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子供のためのオランジュリー美術館(137)庭で/セザンヌ、自分だけの道を行く

にわくのははじめてだけど

セザンヌはいつも、自分じぶんだけのみちつけようとしていました。
印象派いんしょうは仲間なかまたちと風景画ふうけいがいて8年、印象派いんしょうははなれる時がきたのです。

ちょうどそのころにわで描いた、セザンヌにとってはめずらしい絵を見てみましょう。


ここには、いろんな種類しゅるい植木鉢うえきばちならんでいます。

うすいろすこしずつっただけ。でも植木鉢うえきばちはひとつひとつがおもそうです。ったらかわいてザラザラしているかもしれません。

でも、しなやかなえだくと?

どうでしょう!
っぱはちらちらゆれてひかっているし、すきまからかぜとおっていくみたいです。あの整列せいれつしているような植木鉢うえきばちまでやさしくえました。

もう何時間なんじかんすわったままで

あそこにいるマダム セザンヌが見えますか。マダムは、セザンヌにわれたようにポーズをとってじっとしてうごきません。
セザンヌはゆっくり、時間をかけてくからです。


まだまだいろのついてないところがたくさん。でもセザンヌはもうきません。
完成かんせいした絵はきじゃないんですって!


この絵をちょっとはなれて見てみましょう。ひざから下の足がドレスからすけてき上がって見えませんか? すわっている椅子いすまで見えるようです。


次のマダム セザンヌは、にわ温室おんしつにいます。


マダムのかおは、つるんとした楕円形だえんけい。まるで模型もけいのようです。そしてちょっと首をかたむいています。

セザンヌは、マダムのあたまを木のえだっぱにはさまれるように、そして中心ちゅうしんからすこしだけずらして正確せいかくきました。


よく観察かんさつして、ひとふでひと筆、慎重しんちょうに。
手袋てぶくろやドレスはやっぱりまだ完成かんせいしていないまま。うしろのかべもあるのかないのか、不思議ふしぎかんじです。それなのに、人も木もどっしりとして調和ちょうわがとれています。
たしかにそこにいる、とかんじることができるを、セザンヌは、この絵でつくりあげていったのです。

PAUL CÉZANNE
Madame Cézanne au jardin 1879-1880
ポール・セザンヌ
庭にいるマダム セザンヌ  1879-1880

「私はいつも自分の絵の道を探そうとしている」セザンヌは1879年9月24日、親友のゾラにそう書き送っている。7、8年にわたる印象派の実践の後、彼は光の反射と色彩の陰影の分析をできる限り行ったと感じたに違いない。
1880年頃の彼の絵は明らかに進化していたが、それは過去との決別ではなく、むしろ成熟だった。
オルタンス・フィケは若いモデルで1872年にセザンヌの伴侶となり息子をもうけた。セザンヌが描いたオルタンスの肖像画は25点知られている。
この肖像画では、オルタンスの全身が屋外で描かれているが、この画家にとって全身の肖像画は珍しいことである。セザンヌは、身近な人物を描くときはより自由に描く。ここでのオルタンスの顔はいつもの通り無表情である。
この作品は未完成で白い大きな空間が残されている。セザンヌがしばしばそうしたように、この作品は未完成のまま残され「完成されたもの」に対する彼の軽蔑を示している。

musée orangerie

Les pots de fleurs  1883-1887
植木鉢 1883-1887
水彩画 オルセー美術館所蔵

Madame Cézanne (Hortense Fiquet, 1850–1922) in the Conservatory 1891
温室のマダム セザンヌ 1891
メトロポリタン美術館所蔵

お読みいただきありがとうございました。
セザンヌが庭を背景に絵を描くことは珍しかったようです。そして、なにげなく通りすぎてしまう植木鉢のような絵にも何か魅力を見つけることができるものですね。これは水彩、セザンヌは水彩画の価値を高めた画家のひとりです。
初期の厚塗りの作品もいいですが、そのロマン主義をコントロールして印象派の色彩と光の絵画の世界をセザンヌは見つけました。その後すぐに印象派から遠ざかり独自の道を行きます。拒否もせず同調もせず、これがセザンヌの素晴らしいところかもしれません。
セザンヌのご紹介はなかなか難しいですが、絵を見て感じられたことが、どんな説明より何よりも本物だと思っています。

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