帰宅部だった私が、40代でアジアチャンピオンになるまで
今更ですが私の自己紹介をしたいと思います。
学生時代、私は帰宅部でした。
20代も30代も、運動らしい運動はほとんどしていません。
そんな私が、40歳を過ぎてからウェイトトレーニングを始め、全日本マスターズパワーリフティングでチャンピオンになりました。2022年には国体のパワーリフティングに出場して7位。同じ年、ドバイで行われたアジアマスターズ選手権で優勝しました。世界マスターズ大会でも5位に入賞しています。
特別な素質があったわけではありません。若いうちに積み上げた運動経験も、まったくのゼロでした。
違ったのは、途中で「やり方」を変えたこと。ただ、それだけです。
このnoteでは、私が遠回りしながら身につけてきたことを、少しずつ書いていきます。その第1回として、まずは自己紹介をさせてください。
YouTube版で
少し簡易的に文章化した
音声にしたものはこちらです
【はじめまして、ねこマッスルと申します】
これまで、ボディービルディングやパワーリフティングをはじめ、さまざまなスポーツに取り組んできました。
格闘技の分野では、相撲、太極拳、八極拳など、こちらもいろいろな競技を経験しています。
今は格闘技ジムのインストラクターとして、そしてウェイトトレーニングのパーソナルトレーナーとして、日々指導にあたっています。
これまで培ってきた経験をもとに、皆様のお役に立てる情報を、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
【きっかけは、ダイエットでした】
体を動かし始めたのは、40歳になる頃です。
当時盛んだったベストボディジャパンという大会を知り、まずは「ステージに上がること」だけを目標に、ダイエットとウェイトトレーニングを始めました。
ボディー重視のミスコンに近い大会で正直なところ、最初は「ダイエットに成功すれば、入賞くらいできるかもしれない」という軽い気持ちでした。
続けるうちに少しずつ欲が出て、本気で入賞を狙うようになります。
初出場の時にいざステージに立つと実力はまったく通用せず、予選落ち。
本気の人たちはなんとヘアメイクさんまで呼んでました。
自分ではイケてるつもりが全然イケてもいなかったのです。
勘違いはなはなしく、
そこで初めて、自分の立ち位置を思い知らされました。
■1年で20大会以上に出場した日々
そこから、本格的にトレーニングを積み重ねる日々が始まります。
体は少しずつ変わり、ダイエットも進み、大会を重ねるごとに順位も上がっていきました。
とにかく結果が欲しくて、初めて出場した年は年間20大会以上にエントリー。
全国大会はもちろん、海外の大会にも挑戦しました。
多くの人と出会い、目標とすべき存在にも出会えた、濃密な1年でした。
【パワーリフティングとの出会い】
トレーニングを続ける中で、体を早く変えるには「ビッグ3」を中心としたパワーリフティングのトレーニングが最も効果的だと気づきました。
そして実際に競技に出てみると、ボディービルとは決定的に違う面白さがありました。
ボディビルの大会は「他人との比較」です。
一方でパワーリフティングは、まず自分自身の公式記録をつくること。次の大会で、その記録を自分の手で更新すること。チャンピオンや入賞者の重量を分析し、そこを目標にトレーニングを重ねていくこと。
比べる相手が、まず自分である。
この、自分と向き合う競技のスタイルが、性に合っていました。
【自主練の限界と、コーチとの出会い】
最初はずっと自主練でした。
でも正直に言うと、スケジュール管理はいい加減だったと思います。
「今日はやめようかな」
「時間がないから1種目だけにしよう」
そんな甘さが、最初のボディビル大会の失敗につながったのだと、今なら分かります。
そこで、コーチをつけることを決意しました。パワーリフティング世界チャンピオンの経験を持つ指導者に師事すれば、きっと早く結果が出るはずだと考えたのです。
最初の数年は、ボディービルをメインにしながら、パワーリフティングの大会前だけ指導を受けるスタイルでした。それでも次第にボディービルの大会で全日本レベルの表彰台に上がれるようになり、並行してパワーリフティングも、計画的なサイクルトレーニングで記録を伸ばしていきました。
■私は「人に管理してもらう」ほうが伸びる
このとき、はっきり実感したことがあります。
私は、人に管理してもらったほうが伸びるタイプなのだと。
だらしなく、自分に甘くなりがちな性格だからこそ、専門コーチの目がある環境でトレーニングをする意味は大きかったのです。
パワーリフティングは、無茶なトレーニングでは決して重量が伸びない競技です。計画に沿って一段ずつ積み上げていくことの大切さを、身をもって学びました。
■コーチをつける、もう一つのメリット
コーチをつける価値は、正しいルールや技術を教えてもらえることだけではありませんでした。
全日本大会以上、そして国際大会に出場する際に必須となるドーピング講習など、自分ひとりでは準備しきれなかったことにも、きちんと対応できたのです。
今振り返っても、本当に良い選択だったと思います。
【3年で全日本チャンピオン、そして2022年、ドバイへ】
コーチについてから3年で、全日本マスターズパワーリフティングでチャンピオンになりました。
そして2022年。この年は、私にとって大きな年になりました。
まず、国体のパワーリフティングに出場しました。
国体には年齢別のマスターズ区分がなく、一般の部だけです。
つまり、20代、30代の現役世代とまったく同じ土俵で戦うことになります。
その中で、結果は7位。
そして同じ年、ドバイで行われたマスターズの国際大会、アジアマスターズ選手権で優勝を果たしました。
4年目には世界マスターズ大会に出場し、5位入賞。
運動経験ゼロだった私でも、正しい努力を積み重ねれば、ここまで来られるのだと実感しました。
自己流でトレーニングを続けていたら、きっともっと遠回りをしていたと思います。
【今は「失われた青春時代」を取り戻しています】
現在は格闘技ジムでインストラクターを務め、主婦の方や未経験の方、大人の方に向けて、キックボクシングなどのフィットネスを指導しています。
あわせて、ウェイトトレーニングのパーソナルトレーナーとしても活動中です。
老若男女が通い、和気あいあいとトレーニングできる場所で、誰でも怖がらずに安全に取り組めるよう、ビッグ3を専門に指導しています。
YouTubeでは「muscle武術格闘技研究会」から分かりやすくパーソナルトレーナーねこマッスルに変えましたが、ワークショップも開いており、さまざまな武術家・格闘家の方々とコラボしています。
また月刊秘伝にも女子相撲の記事を書いたご縁で登録スクールにもなっています。
そしてコロナ禍が明けたここ数年は、いわば「失われた青春時代」を取り戻している時期です。
昔やりたかった競技スポーツに、次々と挑戦しています。
■相撲
そのひとつが相撲です。
元大相撲力士の先生との出会いをきっかけに稽古を始め、大会にも出場するようになりました。女子相撲は今とても盛り上がっていて、仲間とともにトレーニングを続けています。
■異種格闘技
異種格闘技の大会にも出場しています。
さまざまな武術・格闘技の先生や選手が一堂に会し、大人も子供も楽しめる大会で、まさに「ドラゴンボールの天下一武闘会」のような世界観です。
ルールが違えば結果が変わることもあります。けれどそれは、決してその競技や選手が弱いということではありません。ぜひ多くの方に、その魅力を知っていただけたらうれしいです。
【皆さんに伝えたいこと】
このnoteでは、これまでの失敗談と、「こうすれば良かった」という道筋を、少しずつ書いていきます。
一番お伝えしたいのは、効率的にトレーニングをしてほしい、ということです。
勉強を家庭教師に習うのと同じように、適切な指導者に学ぶほうが、結果的には一番の近道になります。
私自身、たくさんの遠回りをしてきました。「もっと早く気づいていれば」と思うことも、正直たくさんあります。だからこそ、私の経験がどなたかの参考になればうれしいです。
40代から始めて、運動経験がまったくなかった私でも、パワーリフティングでここまで来ることができました。
今から挑戦しても、決して遅くはありません。
スポーツは若い時だけのものではなく、生涯続けられるものです。
自分に自信が持てないという方にこそ、ぜひ一歩を踏み出してみてほしいと思います。
【次回からは、競技ごとに分解して書いていきます】
ここまでが、私のこれまでの流れです。
ただ、こうしてまとめて読むと、ずいぶんあっさり強くなったように見えてしまうかもしれません。
実際はまったく違います。
競技ごとに、つまずいた場所も、抜け出せたきっかけも、全部バラバラでした。
そこで次回からは、ひとつの競技につき1本ずつ、「どうやって強くなっていったのか」を分解して書いていきます。
・ボディビルディング編:ステージに立つために、何をどう変えたのか
・パワーリフティング編:記録が伸びる人と、止まる人の違い
・格闘技編:相撲・武術・異種格闘技で、大人になってから始めて得たもの
どれも、うまくいった話だけではありません。
遠回りした部分こそ、いちばんお伝えしたいところです。
これらの記事も、引き続き無料で公開していきます。
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