デベロッパートーク・シーズン3発表を見た。ワクワクしなかった理由を言語化する
発表を見た。新情報はあった。でも心は何も動かなかった。その「動かなかった」を言語化したくて書いている。
ロア情報は新しくなかった
ロスカリファという名前はver2.5メインストーリー(シーズン2チャプター6)で初出している。デベロッパートークで語られた「ボンプの理想郷」という文脈も、当時すでに読めていた話だ。
ミス・サンブリンガーがボンプたちと平和に暮らしている。地上はボンプを使役する人間ばかりだ。サンブリンガーの恩恵を受けない地上の人間が立ち入れば、この平和は崩れる。主人公プロキシは地上の人間だ——そこまで考えて、当時は一旦置いた。
「三誓の密約」で理想郷を獲りにかかるTOPSが描かれた。会議方式の多様性には笑い殺されそうになったが、それはともかく。「TOPSと対立し、理想郷を守る側に主人公プロキシが立つ」という展開は、「三誓の密約」を観終わった時点でほぼ見えていた。
今回のデベロッパートークが提示したのは、それを固有名詞で包んで改めて説明しただけだ。
「旧エリー都の機密特区」「レトロとフューチャーの融合」——ver1.x時代のゼンゼロが持っていた文法のそのまま、あるいは焼き直しに見える。公開されたビジュアルは、こじゃれた洋風の街と、足長義足をつけたボンプと、便器だった。
新しい固有名詞が既存の文脈をなぞるだけのとき、世界は広がらない。
「肩の力を抜いて」という一文
3.0のキャッチコピーとして機能しているこの言葉。シーズン2で何が起きたかを知っている人間には、別の意味に聞こえる。「重さ」を手放す方針の継続宣言として。
最初から軽く楽しめる世界なら、本当に良かったと思う。
泣けるバックボーンを持つキャラクター、重い過去を抱えたキャラクターはたくさんいた。しかしその「重み」が現在の物語と結びついていないキャラが、複数いる。過去だけが重く、現在は軽い。その乖離が積み重なって、世界の手触りが変わった。
清々しく生きるカリュドーンの子たちの「重み」が愛しかった。責任という重さを一身に受け止め、果たそうとするダミアンが輝いていた。その輝きは、世界が重さを持っていたから成立していた。
「戦闘を起点に」の意味
アクションRPGを謳いながら、アクションを廃した要素で世界観の演出に一役買っていたのがTVアレイだった。戦闘を起点にゲームプレイを再定義するということは、世界観の演出手段をひとつ放棄することでもある——この指摘をするプレイヤーは多く、私も強く同意する。
「戦闘+写真」はそのイベントが来なければ遊べない。よしんば常設になったところで、ストーリーや世界観演出の代替にはならない。
それでも3.1だけは見ておく
3.1の「クライマックス」はおそらく、ロスカリファ対TOPS・youkaiの対立開始だろう。多くの人が予想するように、クランプスの黒枝はTOPSから離反するに違いない。
ゲーム内で最も腐敗が可視化されている組織がクランプスの黒枝だ。彼女らのどのような「成敗」が描かれるか——それだけが今、「楽しみ」だ。
