方言キメラ
現代において、同居していない親族と連絡を取る手段は専らLINEですよね〜。でも子供の頃は電話が主流でした。
中学生の頃だったかな?
うちは広島に住む父母姉私の4人家族。
車で30分ほどのところに母方の祖母が暮らしており、土日に祖母宅へ行き、近くのお好み焼き屋さんでお昼ご飯を食べたりするのが日常でした。
(余談だけど広島ってまじでお好み焼き屋過密地帯で、コンビニみたいなノリでそこらかしこにお店があるんだよ)
だいたい事前に母か姉が祖母に電話をかけて
「今日はあんた家におるんね?12時に行くけん。マサちゃん(←お好み焼き屋さん)で食べようか思うんじゃけど。」
「ほうねぇ。今日はずっと家におるよ〜。きんさい。」
このような純正広島弁のやり取りがかわされます。
(余談だけど広島のお好み焼き屋の店名ってだいたい「◯◯ちゃん」なんだよ)
ところで家族4人のうち、なぜか広島弁がしゃべれない人がいました。父と私です。
母は広島出身。父は宮崎出身。
私は物心ついた頃は千葉に住んでいて、10歳の時に広島に引っ越して来たんです。
ほとんどの人(とりわけ子供)は、1年も広島に住んでいればガッツリ広島弁になるはずなのに、私はなぜか、18歳で広島を出るまで標準語を貫き通しました。なお、貫き通したことに特に深い信念などはなく、ただただしゃべりだすキッカケを失い続けていただけ。
父も父で、広島弁をしゃべらないんです。
かといって標準語をしゃべっているわけでもなく、九州ぽいというわけでもなく。
一体何弁しゃべってんだよ!?な人でした。
遺伝なのか、私も私で大学時代を京都で過ごした後、就職で東京へ来て早十数年、父とは違うパターンの一体何弁しゃべってんだよ!?な人に仕上がってしまいました。
「方言キメラ」とでも名付けようか。(ださ!)
子供時代に話をして戻しまして
そんな私が祖母からかかってきた電話に出ると
私「もしもし、サキだけど。」
祖母「なんねぇあんた、暗いねぇ!」
家庭内でテンションが低いことに定評がある私。声もどちらかと言えば低め。電話回線を通すとさらに低く暗い印象になってしまうのは致し方のないことです。
テンション高めでおしゃべり好きの母と姉とのギャップも要因のひとつでしょうな。
また別の日、所用で父から祖母に電話をかけたことがありました。
父「もしもし」
祖母「『むぉしも〜し』」
父「!?」
祖母が父の声を私の声だと勘違いして
モノマネでいじってきたよ。
サザエさんで置き換えてみましょう。
フネさんが、タラちゃんをからかったつもりが
勘違いでマスオさんをいじっちゃってて
マスオさんが(え⁉︎)ってなって
勘違いに気づいたフネさんも(え⁉︎)ってなって
き、気まず・・・!
みたいなことでしょうな。
ローテンションで少し低めな私の声がもたらした
悲劇 兼 喜劇。
この記事は
#モノカキングダム2024
エントリー用に書いたじぇ〜!
素敵な企画をありがとうございます。
初めてコンテストに応募してみました。
ドキドキワクワク。
