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子供のためのオルセー美術館(218)黒の森で見たものは?/クールベ・1週間で描いた大作、そのときモネとドガは

「わたしは天使てんしを描かない。天使てんしを見たことがないからだ」
クールベの言葉ことばです。
クールベは「ほんとうに自分じぶんが見たものだけ」をいた画家がかでした。

そんなクールベが、ふゆあいだ、ドイツのもりにこもりました。クールベがそこで見たものは?
1861年、印象派いんしょうははじまる何年なんねんまえのおはなしです。

みんながかなかったものを


ドイツのくろもり奥深おくふかく。上を見てもここにそらはありません。
くろずんだこけ地面じめんにびっしりりつき、しめったツタがからんだ太い木はかさなりあってふかもりをもっといろにしました。
ずっとこうからとどく光は、かすかに森のやみらすだけ。
目がれてきたら……

あっ、なにかうごいている!

鹿だ!


2とうの大きな鹿しかが、つのをふりまわしています。
ガシッ!ガシッ!ギリギリギリギリ!
つのちつける音。ぶつかるたびに地面じめんがゆれます。

鹿しかたたかいだ。

そのとき、もう一頭いっとう小川おがわあしをふみしました。「グォォオオーー!ブオオッ、ゴオオッ!」
するどい雄叫おたけびをあげながらみずしぶきをたてて地面じめんをふみらしたのです。

鹿しかたちはうつくしい姿すがたのままに、つめたく、底知そこしれないいかりの音をひびかせていました。

クールベの挑戦ちょうせん


クールベは、それまであまり人気にんきがなくてひくく見られていた動物どうぶつの絵を、なんと5メートルもの大きなキャンバスいっぱいに描きました。
ふつう、そんな大きいキャンバスは、絵の中で一番価値かちが高いといわれていた歴史画れきしがを描くときに使つかわれるものだったのに。

そして、野生やせい鹿しか主役しゅやくにして、まるで人間にんげんたたかいのドラマのように見せました。

クールベは、ナイフのようなふでをぐいぐいうごかし、力づよくつぎつぎに絵のかさね、一週間で完成かんせいさせたのでした。

こうしてできあがった絵は、動物画どうぶつがなのにサロンに入選にゅうせんして大きな話題わだいになりました。
これはそれまでの絵の世界せかいのきまりに立ちかったクールベの大きな挑戦ちょうせんでした。
クールベは、「ほんとうに見たものだけを描く」という自分の思いを堂々どうどうとつらぬいたのですね。


最後さいご

1861年、まだ印象派いんしょうははじまるまえのモネとドガ

クールベがこの絵を描いた年、わかかったほかの画家がかたちはどんな絵を描いていたのでしょう。
若きドガ (27歳) とモネ (21歳) の初期しょき作品さくひんを見て、今日きょうのお話はおしまいです。

ドガ バビロンを建設するセミラミス(歴史画) 1861
モネ アトリエのひとすみ(静物画) 1861


おしまい

Gustave Courbet
Le Rut du printemps.Combat de cerfs 1861
Salon de 1861
春の発情期 シカの戦い 1861
サロン出品 1861

この狩猟画は、クールベが風景や動物の描写における才能を示す作品であると同時に、画家がアカデミーの定めるジャンルの序列に挑戦したことを物語っている。アカデミーでは歴史画(神話や宗教画)が頂点に位置していたが、この作品はその序列を揺さぶるものである。
作品は、第二帝政時代の収集家に高く評価されたフランドルやイギリスの狩猟画の趣味を参照しつつ、ロマン主義的な歴史画の手法で行動を劇的に描いている。シカの筋肉は、ドイツで観察した動物の姿に基づきながらも、神話的英雄の筋肉のように緊張感を帯びている。
ただし、描かれたシーンは、画家が親しむジュラ地方の森に人工的に置かれている。

musée d’orsay 

お読みいただきありがとうございました。
この特大の絵は、オルセー美術館奥、印象派に行くエスカレーターの手前にあります。あまりに大きすぎて、(そしてお好きな印象派を目指しすぎて) 見過ごしがちです。個性派クールベやミレーたちがいたからこそ、現実に見えるものを描くというテーマが、マネ、ドガ、印象派の道しるべになっていきました。
ところで「天使を描かない」というクールベの言葉は、ゴッホの手紙にも登場します。
Paint angels! Qui est-ce qui a vu des anges? 「天使を描くだと!天使を見た者がいるか?」と引用。彼自身、空想の主題を描くより農民の生活や自然、暮らしを描くことに重きを置きましたから、その姿勢をクールベと共有したのですね。

現在オルセー美術館では、クールベの大作「オルナンの埋葬1849-50」を、公開で修復しています。美術館中央左手のガラス窓から修復の様子を見ることができます。

修復プロジェクト
2025年、「オルナンの埋葬」の大規模な保存修復作業が始まった。
この作品が最後に処置を受けたのは50年以上前であり、その状態はもはや満足できるものではない。
この記念碑的な油彩画は、四枚の大きなカンヴァスを水平方向に縫い合わせ、木製の支持枠に張り付けた構造になっている。カンヴァスはこれまで一度も裏打ちを受けていない。
時の経過とともに、画面表面にはクールベの存命中から没後にかけて幾層ものニスが塗り重ねられた。現在、それらは変色し、画面を覆い隠している。そのため本来の色彩は褪せ、画家が意図したコントラストも失われている。
フランス美術館研究修復センター(C2RMF)による広範な技術調査は、この絵画の状態を明らかにするとともに、こうした変化の実態を理解する手がかりを与え、さらにクールベの制作方法に関する知見を深めるものとなった。
修復作業の目的は、オリジナルの色彩の調和と全体の統一感を回復し、構造的処置によってカンヴァスを安定させることである。将来の世代に最良の保存状態で伝えることを目指している。

musée d’orsay 

355 × 507 大型絵画