「貸す」から「つなぐ」へ——2045年の公共文化施設
2045年、公共文化施設は「貸館」だけで生き残れるのか
公共文化施設は、地域にとって当たり前のように存在している。
ホールがある。
会議室がある。
展示室がある。
ピアノがある。
舞台がある。
音響や照明がある。
そこに人が集まり、演奏会や発表会や講演会が行われる。
多くの人にとって、公共文化施設は「必要なときに借りる場所」かもしれない。
けれども、これからの時代、公共文化施設は本当に「貸館」だけで生き残れるのだろうか。
2045年。
いまからおよそ20年後。
人口は減り、高齢化はさらに進む。
税収は厳しくなり、行政の支出には優先順位がつけられる。
舞台を支える専門人材は不足し、施設は老朽化し、利用者の移動手段も変わる。
文化芸術を楽しむ方法も、会場に足を運ぶだけではなく、配信やデジタル空間へ広がっている。
そのとき、公共文化施設は、いまと同じ使われ方を前提にしていてよいのだろうか。
公共文化施設は、そもそも市場原理だけでは成り立たない
公共文化施設の難しさは、最初から市場原理だけでは成り立ちにくいところにある。
民間のライブハウスや商業施設であれば、収益性の高い利用を優先することができる。
人気アーティストの公演、企業イベント、収益性の高い催事を入れれば、収入は増えやすい。
しかし、公立文化施設はそう単純ではない。
公共施設である以上、公平利用が求められる。
地域の学校、文化団体、市民サークル、福祉団体、行政事業、プロモーター、企業。
さまざまな利用者に開かれていなければならない。
たとえば、同じ日曜日の大ホールでも、人気公演が入る場合と、学校の練習利用が入る場合では、収入は大きく違う。
経営だけを考えれば、収益性の高い利用を優先したくなる。
けれども、公共性を考えれば、利用者を収益性だけで選ぶことはできない。
ここに、公共文化施設の根本的な矛盾がある。
公共性を守るほど、収益性は不安定になる。
収益性を追いすぎるほど、公共性は揺らぐ。
この矛盾をどう扱うかが、これからの公共文化施設経営の大きな課題である。
指定管理者制度は、公共性と効率性を同時に求める
多くの公共文化施設は、指定管理者制度のもとで運営されている。
この制度は、民間活力を導入し、効率的で柔軟な施設運営を目指すものとして広がってきた。
しかし、現場から見ると、指定管理者制度には難しい面もある。
行政はコスト削減を求める。
施設は公共性を求められる。
利用者はサービスの質を求める。
職員は限られた人数で運営を担う。
建物は老朽化する。
舞台技術者は不足する。
地域の文化活動は支えなければならない。
つまり、指定管理者には、かなり矛盾した役割が求められている。
安く運営してほしい。
でも、サービスの質は落とさないでほしい。
公共性を守ってほしい。
でも、収入も増やしてほしい。
人件費は抑えてほしい。
でも、専門性の高い人材は確保してほしい。
新しいことをしてほしい。
でも、失敗はしないでほしい。
これでは、組織は少しずつ無理を抱える。
短期的には、人件費を抑えることで帳尻を合わせられるかもしれない。
しかし、そのしわ寄せは、職員の待遇、専門人材の流出、サービスの質、組織の継続性に現れる。
文化施設の経営は、建物の維持だけではない。
人の維持でもある。
人材不足は、文化施設の未来を直撃する
公共文化施設は、建物があれば動くわけではない。
舞台を組む人がいる。
音響を扱う人がいる。
照明をつくる人がいる。
安全管理をする人がいる。
受付をする人がいる。
利用者と調整する人がいる。
企画を考える人がいる。
広報をする人がいる。
文化施設は、人によって運営されている。
ところが、舞台芸術を支える専門人材は、すでに不足し始めている。
コロナ禍で仕事を失い、別の職業に移った人もいる。
不規則な勤務、重い責任、体力的な負担、低い処遇が重なれば、若い人が入りにくくなる。
舞台スタッフを確保するために、遠方から人を呼ばなければならない。
交通費、宿泊費、日当を支払う。
その結果、事業収入を上回る経費がかかることもある。
これは、単なる人手不足ではない。
公共文化施設のサービス提供そのものが、人材不足によって維持できなくなるということである。
2045年に向けて、文化施設は「人をどう確保するか」だけでなく、
「人に依存しすぎない仕組みをどうつくるか」
「地域間で人材をどう共有するか」
「副業人材や外部人材をどう取り込むか」
「デジタル技術で何を代替し、何を人が担うのか」
を考えなければならない。
「公平」のための仕組みが、利用しにくさを生むこともある
公共施設では、公平性が重視される。
これは当然である。
特定の人や団体だけが有利になってはいけない。
誰もが使える施設であることが大切である。
しかし、公平性を守るための仕組みが、かえって利用のハードルを上げていることもある。
たとえば、毎月決まった日に施設へ出向き、抽選で利用日を決める方式。
これは、ある意味では公平である。
けれども、忙しい人、遠方の人、仕事を休めない人、子育て中の人、高齢者、デジタル予約に慣れた若い世代にとっては、利用しにくい仕組みでもある。
オンライン予約にすれば、空き状況をリアルタイムで確認できる。
予約の手間も減る。
新しい利用者も入りやすくなる。
しかし、そこには別の不安もある。
本当に公平なのか。
不正があるのではないか。
早い者勝ちにならないか。
説明責任をどう果たすのか。
公共施設におけるデジタル化は、単なる技術導入ではない。
公平性の考え方そのものを更新する作業でもある。
チケットが売れない時代に、価格だけでは解決できない
公共文化施設が自主事業を行う場合、チケット収入で採算を取ることは簡単ではない。
客席数には上限がある。
舞台芸術は人件費や技術費がかかる。
地方では、移動や広報にも制約がある。
有名アーティストでなければ、満席にするのは難しい。
価格を下げても、必ず売れるわけではない。
ここに、舞台芸術の経済的な難しさがある。
チケットを安くすれば、多くの人が来るとは限らない。
高くすれば、さらに来場のハードルが上がる。
無料招待を増やせば、客席は埋まるかもしれないが、収入にはならない。
文化芸術の価値は、単純な需要と供給だけでは測れない。
子どもが初めて舞台に触れること。
高齢者が外に出るきっかけを得ること。
地域の表現者が発表の場を持つこと。
普段出会わない人同士が同じ空間にいること。
これらは、チケット収入だけでは評価できない。
だからこそ、公共文化施設には、収益性と社会的価値の両方を可視化する努力が必要になる。
2045年の利用者は、いまと同じではない
2045年の利用者は、いまと同じではない。
高齢者は増える。
若い世代は減る。
移動が難しい人も増える。
車を運転できない人も増える。
一方で、デジタルに慣れた世代が、社会の中心になる。
そのとき、文化施設に求められるものは変わる。
バリアフリーは、特別な配慮ではなく標準になる。
オンライン予約は、便利な追加機能ではなく基本になる。
配信は、会場に来られない人への補助ではなく、文化参加の重要な入口になる。
地域企業や観光との連携は、付加的な広報ではなく、収益と地域循環を生む仕組みになる。
人材は、施設単独で抱え込むのではなく、地域や専門職ネットワークで共有するものになる。
これまでの20年、文化施設の使われ方は大きく変わらなかったかもしれない。
けれども、これからの20年は違う。
人口減少と高齢化、人材不足、財政制約、デジタル化は、文化施設の前提そのものを変えていく。
これから必要なのは、「貸す」から「つなぐ」への転換である
公共文化施設は、これまで「場所を貸す」ことを中心に運営されてきた。
ホールを貸す。
会議室を貸す。
展示室を貸す。
設備を貸す。
もちろん、貸館はこれからも重要である。
しかし、それだけでは足りなくなる。
これからの公共文化施設に必要なのは、「貸す」だけでなく「つなぐ」機能である。
地域の企業と文化団体をつなぐ。
観光と舞台芸術をつなぐ。
学校とアーティストをつなぐ。
高齢者とオンライン鑑賞をつなぐ。
副業人材と舞台現場をつなぐ。
他地域のホールと専門スタッフをつなぐ。
配信とリアル会場をつなぐ。
公的資金と民間協賛をつなぐ。
施設そのものが、地域の文化的なプラットフォームになる。
そこに、2045年の公共文化施設の可能性がある。
配信設備は、使われなければ資産にならない
コロナ禍をきっかけに、多くの文化施設で配信設備が整備された。
これは大きな投資だった。
しかし、設備を導入しただけでは意味がない。
料金設定がない。
運用する人がいない。
広報できていない。
利用者に提案できていない。
手間がかかるのに収入にならない。
そうなると、せっかくの設備は「あるけれど使われないもの」になってしまう。
デジタル化とは、機械を入れることではない。
サービス設計を変えることである。
配信チケットをつくる。
地域企業の広告と組み合わせる。
観光映像と連動させる。
学校や福祉施設へ届ける。
アーカイブとして残す。
来館できない人に文化参加の機会を届ける。
そうした仕組みにして初めて、配信設備は文化施設の強みになる。
人材の「抱え込み」から「オープンソース化」へ
これまで、公共文化施設は必要な人材を内部で抱えることを前提にしてきた。
しかし、これからはそれだけでは難しい。
専門人材が不足する。
常勤で雇う余裕がない。
繁忙期と閑散期の差が大きい。
若い人の働き方も変わる。
だからこそ、人材を抱え込むだけでなく、開くことが必要になる。
副業人材。
フリーランス。
地域の専門家。
他館との連携。
大学との協働。
企業との人材交流。
オンラインでの知識共有。
文化施設の仕事を、閉じた職場の中だけで完結させない。
知識を共有し、人材をつなぎ、必要なときに協力できる仕組みをつくる。
いわば、文化施設運営の「オープンソース化」である。
これは単なる人手不足対策ではない。
組織の創造性を高める方法でもある。
2045年に向けて、文化施設は何を企業行動として選ぶべきか
公共文化施設は、営利企業ではない。
しかし、経営が不要なわけではない。
むしろ、これからは公共文化施設こそ、戦略的な企業行動が必要になる。
需要に応じた柔軟な料金設計。
オンライン予約による利用機会の拡大。
地域企業や観光とのパートナーシップ。
スタッフ配置の最適化。
副業人材や外部人材の活用。
働く場としての魅力づくり。
配信とリアル公演を組み合わせた新サービス。
バリアフリーや移動支援への対応。
社会的価値の可視化。
これらは、単なる収益策ではない。
公共性を維持するための経営戦略である。
公共文化施設は、収益を上げるために公共性を捨てるのではない。
公共性を守るために、収益構造を更新する必要がある。
文化施設は、建物ではなく「地域の接続装置」になる
2045年の公共文化施設に求められるのは、立派な建物であり続けることだけではない。
地域の接続装置になることだと思う。
人と人をつなぐ。
世代と世代をつなぐ。
リアルとオンラインをつなぐ。
文化と観光をつなぐ。
行政と民間をつなぐ。
専門人材と地域をつなぐ。
アーティストと市民をつなぐ。
過去の文化資源と未来の表現をつなぐ。
そのためには、貸館中心の発想から一歩進む必要がある。
「誰に貸すか」だけではなく、
「誰と何を生み出すか」。
「どれだけ使われたか」だけではなく、
「どんな関係が生まれたか」。
「収入はいくらか」だけではなく、
「地域にどんな価値が循環したか」。
そうした問いに変えていく必要がある。
「変わらない施設」は、いつか不要と判断される
人口が減り、財政が厳しくなる時代には、公共施設は必ず選別される。
必要な施設か。
利用されているか。
維持費に見合う価値があるか。
地域にとって代替できない役割を持っているか。
この問いから逃れることはできない。
だからこそ、文化施設は自らの価値を示さなければならない。
単に「文化は大切です」と言うだけでは足りない。
どのように人をつなげているのか。
どのように地域経済に関わっているのか。
どのように孤立を防いでいるのか。
どのように子どもや高齢者の参加を支えているのか。
どのように地域の魅力を外へ発信しているのか。
価値を言語化し、可視化し、仕組みにする必要がある。
文化施設は、変わらないために存在しているのではない。
地域とともに変わるために存在している。
2045年の文化施設は、いまの選択で決まる
2045年は、遠い未来のようでいて、決して遠くない。
いま30歳前後の職員が、その頃には組織の中心を担っている。
いま整備した仕組みが、その頃の標準になっている。
いま放置した課題が、その頃には深刻な制約になっている。
未来は、ある日突然やってくるのではない。
いまの判断の積み重ねとしてやってくる。
オンライン予約を先送りするのか。
配信設備を眠らせるのか。
人材不足を現場の根性で乗り切るのか。
公平性を理由に利用しにくい仕組みを続けるのか。
公共性を理由に収益構造の更新を避けるのか。
それとも、公共性を守るために、経営を変えるのか。
公共文化施設は、「貸館」だけで生き残る時代ではなくなっていく。
これから必要なのは、施設を貸すことに加えて、地域の人、資源、技術、文化、経済をつなぎ直すことである。
2045年に必要とされる文化施設であるために、いまから問いを変えたい。
この施設は、何を貸しているのか。
この施設は、誰をつないでいるのか。
この施設は、地域にどんな価値を循環させているのか。
その問いに答えられる施設だけが、未来の公共性を担っていくのだと思う、頑張んないとな。
公共文化施設は、収益を上げるために公共性を捨てるのではなく。公共性を守るために、収益構造を更新する必要があるのだ。
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