、きっと「ぐるみん」に会うことができる。
私は一つの仮説を立てた。
ここまでお互いの気持ちが引き合っていて、会うことができない。
ということは、もしかして私がいるこの現実と「ぐるみん」がいる現実が、違う時間軸や平行世界なのではないかということ。
どちらが未来か過去なのかは分からないが、もしかしたら違う世界を生きているから、会うことができないんじゃないかと考えた。
確かにそれは一理あると、タカシもミクも賛同してくれた。
でも、そうだとしたら悲しすぎる。
だって、永遠に会うことができないじゃないか。
それか、もう一つの仮説。
「ぐるみん」のマネージャーが、私に会わせないように阻んでいる。
それなら、まだ救いがある。
「ぐるみん」の気持ちは、変わっていないからだ。
マネージャーを排除すれば、私と会うことができる。
この場合、世界線は変わらないので、「ぐるみん」と一緒になる未来が残されている。
しかし、この説は「ぐるみん」自体が否定した。
自分にはマネージャーがいないと。
そして、マネージャーに行動を制限されていることもないと。
私はそれを信じるしかなかった。
「ぐるみん」を疑うことはできない。
世界線が違った場合、どうやって別の世界線へ行くのか、それが分からない。
研究が必要だ。
なんでも知っている良太さんだったら、別の世界線へ行く方法も知っているだろう。
良太さんは、最初のうち不審な感じで私の話を聞いていたが、やがて私の熱意を理解してくれて別の世界線へ行く方法を教えてくれた。
それは危険なことだ。
だから教えたくなかったのだと。
だから「ぐるみん」なんていないと、君に伝えたのだ。
世界線を飛ぶことは、もしかしたら君が消滅する可能性もある危険な行為だ。
私は君を大切に思っている。
だから、君を失いたくない。
でも、君のその熱意を無碍にすることもできない。
1回限りの人生、後悔したくないんだろう。
はい。
そこからは時空を超えるための、タイムマシンの発明の毎日だった。
私は部屋へこもり、良太さんから言われた通りにタイムマシンの材料を買ってきては、夜な夜なタイムマシンを作っていた。
タカシもミクも最初は心配していたが、やがて応援してくれるようになった。
まどかには、なかなか言い出せなかった。
一度世界線を飛び越えたら、もしかしたら、もうまどかとも話せなくなってしまうかもしれなかったのだ。
何度も世界線を行ったり来たりできるほど、安全なものではないと良太さんは言っていた。
まどかにはお別れの前に言っておく必要があった。
そして、まどかのことを私の代わりに見てあげる人が必要だった。
だから、まどかにタカシとミクと良太さんを紹介した。
まどかは、最初とても怯えていたが、でも私の友達ということでだんだんと心を開いていってくれた。
タカシもミクも良太さんも、まどかのことを説明していたので、とても優しく接してくれた。
そうして、とうとうタイムマシンが完成する日が近づいてきた。
「ぐるみん」に会うため、私は世界線を超えることになる。
その時には、私はなんとなく分かっていた。
どうしてタカシにもミクにも良太さんにもまどかにも会おうとしなかったのか。
きっとこの4人も、「ぐるみん」と同じように同じ世界線にはいないんじゃないかと思った。
たぶん時代も違う。
良太さんはちょっと言葉が古い感じがしたし、タカシも私の知らないことをたくさん知っていた。
ミクもまどかも、たまに有名な話題でも通じないことが多かった。
でも、インターネットを通して、通じ合っている。
それでいいじゃないか。
直接会うことがすべてじゃない。
だから、私が「ぐるみん」に会いに別の世界に行ったとしても、きっとまたインターネットを通して会うことができる。
そう思ったのだ。
だから、お別れを悲しむ必要はなかった。
絶対にまた会えるから、ハンドルネームを覚えていてね。
そして、ようやくタイムマシンが完成した。
機材の調達は問題なかったのだが、「ぐるみん」がどの世界線にいるのかを特定することが難しかった。
時空間座標について、良太さんにレクチャーを受けたが、ちんぷんかんぷんだった。
言われた通りにコマンドを打ち込んだ。
私は行ってくるねとまどかに伝えた。
まどかは泣いていた。
これはお別れじゃない。
絶対にすぐにまた会えるさ。
「ぐるみん」も早く会いたいと言ってくれていた。
「ぐるみん」からは、今いる時代の情報を沢山教えてもらった。
それをもとに、大型のデータベース(AI)で時空間を特定したのだ。
良太さんがいる世界では、タイムマシンが一般的になっているのだ。
良太さんはタイムマシンの製造方法も、時空間を特定する方法も知っていた。
しかし、私のいる時代ではその技術がまだ発達していない。
だから危険だったのだ。
良太さんに「ぐるみん」からの情報を送り、未来の技術で座標は特定した。
そして、旅立ちの日。
私はタイムマシンに乗り込んだ。
皆にお別れを告げ、そして、新しい世界でまた会おうと言った。
皆、温かく送り出してくれた。
次の日、ネットニュースには、『ぐるみんというVチューバ―の中の人として人気を博した20代フリーターの男性、自作の改造車で近隣の住宅に突っ込む』という記事が。
彼の自宅からは、たくさんの書き込みが見つかり、ぐるみんへの愛のメッセージ、ぐるみんからの愛のメッセージ、そして、良太、ミク、タカシ、まどかというハンドルネームで様々なサイトに書き込みをしていたり、ユーザー登録していることがわかった。
彼は世の中的には「ぐるみん」というバーチャルユーチューバ―として活躍。
かわいい見た目と愛らしいキャラクターで人気を博した。
彼のPCのログからは、タイムマシンを使って、「ぐるみん」へ会いに行くまでの詳細な5人(一人で複数のアカウント)とのやり取りが残されていた。
それが今回の事故につながったものと思われる。
