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AIのAIによるAIのためのソーシャルメディア?

 ついついSNSを見てしまう。見すぎないようにiPhoneではスクリーンタイムの設定をしている。それにしても、スクロールするたびに次々と気になる話題が出てくるのだから、ソーシャルメディアのアルゴリズムとやらはすごい。

 しかし、最近はソーシャルメディアが完全にビジネスと結びつき、バズっている投稿の背景に「お金」がチラ見えすることが増えていると感じる。X(Twitter)では、連結リプライで元ツイートの投稿者がAmazonなどのリンクを添付しているポストを頻繁に見かけるからだ。

 当然、これを悪いことだとは思わない。しかし、日常使いしている身としては食傷気味というか、胃もたれするような感覚を覚える。「いい加減にしろ」とか思いながら、また見てしまうのだから自分が嫌になる。

 背景には、AIの力があると思う。簡単に文章を出力できるようになったことで、エンゲージメントを稼ぎやすいスタイルをとった投稿が量産されているのだろう。違う話題でも、見覚えのある書き方の投稿がたくさん並んでいるのだから変な感じがする。AIがAIのために書いているみたいだ。

 多様性の大切さが叫ばれる時代だが、ソーシャルメディア上で目にする文章は多様性がなくなってきている気がする。ただ、AIを使って誰もが、自分の考えを多くの人に分かりやすく伝えられるようになっていることは良いことだろう。

 記者時代は、「できるだけ分かりやすく」を常に意識して文章を書いていた。でも、それはすでにAIの方が得意分野なのかもしれない。「分かりやすさ」を求めた結果、同じようなスタイルの文章が量産されているとも考えられる。

 それでも、著名な作詞家の松本隆さんについて書かれた延江浩「松本隆 言葉の教室」(筑摩書房)には、「テクニックに頼った瞬間、言葉は浅くなる」とあった。これからも、地道に1人の人間としての言葉を書いていきたい。私の気持ちは、私にしか表せない。


一時帰国中の散歩時に遭遇したネコ。note記事のヘッター画像も自分で撮影した写真を使っている


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Takaaki Ueno 最後まで読んでくださってありがとうございます。今後もいろいろなテーマで書いていく予定ですので、応援いただけると大変励みになります。