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子供のためのプチ•パレ美術館(182) リンゴのようにじっとしたまえ!/セザンヌに描いてもらうには・ヴォラールのがまん

セザンヌがパリにくる日

ひとあしはやはるがくるみなみフランス。
田舎いなかもどったセザンヌは、いつものように、ひとり黙々もくもくいています。
ここをたずねてきた29さいわか美術商びじゅつしょうヴォラールは、

セザンヌのおおきな展覧会てんらんかいひらいて、世界せかいけてすまでになりました。
56さいのセザンヌはついに、あたらしい時代じだい先頭せんとうったのです。

4年後ねんご、ヴォラールは、セザンヌに自分じぶん肖像画しょうぞうがいてほしいとたのみました。
さあ、セザンヌは、ヴォラールにどんなポーズをさせて描いたでしょう。


アトリエでリンゴになる

ここはモンマルトルのアトリエ。いまヴォラールはセザンヌのまえにいます。ちょっとのぞいてみましょう。
どうかおしずかに!セザンヌのアトリエでは一言ひとこともしゃべっちゃいけません。


スス、スッスッ、スッスッス、ふでうごかすおとだけがこえます。

薄暗うすぐらいアトリエ。このには灰色はいいろひかり必要ひつようだから、セザンヌは、れているにはきません。
毎朝まいあさ8から11時半じはんまでのくもりの日にだけ描くのがきまりです。


かおきはそこ、はもうすこした

あしはこうやってみ、そっちのはここでにぎって。そして、

絶対ぜったいうごいてはなりません。
ギロリとにらむセザンヌのはすぐにがつくから。


ダメだダメだ。
いったいきみは!リンゴはうごくとでもおもってるのか?
リンゴのようにじっとしたまえ!


さて、どれだけにちがかかったでしょう。
ヴォラールは、115かいつづいたセッションをなんとか我慢がまんして、絵はやっとできあがりました。

でも、セザンヌがったのは、シャツのまえのところだけ。そして、


ヴォラールくん、またるよ。
あのにあるふたつのしろ点々てんてんるために。
まだなおしたいところもあるんだ。
そのときまでに、すこしは進歩しんぽしてるはずだから

そう言ってセザンヌは、みなみフランスの田舎いなかかえってったのでした。

このセザンヌのをお手本てほんにして、ピカソやベルナール、デュフィ、ルオーも、そのテクニ技法ックに挑戦ちょうせんしました。
セザンヌはわか画家がかたちにも、これからあたらしい時代じだいキュビズムの誕生たんじょうにも、大きなエネルギーをあたえたのです。


Pablo Picasso, 1910 Huile sur toile, 92 x 65.5 cm
Moscou, Musée Pouchkine 著作権有wikipedia より引用
https://www.pushkinmuseum.art/data/fonds/europe_and_america/j/1001_2000/zh_3401/index.php?find=ambroise%20vollard ↓


Paul Cézanne
Portrait d'Ambroise Vollard 1899
ポール・セザンヌ
アンブロワーズ・ヴォラールの肖像 1899

アンブロワーズ・ヴォラール(1866-1939)によれば、セザンヌがモンマルトル墓地近くのアトリエで描いたこの肖像画は、午前中115回もセッションをする必要があったという。この肖像画は、1895年にセザンヌの商業的な運命を引き継いだ画家と画商の信頼関係を物語っている。55歳のエクス出身の巨匠はパリの美術市場の片隅に留まっていたが、若い芸術家たちはすでに彼の中に新境地を切り開く巨匠を見出していた。

petit palais

1895年6月のある日、パリの画商アンブロワーズ・ヴォラールは、セザンヌの息子ポールに父の作品展の企画を依頼した。彼はオーギュスト・ルノワールやクロード・モネの助言を受けていたに違いない。絵を描くのに忙しかったセザンヌは断ることなく、息子を通して展覧会を依頼した。11月、彼の作品150点がヴォラールのギャラリーに持ち回りで展示された。
多くの画家や美術評論家は非常に感銘を受けた。ディーラーのギャラリーでは、絵画をめぐって争奪戦が繰り広げられるほどだった。マスコミでは賞賛が相次ぎ、セザンヌは「次の時代の芸術の先駆者」として認められた。モーリス・ドニの『セザンヌ礼賛』に描かれたように、彼の絵画が次代の模範となることは間違いなかった。
ヴォラールは人脈を広げ、ドイツ、イギリス、アメリカのコレクターを説得し、1898年に別の展覧会を開催し自ら絵画を購入することで画家の人気を高めた。
しかしセザンヌは、この新たな成功に苛立ち、ますます平穏に絵を描くことに専念した。

petit palais

Paul Cézanne
Montagne Sainte-Victoire Vers 1890
オルセー美術館

お読みいただきありがとうございました。
今回は若き画商ヴォラールの、セザンヌへの大いなる賭けとポージングするガマンのヴォラールをご紹介しました。
ヴォラールは、ルノワールにも肖像画を描かせていますが、そこではリラックスして話し動き回ることができたし、ボナールのところでは、猫まで持たせて気を紛らしてくれたというその絵が残っています。ただセザンヌだけが、リンゴ🍏になれ、の厳しい姿勢を崩さなかったと自著で語ります。
ヴォラールは、ポーズをとるとたちまち居眠りしてしまうので有名。セザンヌに怒鳴られてビクッと何度も飛び起きる様子が想像できます。
さて、手の甲の白いふたつの点々、見つかりましたか。
あの小さな点に、何色を埋めようとしたのでしょう。最後まで迷って残したそのこだわる姿勢がセザンヌ、なのですね。


Maurice Denis Hommage à Cézanne 1900
セザンヌ礼賛
左手のルドンとナビ派の仲間


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