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「使っていない人」にとっても、文化施設には価値がある?

文化施設の価値は、来館者数や収入だけで測れるのか

文化施設の価値は、何で測ればよいのだろう。

来館者数だろうか。
ホールの利用率だろうか。
チケットの売上だろうか。
貸館収入だろうか。
アンケートの満足度だろうか。

もちろん、それらは大切な指標である。

どれだけ使われているのか。
どれだけ人が集まっているのか。
どれだけ収入を生んでいるのか。

公共施設である以上、数字による説明は避けられない。

けれども、文化施設の価値は本当にそれだけで測れるのだろうか。

わたしは、そこにずっと違和感を持っている。

利用していない人にも、文化施設の価値はある

文化施設の価値を考えるとき、まず思い浮かぶのは「利用者」である。

コンサートに来た人。
演劇を観た人。
講座に参加した人。
発表会で舞台に立った人。
会議室を借りた人。
展覧会に足を運んだ人。

こうした人たちにとって、文化施設には直接的な価値がある。

けれども、公立文化施設は利用者だけのものではない。

税金によって建設され、維持され、運営されている以上、そこには広く住民全体との関係がある。

たとえ今は利用していなくても、
「将来、行くかもしれない」
「子どもや孫に使ってほしい」
「地域にそういう場所があることが大切だ」
「いざというときに集まれる場所として必要だ」
「文化的なまちであることの象徴になる」
と感じる人もいる。

つまり、文化施設には、使った人だけが感じる価値ではなく、存在していることそのものの価値がある。

「使わないなら不要」では済まない

公共施設をめぐる議論では、ときどき次のような声が出る。

「使っていない人にとっては関係ない」
「利用者が少ないなら減らせばよい」
「赤字なら必要ないのでは」
「文化よりも福祉や医療を優先すべきでは」
「チケットが売れないなら需要がないのでは」

これらは、決して無視できない問いである。

人口減少が進み、財政が厳しくなれば、公共施設の維持には必ず説明が求められる。

しかし、「使っているか/使っていないか」だけで判断すると、文化施設の価値は極端に小さく見積もられてしまう。

たとえば、図書館を毎週使う人もいれば、年に一度しか行かない人もいる。
美術館に頻繁に行く人もいれば、子どもの頃の記憶として残っているだけの人もいる。
ホールに足を運ばなくても、地域に文化的な拠点があることに誇りを感じる人もいる。

公共文化施設の価値は、利用頻度だけでは測れない。

文化施設には「非利用価値」がある

文化施設の価値を考えるときに重要なのが、「非利用価値」という考え方である。

これは、実際に利用していなくても、その存在に価値を感じるというものである。

たとえば、次のような価値がある。

存在価値。
自分が利用しなくても、その施設が地域に存在していること自体に価値を感じる。

オプション価値。
今は利用していなくても、将来利用できる可能性があることに価値を感じる。

遺産価値。
次の世代に残したい、子どもや孫のために維持したいと感じる。

威信価値。
その施設があることで、地域の誇りや文化的な格が高まると感じる。

これらは、チケット収入や貸館収入には表れにくい。

けれども、公共文化施設の価値を考えるうえでは、とても重要である。

文化施設の便益を「見える化」する必要がある

文化施設の価値は大切だと言うだけでは、これからの時代には足りない。

「文化は大切です」
「芸術は心を豊かにします」
「地域に必要な施設です」

その言葉は正しい。

しかし、政策判断や予算配分の場では、それだけでは弱いことがある。

医療、福祉、教育、防災、インフラ。
公共の領域には、どれも重要な課題がある。

その中で文化施設の必要性を説明するには、感覚だけでなく、調査に基づいた根拠が必要になる。

住民は文化施設にどのような価値を感じているのか。
利用者だけでなく、非利用者はどう考えているのか。
どの年代が、どの分野に関心を持っているのか。
将来に残したいと感じる人はどのくらいいるのか。
維持のためにどれくらいの負担なら受け入れられるのか。

こうしたことを調査し、文化施設の社会的便益を可視化する必要がある。

支払意思額という考え方

公共財の価値を測る方法のひとつに、仮想評価法というものがある。

簡単に言えば、ある公共的な価値を維持するために、住民がどれくらいなら負担してもよいと考えるかを尋ねる方法である。

たとえば、文化施設を維持するために、年間いくらまでなら寄付や負担をしてもよいか。
その施設がなくなるとしたら、それを防ぐためにどれくらい支払う意思があるか。

もちろん、この方法には限界もある。

実際に支払う場面ではないため、回答が理想的になりすぎることもある。
質問の設計によって結果が変わることもある。
お金に換算しにくい価値を、金額で表すことへの違和感もある。

それでも、この方法には意味がある。

なぜなら、利用料金やチケット売上には表れない価値を、住民の意識から捉えることができるからである。

文化施設が「使った人だけの便益」ではなく、「地域全体の便益」を持っているかどうかを考える手がかりになる。

文化施設は、地域のプライドを育てる場所でもある

これからの文化政策で重要になるのは、外から有名なコンテンツを持ってきて終わることではないと思う。

有名なアーティストを呼ぶ。
大きな公演を開催する。
話題性のあるイベントを行う。

もちろん、それらも地域に刺激を与える。

しかし、それだけでは地域の文化は育たない。

大切なのは、その地域にどのような文化があり、どのような記憶があり、どのような人々の営みが重なってきたのかを見直すことである。

地域の文化を記録する。
地域の人が表現する場を持つ。
子どもたちが舞台や作品に触れる。
高齢者が記憶を語る。
アーティストが地域と出会う。
住民が、自分たちの暮らしに文化的な価値を見出す。

文化施設は、単に外から文化を輸入する場所ではなく、地域の文化を見つめ直し、次の世代につなぐ場所になる必要がある。

県民に聞くことの意味

文化施設の価値を考えるなら、利用者だけでなく、広く住民に聞く必要がある。

なぜなら、公立文化施設は、税負担によって支えられているからである。

実際に利用している人だけの意見では、施設の価値を狭く見てしまう。
逆に、利用していない人の声を聞くことで、潜在的なニーズや距離感が見えてくる。

なぜ利用しないのか。
興味がないのか。
情報が届いていないのか。
交通手段がないのか。
心理的なハードルがあるのか。
自分には関係ない場所だと思っているのか。

こうした問いは、事業企画にもつながる。

文化施設の社会的便益を測る調査は、単なる評価のためだけではない。

これから誰に、どのような価値を届けるべきかを考えるための調査でもある。

数字にできる価値と、数字にしきれない価値

文化施設の価値を金額や数値で表そうとすると、抵抗を感じる人もいると思う。

文化はお金では測れない。
芸術の価値は数字では表せない。
感動や誇りを金額にするのは違う。

その感覚は、とても大切である。

文化の価値は、完全には数値化できない。

けれども、だからといって、まったく測ろうとしなくてよいわけでもない。

数字にできる部分は、できるだけ丁寧に測る。
数字にできない部分は、言葉や記録や事例で示す。
その両方が必要なのだと思う。

来館者数。
利用率。
収入。
支払意思額。
関心分野。
潜在利用者。
満足度。

そして同時に、

記憶。
誇り。
出会い。
学び。
次世代への継承。
地域文化の再発見。
人が集まることの意味。

この両方を扱ってこそ、文化施設の価値は立体的に見えてくる。

文化施設は「赤字施設」なのか

公共文化施設は、しばしば赤字施設として見られる。

たしかに、運営費だけを見れば、利用料金やチケット収入で全額を賄うことは難しい。

しかし、公共文化施設を単純な収支だけで見ると、本質を見誤る。

道路も、学校も、図書館も、公園も、福祉施設も、すべて単独の収支で黒字化を目指しているわけではない。

公共施設は、社会全体に便益をもたらすために存在している。

問題は、赤字か黒字かだけではない。

その支出に見合う社会的便益があるのか。
誰にどのような価値を届けているのか。
今後、どのように価値を高められるのか。

そこを問うべきである。

文化施設に必要なのは、「赤字だから不要」でも「文化だから無条件に必要」でもない。

社会的便益を見える形にし、必要な改善を行いながら、地域にとっての価値を高めていくことである。

調査は、政策提言の入口になる

文化施設の価値を調査することは、現場にとっても意味がある。

住民が何に関心を持っているのか。
どの層に情報が届いていないのか。
どの価値が認識されているのか。
どの価値が伝わっていないのか。
どの分野に潜在的な需要があるのか。

それがわかれば、事業企画や広報、施設運営の改善につなげることができる。

また、行政に対しても、単なるお願いではなく、根拠を持った政策提言ができる。

文化施設は必要です。
支援してください。

それだけではなく、

県民はこのような価値を感じています。
非利用者にもこのような便益があります。
潜在的な関心層が存在します。
この分野にニーズがあります。
したがって、こうした施策が必要です。

そう言えるようになる。

調査は、現場の実感を政策の言葉に翻訳するための道具である。

文化施設の価値を問い直す時代へ

人口減少が進み、財政が厳しくなり、公共施設の維持が問われる時代になっている。

これから文化施設は、ただ「必要です」と言うだけでは守れない。

なぜ必要なのか。
誰にとって必要なのか。
どのような便益を生んでいるのか。
利用していない人にとっても価値があるのか。
これからどのように価値を高められるのか。

その問いに、丁寧に答えていく必要がある。

文化施設の価値は、来館者数や収入だけでは測れない。
しかし、測れないからといって、説明をあきらめてはいけない。

測れるものを測り、測りきれないものを言葉にする。

その両方を通して、文化施設の社会的価値を見えるようにしていくこと。

それが、これからの文化政策と公共経営に求められているのだ。
文化施設の価値は、来館者数や収入だけでは測れない。しかし、測れないからといって、説明することをあきらめてはいけない。

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