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「ゼンゼロ」を手放し続けるのはゼンゼロ自身だった


手放す過程を浮き彫りにするのに、一人のNPCにフォーカスする。
この記事は、以前書いた二本のNPC記事とは違う角度からの話になる。

一本目は、『ゼンレスゾーンゼロ』という作品の世界観そのもの——ホロウの不条理さ、プロキシという職業の存立基盤——が、ver.2.0以降どう崩れていったかを扱った。
もう一本は、「照はダミっちに任務を振った」という公式ポストと『Tiny Giant』を軸に、ダミアンがある瞬間に一方的な疎外を受けたことを扱った。

今回はその二本のどちらでもない。ダミアン・ブラックウッドという一人のキャラクターが、いつ、どうやって「別人」になったのか、その過程だけを追う。

先に結論を書いておく。

  • ver.2.0〜2.1のダミアンは、「本物」と思える軸があった。

  • ver.2.2のダミアンは、軽度に逸脱していたが、まだ別人ではなかった。

  • ver.2.3以降のダミアンは、別人だ。

そして今回、HoYoFairというアカウントが投稿したダミアンは、この「別人」の像と正確に一致していた。
これは偶然ではない。と、私は考える。


本物のダミアン——責任から逃げない男

ver.2.0で、ダミアンはまず本人の口からではなく、周囲の証言を通して読み手に知らされる。

補償の遅れを訴える作業員に対し、TOPSの社員はこう言い切る。
ダミアン様が約束した以上、それは必ず守られる、と。
これはダミアン自身の弁ではない。
周囲が彼をどう信頼しているかという形で、最初の人物像が提示されている。

ダミアンの行動そのものも一貫していた。
義務付けられた耐浸食服や抗浸食剤の支給に加え、義務のない浸食緩和剤の配布まで自主的に行う一方、無資格医師による治療は認めない。


化学テロ※が起きれば情報統制も辞さないが、労災補償の手続きは進める。
守るところは守り、隠すところは隠す。
(※ゲーム内では「薬害」だが、状況は薬害より「化学テロ」か「薬品の配布ルート汚染」が適切な表現になる。)

ver.2.1に入ると、ダミアンの「主体性」はさらに明確になる。社外を含めた安全調査組織を自ら結成し、TOPSや市政、防衛軍にまで参加を呼びかける。アリス・タイムフィールドには、自らの足をテーブルを叩きつけて見せて圧力をかけ、調査団への参加を迫り、一方で彼女が提示した条件(特許の無償譲渡)を受け入れると、以降は作戦協力も惜しまない。

評価は決して一枚岩ではない。
ある老人は彼を「無情な男」と呼んで強い反感を抱き、その娘である社員は「一番いい上司」だと擁護する。
アリス自身も、「態度は強硬だが契約は守る男」という認識から、「思っていたより冷酷ではなく、引き際を知るビジネスマン」という評価へと変化していく。

好かれてもいない。嫌われ切ってもいない。ただ、一貫した行動原理を持った人間として描かれていた。

責任から逃げない。目的のためなら手を汚すことを恐れない。だが、その手を汚す範囲は常に自分の責任の中に留まっている。

これが、ver.2.0〜2.1で私が読み取ったダミアン・ブラックウッドだ。


ver.2.2——軽度の逸脱と、脚本が積み上げてしまったもの

ver.2.2に入ってから、彼の言動に一つ引っかかる場面が出てくる。

主人公に照を紹介するため、夜、わざわざ訪ねてくるシーンだ。

好意的に解釈するなら、「主人公と親しい自分が、照がいるから大丈夫だと伝えに来た」という動機は成立しなくはない。
だが、この解釈は次の段階で破綻する。
ver.2.3で、ダミアンは主人公に何も言わず衛非地区を離れるからだ。わざわざ紹介に来るほどの間柄が、無言の退場。筋が通らない。

これが軽度の逸脱の主な内容だ。決定的な断絶ではない。だが、後の展開と矛盾する小さな綻びとして、確かにそこにある。

より深刻なのは、逸脱というより脚本のロジックが積み上がった結果として起きた変質だ。

上記の夜のシーンで、状況説明を省略するためだろう、ダミアンには「全て私の耳に入っております」という一言が与えられる。
この一言によって、彼は結果的に軍内部の動きまで把握している人物になってしまう。

翌日、澄輝坪で避難警報が発令される。避難を指揮するのは軍大佐イゾルデ。ポーセルメックスのCEOと幹部たちは、住民より先に避難を始める。子供の避難を優先してほしいと頼む住民に対し、ダミアンは「申し訳ありません。私自身、己の保身もままならないのですよ」と告げて先に逃げる。
このとき、照はいない。

避難経路上で、CEOのルクローを含む幹部六名がモブ敵に襲われ死亡する。この中にダミアンはいない。
直後、イゾルデは主人公たちへの通信で、ルクローの贈賄支援に軍人たちの動員で壊滅させられた過去があり、「自分が(ルクローに)引き金を引いた」と明かす。
ロレンツを追う展開を経て、イゾルデはロレンツを撃ち殺し、ルクローと贈収賄関係にあったことを暴く。
イゾルデが逃亡した後、照が一人で現れる。
ダミアンは伴っていない。

多くのファンは、この一連を「ポーセルメックス上層部は死んだが、ダミアンは照に助けられて生き残った」と読む。

私はこの読みに同意しない。

軍内部の情報を掴んでいたダミアンは、イゾルデによる避難経路上の粛清を察知していたと考えるほうが筋が通る。
子供に順番を譲れなかったのは、冷酷さゆえではなく、その子がルクローたちと共に殺される危険を読んでいたからだ。
彼は誰の助けも借りず、単独で死線を突破した。

この読みを補強する疑問が二つある。
照がダミアンを避難経路で助けたのだとしたら、
なぜルクローたちをついでに助けなかったのか。
照がダミアンを救出したのだとしたら、
なぜ照は彼を伴わず一人で現れたのか。

どちらも、多数派の読みでは説明がつかない。

——もっとも、これは状況証拠からの推論であり、ダミアン自身の視点は劇中で描かれていない。断定はできない。ただ、多数派の解釈より、こちらのほうが整合的だと私は考えている。

そして、この多数派の解釈こそが、脚本が読者に誘導したがっている読みと一致しているように見える、というのが正直な感想だ。

いずれにせよ、この一連のロジックを素直に積み上げると、ダミアンは「有能な経営者」から、「軍の内部情報を掌握し、暗殺計画を独力で見抜き、誰の力も借りずに死線を突破する」存在へと変質する。
これは意図された成長ではなく、説明を省略するための一言と、生存の空白を埋めるための描写の不在が、結果として生み出してしまった副産物だ。「すごい人」が、いつのまにか「恐ろしくすごい人」になっていた。


ver.2.3以降——不在によって語られる男

ver.2.3で、ダミアンは主人公に何も告げず衛非地区を去る。以降、彼の存在は本人の言葉ではなく、他者の口を通してしか確認できなくなる。

照は、彼が去る前に操業停止命令を出させたこと、ポーセルメックスを今は自分が預かっていることを語る。
別の場面では「TOPSはダミっちみたいな人ばかり」という皮肉めいた言及もある(この一文は日本語版にのみ存在し、中国語版・英語版では確認できないため、本論では参考程度に留める)。
ゲーム内掲示板「インターノット」には、TOPSや市政、防衛軍の会議にダミアンもいたという目撃情報が書き込まれる。

ver.2.4になると、ダミアン本人は影も形もない。

ver.2.5冒頭、照の口から「澄輝坪は今、黒枝が預かっている」ことが明かされる。ポーセルメックスの管轄権が、いつの間にか、誰にも説明されないまま失われている。
説明は、前述の会議そのものだとしても、その会議に参加していたはずのダミアンは、まだ衛非地区に戻ってすらいない。エンディングで、彼は挿絵の中にひっそりと、台詞もなく描き込まれるだけだ。

この不在の期間中、外部では別の動きがあった。人気投票が実施され、存在しないはずだった部門で「人気のあったNPC」としてダミアンが二位に選ばれている。
本編で描写が絶えていく一方、外部人気だけが独り歩きしていた。

主体的に動き、責任から逃げなかった男は、いつの間にか、他人の口を通してしか存在を確認できない男になっていた。

(この時期の「値札」のような描写については、すでに別稿で扱った。あの記事が論じたのは疎外が起きた瞬間だったが、今回扱っているのは、そこから積み重なっていった不在そのものだ。)


HoYoFairが証明してしまったもの

7月17日、HoYoFairというアカウントが、ダミアンからのメッセージとして次のような内容を投稿した。ゼンゼロ二周年フェスへの出資を持ちかけ、その見返りとして、自社ロゴをメインステージに添えてほしいと願い出る——会社の利益と自分自身の見栄が、判別できない形で混ざり合った物言いだった。

これを見て、私は「ニセモノ」だと断定した。主観だ。
そう判断できる根拠は、ver.2.0〜2.1で確立された像との比較でしかない。
会社と自分を混同しない男。合理的判断を下す、責任の範囲でならなんでもやる主体的な男——その像から見れば、これは確かに別人だ。

しかし、ver.2.3以降の像と比較すると、話は変わる。他人の口を通してしか存在を語られなくなった男。合理性など考えず、自分の意思決定権を踏み越えられても表立って抗わない男——この像とHoYoFairの投稿は、驚くほど滑らかに接続する。

つまりHoYoFairは、ダミアンを歪めたのではない。本編がver.2.3以降にすでに行った書き換えを、そのまま忠実になぞっているだけだ。批判すべき本丸はHoYoFairではない。ver.2.2からver.2.3の間に、本編の内部で起きた断絶そのものだ。HoYoFairは、その断絶が確かに存在することを、外部から証明してしまった証拠にすぎない。


補足——一貫性の崩れは、ダミアン一人の話ではない


ver.2.4のポーセルメックスのマネージャーが、ダミアンの離脱後どうなったのかも、本編は明らかにしていない。
生きているのか死んでいるのか。黒枝や照から危害を受けたのか受けていないのか。(生死問わず)彼が、ラマニアンホロウから運び出されたのかどうか。
何一つ確定情報がないまま、時間だけが過ぎている。

これはダミアンの変質とは別の症例だが、根はおそらく同じだ。
本編は、自分達で積み上げてきた設定を、ver.2.2以降、管理しきれなくなっている。


結論

独断と偏見と主観で申し上げるが、私にとっての本物のダミアン・ブラックウッドは、ver.2.2までだ。

ver.2.0〜2.1で確立された「責任から逃げない、主体性の男」は、ver.2.2の軽度な綻びを経て、ver.2.3以降、他人の言葉を通してしか存在を確認できない別人へと置き換わった。HoYoFairの投稿は、その置き換えの結果を、外部から追認しただけのものだった。

世界観の崩壊、疎外の瞬間、そして今回扱った不在の蓄積——三つの角度から見ても、行き着く先は同じだ。

この作品は、自分が最初に描いていたものを、手放し続けている。



8月5日開始予定のイベントで、ダミアンが再び画面に姿を見せる気配がある。

ここまで書いてきた三段階のどれとして戻ってくるのか。
それとも、また別の一段階が加わるのか。
答えは数日後に出る。
三段階目であろうと私に予想させたのは、HoYoFairの存在だ。
それだけだ。





【超・余談】【超・余談】【超・余談】
2.2の積みあがったロジックネタはかなり擦ってます。
二次創作漫画HoYoLAB

二次創作漫画pixiv(上記HoYoLABと同内容)


カクヨムで更新中オリジナル小説。(なろうにもあります。)第7話

第11話

ご興味が湧きましたら、是非、ご拝読くださいませ。

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