ミテ子が抱く人形~疑義ではないと思う根拠~
昨夜、娘と孫がやって来て家で晩ご飯を食べましたよ。パパさんは夜勤
だったようですよ。なぜ急に? 明太マヨバタピザが目当てですよ。

これは味見用で早速食べてましたよ。孫いわく「コレはホントに美味しい」動画に載せたらとか色々褒めてて、持つべきものは孫だわねえ、と笑いましたよ。ラブは孫たちが来る前から分かってて、玄関ガン見したりと神経を集中してましたよ。何かおやつにありつけるのも分かってるんですよ。
赤門さんからメールが入ってまして、署名撤回日を数日延期する、
事実誤認の疑いがあるという事でしたよ。
事実誤認というのは、
『みちこさんが赤ちゃん抱いている画像はガルではその場にいた誰かから、赤ちゃんと離れてさみしいだろうからと人形をプレゼントされたって話が出ていた』 引用
というもので、他に秋篠宮と〇西の息子との写真比較の件もありました。
今回私は人形の件について書きます。
私はどちらもDNA鑑定の根拠にはなりうると納得してますから。
署名撤回は致しません。
ただ、このミテ子さんが人形を抱いた写真について、再度考えてみました。

駅で女性から渡されたというこの人形、後で週刊誌にそう書かれたのです。
赤坂得意の後出しじゃんけんでは???

当初
朝日新聞の出した写真は
1966年6月21日、礼宮とともにお召列車で葉山に、となってます。
朝日が嘘を書くとも思えないですし、
万一嘘だとしても新聞の見出しを見ると
人形を礼宮に見せかけたかった
という事は明白でしょう。
ミテ子のすることですよ。
育児をしている自分を見せるため、その必要もあったのではないですか?
そしてもう一つ、大事なことがあります。
1960年代は学生運動の激しかった時期で、皇室も標的だったのですよ。
警備も厳重だったはずです。
駅で誰かわからぬ女性から、いくら子供と離れて寂しいからといって
あんな大きな人形を簡単にミテ子に渡すとは思えませんよ。
爆弾かもしれないのですよ。
警備や侍従が人形をその場で、人形をズタズタにする勢いで中まで確認して渡したというには無理があります。
簡単にその場でミテ子の手に渡るというのは、時代背景からもあり得ないのですよ。
沖縄訪問の際の火炎瓶事件ですら、この9年も後でしたよ。
それに庶民の家で30センチくらいのお人形を買うにも、
そんなに容易い時代ではなかったというのが、当時小学校低学年の私の記憶です。等身大の人形はまだ外国製だったのではないでしょうか。
簡単に庶民が、チョコレートのように買って渡せるとは思えません。
今上陛下御一家で那須のご静養に行かれた時、
皇后様の古くからの追っかけをされてる方からカレンダーを渡される、
という事がありました。
この時にですら、皇后さまが気軽に受け取った、わきが甘い、
何かあったら陛下を危険にさらす、などなどちょっとした騒ぎになったではないですか?
ミテ子が悔しくて騒いだんでしょうがね。
話がそれましたね。戻りましょう。
当時のこのことは記憶にないのですが、
おそらく写真などを見た当時の方たちの間からも、
人形じゃないのかという疑いが出たのでしょう。
だから週刊誌を利用し後付けで、
あれは貰ったものだという取り繕いを考えたのでしょう。
産んだという礼宮が自分の側にいないという状況があったというのは、
間違いがないでしょう。
赤門さんの言う疑義の一つが人形の件ですが、疑義ではないと思いますよ、私は。
その状況で考えられるのは、
礼宮が病気だったら病気といえばいい訳ですが、遊びに行きたいミテ子が
人形を身代わりにしたか?
実母が手放せず揉めていたためか?
噂では妹さんは礼宮を手放すことで鬱になった、ということを考えると
後者の可能性が高く、
(これは妄想ですが) 半狂乱の母親を一時的になだめるため
礼宮は妹さんの手元に行ってたのではないか?
と私は思いますよ。
こういう不透明なことが、この時にも起きてることを考えると、
矢張りDNA検査は必須でしょう。
今日はここまで
今日も読んで頂きありがとうございます。❤️
