情熱の量が成功の秘訣😊
今年の大谷選手も調子が良さそうですね。調子というより、実力が本物だから確実なパフォーマンスを私たちに見せてくれます。
時折、ホームランが出ない期間が長くなることもありますが、当然ながら毎試合打てる選手などいません。
ピッチャーは打たれないように工夫しますし、ランナーが3塁、1塁といると申告敬遠されて歩かされる場面もあります。
しかし、実力が本物なら大谷選手のように数字は確実についてきます。
大谷選手の強さの秘密は、様々な分野で解析されていますが、1番はやはり
『情熱の量』だと思います。
『好きこそものの、上手なれ』という諺は古来より、先人が経験したことをデータ化された言葉です。
誰でも、好きな事には熱中します。熱中すれば、『人に負けたくない』という勝負意識が強くなります。そうすると、情熱は自然にわくし、実力を蓄えるための努力を惜しむことなく、習慣にしていきます。
私たち一般人が一流の人に学ぼうとする時に、彼らの一挙手一投足に注目して、彼らと同じようなことをしますが、決してそうなりません。
何故ならエキスパートになるための努力を習慣にできないからです。
学問についても同じです。私たちは高校受験や大学受験で、より偏差値の高い学校を目指します。高い偏差値の学校がより高度な学問を教えるというわけではなく、社会が高度な学歴が能力が高いという判断を出しやすいからです。
まだ、学歴社会は根強いところはありますが、昨今、企業も個人の能力に注目をはじめています。
しかしながら、やはり学歴が高いということは『考える力、想像力が高い』ということを否定できません。
東大や京大に行けるほどの方は、おそらく本人はそれほど努力した意識はないかもしれないけど、幼い頃から本を読む習慣を身につけていたはずです。
学問の土台は国語です。文章を読みこなし、知識を増やしていきながら、筆者の言わんとすることに想像力を膨らませていきます。
読書で国語力が身につけば、数学や物理などの学問にも応用が効くと言われています。
私も、このことに早く気づいていれば、また違った人生があったかもしれません。
言葉を理解できるということは、本であれ、テストの問題であれ、書いてある文章の意図を読みとって、想像力を素早く働かせられるということです。
本を読むことが頭脳を鍛える上でいいことを、私たちは幼い頃から親や先生からさんざん言われていたはずです。
しかし、なかなか習慣にできなかったという人が大半ではないでしょうか。
何故、習慣にできなかったかは、習慣が技術的なことだからです。
筋トレも技術的です。きつい筋トレを毎日、習慣にしている人も技術があるということです。努力をする技術です。
何故、きつい筋トレを毎日するのかは、その先に明確なゴールと、それを維持するモチベーションを築くためです。
強靭な肉体を作り上げてボディビルダーのような体になれば、周囲の自分を見る目は変わります。
スーパー銭湯に行くと、そのような人がサウナで、自分の肉体を見せつけるようにドッシリと中央に陣取ってかまえています。
同じ銭湯でも、物に自信がある男性がタオルをとって、仁王立ちをしたり、ものをブラブラさせながら、ストレッチをしたりしますが、前者の方とはレベルそのものが違います。
前者は技術的なもので、後者は親から授かった遺伝的なものです。
しかしながら、両者には共通点があります。『他者への優越性』です。
後者の方にも、男性は憧れます。大きいことが、男性のシンボルのような観念を思春期から持ちはじめます。AV男優の太くて長いものが、1つのステータスのような感覚を抱きます。外人のは群を抜いていますが。
女性も大きなバストに憧れる人もいるでしょう。何故なら、男性が求めるからです。
要は、筋肉であれ、イチモツであれ、バストであれ、異性や社会からの需要があるということです。
学問もそうです。社会が能力のある人を求めているのです。
需要があるから供給がある。この自然の法則に、私たちはこたえるべく教育をさせられます。
ところが、このようなことを具体的に理解できるのは大人になって仕事をして、他者よりも給料が少ないことではじめて気づかされます。
給料というのは、社会への貢献度数を数値化した側面があります。
社会に出てはじめて、そうしたことへの劣等感や優越感を体現するのです。
子供の時分から、読書や勉強に取り組んできた方は本当に凄いことだと思います。
親から『勉強しなさい。本を読みなさい』と何度も言われてもほとんどの人はできません。
何故なら、そんなかったるいことをして、何のご褒美があるのかを想像できないからです。
人間が言動を起こすのは、『そこに利益があるだろう』と推測する時です。
大人になって読書を習慣化した人は、読書することが、語彙力や想起力、想像力が高まって、他者への優越性や自分の理想に気づいたからではないでしょうか。
子供の時に、こんなことを想像すらしません。ただ、楽しいことを探すだけです。
子供の頃から読書を習慣にする条件の1つに『親が読書家』ということが挙げられると思います。
親が本を読まないのに、
『本を読めば頭が良くなる』とか、
『本を読めば成績が良くなって、大人になって苦労しないし、立派な社会人になれる』
とか言われても、全く説得力がありません。
おそらく、子供の頃から読書を習慣にできた人は、両親も読書家で、本を読む楽しさや、これから先に起こる未来について言い聞かせていたのだと思います。
私は筋トレは大学生の頃から習慣になっていました。その理由は、30年前にチビTシャツが流行って、筋肉をあらわにしながら見せられたからです。
高校のサッカー部でもプロテインを飲んで筋トレをしていました。
しかし、読書が習慣になったのは35歳をすぎてからです。
筋トレと読書に共通性を感じたのも、35歳からでした。毎日しないと、罪悪感がわくし不安を抱くようになったのです。
というのも、先ほどから述べているように、行動理由が明確化したからです。
筋トレについては、別にボディビルダーほどの筋肉を作りたいわけではありません。読書を意識するための、予備行動のようなものです。習慣を意識するということです。
どれだけ仕事で疲れていても、毎日、自分で決めた回数の腕立て伏せや腹筋をこなすことで、習慣に対する意識が高まります。
人間、目標があればそれに向かって何をするべきか、考えるものです。
私は1冊の面白い小説を書きあげたいという目標です。
目標が明確化すると、情熱がわきます。
最後にシェークスピアの名言を紹介します。
