珍しい仕事⚾
私が勤める運送会社は、以前、珍しい物を運んでいました。
今はペイペイドームと呼ばれるソフトバンクホークスの本拠地が、ヤフードームと呼ばれていた時のことです。
通常業務は路線貨物事業です。様々な業種のお客様の荷物を集配ドライバーが集荷して、全国各地の配達先に荷物を届けるのが主な仕事です。
時折、スポットで専門学校の移転作業や、個人の引っ越しなどもしていました。
しかし、突然、珍しい仕事がまわってきたのです。
プロ野球選手のバットやグローブ、着替えなどの私物を、ヤフードームから、選手が泊まるホテルまで運ぶという仕事でした。
主に、ソフトバンクホークスの荷物を運んでいましたが、日本ハムファイターズの荷物も、ウチの会社が受けもっていました。
私は会社の事情はよく知りませんでしたが、おそらく、チームによって担当の運送会社が決まっていたようです。
ウチの会社でも、そのスポットの仕事をするのは、日替りで、その仕事をする担当者は決まっていませんでした。
私は何故か、日本ハムの荷物しか運んでいませんでした。
この仕事のいいところは、バックネット付近にあるドアの小窓から試合観戦が無料でできることと、選手たちとも近距離で接したり、お話できることです。
デメリットとしては、ナイター試合に延長になった時です。夜の10時とか11時まで試合が引っ張られると、それから選手の荷物をトラックに積み込んで、福岡市天神にある西鉄グランドホテルまでおろしに行かなければなりません。朝の7時から仕事をしているから、きつくてたまりません。
ホテルに荷物をおろして、帰社するのは日付けが変わります。17時間労働になります。帰宅するのは、日付けが変わることもしばしばでした。翌日は、当たり前に7時に出勤です。
だから、試合が9回で同点だったら、憂鬱な気分がたちこめていました。
今から20年ほど前の話なので、労働時間は無制限でした。会社が社員をどれだけ使っても罪に問われませんでした。
延長12回まで試合がもつれた時は最悪でした。帰宅するのは夜中の2時で、3時間だけ寝て出社していました。
野球の仕事は楽しい反面、そうした時間的に苦しい仕事でもありました。
この仕事で、思い出深いのは、デイゲームの時に日本ハムの荷物をホテルに運んだ時です。
ホテルマンに荷物を渡していると、ヤフードームからバスで到着した選手たちが、ぞろぞろと降りてきました。
その中に当時、現役だった新庄選手がいたのです。
荷物をおろし終わる頃に、わずか10分しか経っていないのに、TシャツにGパン姿の新庄選手が、ロビーに現れました。
何か声をかけたい衝動にかられた私は、『今日はナイスバッティングでしたね』
と言うと、
『今日はじゃないでしょ。いつもだよね』とホテルマンに相づちを求めていました。
『今日も猛打賞だったから、中洲で自分にご褒美をやってきま~す』と上機嫌で、スキップしながら、颯爽と消えてしまいました。
20年経っても、その場面を鮮明に覚えているので、思わず記事にしてしまいました。
この仕事とは別に、ホークスの選手の自宅の引っ越し作業もウチの会社が受けもっていました。
私は1度しかしませんでしたが、やらかしてしまう大失態の出来事でした。
福岡市南区の選手の自宅から、福岡市中央区の高級マンションへの引っ越し作業でした。
名前は明かせませんが、当時、キャッチャーをしていた選手です。
しかし、その作業時はその選手は不在で、奥様が対応してくれました。
さすがに、プロ野球選手の夫人だけあって、若くて超美人の奥様でした。年は、23歳くらいだったと思います。
髪が長くて今風の雰囲気を漂わせていました。しかし、その日は引っ越し作業を一緒にするため、GパンにTシャツという出で立ちでした。
しかし、そのGパンが、当時流行っていたローライズの股上が浅いもので、一般的なものより、さらに激しいものでした。
中腰になると、お尻の割れ目が見えるので、目のやり場に困るほどです。
そして、この引っ越し作業では、その選手が新婚で構えた新居だったため、廃棄の家電製品が大量に出たから、欲しい物は貰い放題だったのです。
私の会社から4人で来ていて、それぞれが、洗濯機、掃除機、炊飯器、エアコン
などいただきました。しかも、どれも購入して1年未満の新品に近い品物でした。私は炊飯器と、ホークスが優勝した時に記念品として贈呈された日本酒をいただきました。
引っ越し作業時も、奥様と談笑しながら、遊び気分の仕事でした。
ただ、トラックに積んでいたものの中に、奥様の下着と思われる物が、透明なゴミ袋の中に入れてあるのを確認しました。
家電やベッド、タンスなどの大型の品物はすでに運んでいましたが、後はケースに入った本や食器などの小物類を運び出している最中でした。
主任が、『これ、重たいから松永、おまえが持っていけ』と含み笑いをしながら渡されたのが、例のゴミ袋でした。
見た瞬間に大量のパンティーやブラジャーが入っていて、透明の袋だから、中身が丸見えです。
主任も、『あの奥さんの神経はどうなっとるんやろうな。若いのに、こんな袋に、こんなに大量に乱雑に入れて』と不思議がっていました。
それよりも、それを抱えて、福岡でも都会の真ん中の車通りが多いなか、トラックの向かい側のマンションまで渡ることを心配していました。
大きいゴミ袋に大量に下着を詰め込んでいるので、30kg以上あったと思います。しかも、袋だから結び目を持つから異常な重さを感じるのです。
人通り、車通りが多いから、その物を見られるのを恥ずかしく思い、ダッシュで道路を横断しました。
すると、重みに耐えられなかった袋は、底が破れて、下着類は道路の真ん中に散らばりました。
路肩にいた人や車に乗っている人は、大笑いです。慌てた私は、持てる分だけを手に掴みましたが、袋に収まっていた半分ほどしか持てませんでした。
私の大失態を見かねた主任は、慌ててかけより、残りの下着を拾い、道路を横断しましたが、2人で大量の下着を抱えている光景は、勘違いされるほどです。
歩道で見ていた女子高生は、笑いが止まらず、しゃがみこんでいました。
一旦、マンションのエレベーター付近まで運び、トラックから袋を持ってきましたが、透明の袋がなく、黒のゴミ袋を持ってきました。
『松永、おまえが袋破ったんやけんな。奥さんにきちんと説明しろよ』と主任は吐き捨てました。
さんざん、通行人から笑われて、頭にきている様子でした。しかし、普通、若い女性が透明の袋に乱雑に、しかも大量に下着はいれんやろ。せめて、ダンボールに綺麗にたたんで入れるやろ、とふてくされながら、新居の10階まで持って上がりました。
ドアを開けて、奥さんを確認すると、第一声が、『何それ、私そんな袋入れた覚えないな~』と不信がられました。
ドキッとした私は、
『奥さん、すいません。トラックから運んでいる最中に袋の底が破れて、道路にぶちまけてしまいました。少し汚れてるので、洗濯してください』
と正直に話しました。
すると、
『あ~、やっぱり破れたのね。いっぱい入れてたからね。ごめんなさいね。あなた、素手でさわったでしょ?』と言われ
とっさに、『手袋はめてましたよ』と言うと、『なお、汚ないわ』と笑って言われました。
『私が悪いから気になさらないでくださいね』とつけ加えました。
この奥さんは本当に無神経だなぁと思いつつ、笑ってすまされたのでホッとしました。
ちなみに、袋の中の下着はTバックが多かったですね。ローライズのジーパンから見えたヒップのラインからも、グッドなプロポーションだったので、余程、自身をもっていたのか、旦那様の好みなのでしょう。
その引っ越しされたマンションは、当時、浜崎あゆみも住んでいたそうです。
全てのフロアが綺麗なじゅうたんで敷き詰められていました。とても、一般人が住めるようなマンションではありませんでした。
私は、当時、昼の仕事だったから、ペイペイドームに試合にきた日本ハムの荷物を運んでいました。しかし、長距離部隊は、ホークスが日本全国の球場に試合に行く度に4トン車で走り回ってました。
なので、シーズン中は家に月に1度しか帰れなかったそうです。
