『陰翳礼讃』谷崎潤一郎を読んで🐈️~猫の読書録📚️~
みなさんこんにちは🐈️
noteがきっかけで知った一冊。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を読んでみました📖
この本は、noteのクリエイター、Poppyさんが紹介されていたことがきっかけです😺
後にPoppyさんのご紹介もさせていただきます😺
この本を読んで、感じたこと、考えたことを書いてみました🐈️
また、谷崎潤一郎の世界観を、私なりに画像で表現してみました🐱
谷崎潤一郎とは
谷崎潤一郎は、名前は聞いたことがあったものの、これまで作品に触れたことはありませんでした。
そこで、まずは谷崎潤一郎がどのような人物なのかを調べてみました🔍
谷崎潤一郎は1886年生まれ、東京都出身の作家です。
反自然主義の立場をとり、「美」を強く追求した耽美派の作家として知られています。
妖しく美しい世界や、倒錯した魅力を描いたことで知られ、この傾向はしばしば「悪魔主義」とも呼ばれます。
これは単に悪を描くというより、人間の中にある危うい欲望や、魅惑的で破滅的な美への惹かれを文学にしたものです。
代表作には、『刺青』『春琴抄』などがあります。
耽美派とは、森鴎外らの影響をうけた、『美』を至上のものとし、美的世界を追求した作家達とありました。
『美』に対する考えや、感性は人によって異なるものです。
谷崎潤一郎の『美』とは、いかなるものなのか?
すでに興味津々でした😺
陰翳礼讃を読んで🐈️
この作品の発表は1933年です。
『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』とは、調べてみると、「影や薄暗さの美をたたえること」ということが分かりました。
「陰翳」とは、かげりやほの暗さ、また光と影がつくる微妙な趣のことを指します。
これが、「どのように美とつながるのだろうか」と思いました。
読み始めてみて、まず感じたのは、谷崎潤一郎の「和」に対するこだわりや美意識です。
それが、西洋との対比によって描かれていきます。
照明にはじまり、厠、室内品、食、建築様式などの、文化の違いが語られています。
1930年代の日本は、西洋の文化や文明を生活の中に取り入れていた時代だったようです。
谷崎潤一郎は、そのような背景の中で、西洋が和の中に入り込んでくることに対し、違和感やミスマッチを感じていたことが書かれています。
いや、むしろ西洋に対するイメージは、かなり否定的だったように感じます。
その理由には、西洋の利便性や快適性を伴う生活用品の流入によって、和の伝統文化が失われていくような感覚があったのではないでしょうか。
行灯や蝋燭など、情緒のある和の明かりと、西洋の電球の明かり
漆塗りなど風情のある和の食器と、西洋のピカピカの皿
こうした対比が、本書の中で繰り返し描かれています。
また、対比させることで、和の文化や美しさが改めて際立ったのではないかと感じます。
その関係に、私は現代においてもしばしば議論される、サイエンスとアートの関係に似た印象を受けました。
また、初めて見る『雅致』という言葉が使われていました。
意味を調べると「気品のある美しさ」のことでした。
次に気になったのは、陰鬱という言葉です。
この言葉がしきりに登場し、和における美には、「陰鬱」が大きな影響を与えていると書かれています。
陰鬱とは、一般的には、気分や雰囲気が暗く、重たく、沈んでいることを意味します。
一方で、谷崎潤一郎の文脈では、単なる暗さや重苦しさではなく、「ほの暗さの中に美しさや奥行きが宿る状態」を指しているように思えます。
つまり、谷崎潤一郎にとっての「陰鬱」は、美を引き立てる暗さとして捉えられているのです。
この世界観、意外でした!
印象的だった箇所を、3つ引用します。
・われわれの料理が常に陰鬱を基調とし、闇というものと切っても切れない関係にあることを知るのである。
・もし日本座敷を墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間は最も濃い部分である。・・・(中略)
いかに日本人が陰鬱の秘密を理解し、光と蔭との使い分けに巧妙であるかに感嘆する。
・われわれ東洋人は、何でもないところに陰鬱を生ぜしめて、美を想像するのである。・・・(中略)
美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰鬱のあや、明暗にあると考える。
独特のフェティシズム
次に感じたのは、谷崎潤一郎独特のフェティシズムです。
この作品にも比喩がよく用いられていますが、そこにしばしば現れるのは、肌や体の一部、そして女性の美です。
これは谷崎潤一郎の特徴なのかもしれません。
また、単に「美しいもの」を書いているというより、光の当たり方や蔭のなかで、何がいちばん美しく見えるのかを、とても執着的に見つめているように感じます。
とくに印象的だったのは、明るい場所で何もかもをはっきり見せるのではなく、少し暗い空間のなかでこそ、肌の白さや質感、奥行きのある美しさが際立つ、という感覚です。
そこには、現代の「明るく、見やすく、わかりやすい美しさ」とは違う、美意識があるように感じました。
さらに興味深かったのは、そうした美意識が、一般にはあまり美と結びつけられない場所にまで向けられていることです。
たとえば、厠の描写に分量が割かれていて、普通なら不潔な場所として処理されがちな空間にまで、美や心地よさへのこだわりが書かれています。
この作品にあるフェティシズムとは、単なる嗜好の強さではなく、「美の感覚を繊細に研ぎ澄ませた結果」なのかもしれないと思いました。
現代社会に一石を投じる作品
この作品には、現代でそのまま語るには少し勇気のいる内容が、率直なかたちで書かれています。
谷崎潤一郎は、自分が美しいと感じるもの、また不快に感じるもの、距離を置きたいものを、あまり取り繕わずに書いています。
そこには、西洋文化への違和感や、人づきあいの煩わしさ、さらには会いたくない客人との距離の取り方にまで及ぶ、かなり個人的で生々しい感覚がにじんでいました。
現代社会では、配慮や共感、ルールや規範が重んじられます。
それはもちろん大切なことですが、その一方で、人は自分の違和感や本音を、そのまま言葉にすることをためらうようになった気がします。
だからこそ、この作品にある率直さは印象的でした。
それは単なる批判ではなく、自分の感覚に対して誠実であろうとする態度のようにも思えます。
美しさや心地よさ、そして違和感や不快感。そうした感覚は、本来きわめて個人的で、簡単に整理できるものではありません。
谷崎潤一郎は、それを無理に丸くせず、自分の言葉で書いています。
この作品は、「あなたは、本当は何を美しいと感じ、何に違和感を覚えていますか」と、問いかけてくるように感じました。
それは、美に対するひとつの哲学なのだと思います。
谷崎潤一郎の美意識を自分なりに表現してみました
本書に出てきた、陰鬱と美について、私なりに画像を作成して表現してみました。
和室にうまれる光と陰鬱

闇を照らす、情緒的な灯 『行灯』

伝統の食器は、薄暗い部屋でこそ、美が際立つ

京都 瑠璃光院の「床うつり」 磨かれた床や、机にうつり込む紅葉

薄暗い中でこそ一層際立つ、女性の『美』

谷崎潤一郎は、猫好きだったようです。
「ペルシャ猫が一等よろしい」と書いてありました。
共通点があって、ちょっと嬉しかった🐱

この1冊を知ったきっかけ
冒頭で書きましたが、この一冊はPoppyさんが紹介されており、それを見て、Amazonで「ポチっ」でした!😸
ちなみに、この本の紹介記事には、
この本は結構な衝撃でした。なんと言いますか。「谷崎潤一郎かっけえ……」という感じです。
たしかに「かっけえ……」。私も同感です🐱
Poppyさんの投稿はとても丁寧で、知的です✨️
Poppyさんの記事です⬇️
Poppyさん、ありがとう🐈️
さいごに🐈⬛
今回この本を読み、美しさとは、ただ明るく照らされて見やすいものだけではないのだと感じました。
むしろ、少し暗いからこそ見えてくるもの、はっきり見えないからこそ想像が広がり、そうしたものの中にも、美は宿る。
私たちはつい、便利さや分かりやすさ、明るさに価値を置くことがあります。
けれど谷崎潤一郎は、その対側にあるものにも、静かで深い美があることを教えてくれます。
そう考えると、日常の中にある「古いもの」「暗いもの」「不便なもの」の見え方も、少し変わってきます。
ここで連想されたのが、キャンプでした。
キャンプで行われる生活は、時代を逆行しています🏕️
それは決して、現代の生活に比べれば、便利とも、快適ともいえません。
しかし、そこに情緒やロマンを感じます。
ランタン、焚き火、静寂と夜の闇、広大な夜空に光り輝く星...✨️
これらは、光と闇が織りなす趣です。
そう、まさに『陰翳礼讃』です😺
今回この本を読んで、私の『美』に対するイメージがまた少し変わり、教養の幅も広がった気がします🐱

ありがとうございました🐈
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