ゼンゼロ登場の、嫌いなキャラクターたち
一部からとても嫌われているキャラクターたち
「ゼンゼロぐちったー」なる匿名掲示板を4カ月ほど前からずっと観察している。書きこんだことはない。一生ROMでいい。何故ならば、ゼンゼロへの愚痴はXで書くか、ここに書くからだ。
その掲示板で一番嫌われているキャラクター、葉瞬光。
最近嫌われ出しているキャラクターが、レミエール・ダン。
他によくやり玉にあげられるのが、シーシィア。ここにたまにシードと柚葉が混ざる。
あと何人かいるにはいるが、実装やストーリー登場のバージョンが終わると鎮静化する一過性の嫌われ形式だ。
そこでの瞬光の嫌われっぷりは凄まじい。瞬光の嫌われと同じベクトルで、瞬光ほど嫌われていないが柚葉がいる。
どちらも「周囲のキャラが良い子と褒めて、持ち上げる」だ。
シードもキャラの方向性から言うと、ほぼ同じベクトルになる。
シードは防衛軍という官職。大人とみなしていいだろう。
柚葉は高校生。子供だ。
瞬光はおそらく高校生くらいの年齢だが、青溟剣の主になってしまい、年齢不相応の使命を背負っている。装飾を捨象すれば、子供だ。
同じベクトルで、同じ子供、柚葉と瞬光。
ゼンゼロにはもう一人、これと同じ属性のキャラクターがいるのに、何故か彼女にはヘイトが向かない。
私はこれが不思議でたまらない。
彼女の名はエレン
エレン。
彼女は主人公のビデオ屋に来て「友人に心配されたくないから、友人にウソをつくので手伝って」と言う。
私はウソに加担したくないが、そういうシナリオだ。仕方がない。
気だるげに見えて、実際はカロリー消耗が激しく、戦うとき以外は省エネモードというギャップ。ぶっきらぼうに見えて、親切で優しいというギャップ。
私はこれらのギャップを、ウソの免罪符にしてほしくなかった。
私個人の好悪評価では、エレンも柚葉も瞬光も「好きではないがキライでもない」の枠に収まっている。
「周囲のキャラのヨイショが気持ち悪い」とゼンゼロぐちったーでしきりに言う人がいる。
反論として、まず第一に、それは他の多くのキャラにも言えることである。
第二に、身内には人当たりが良いが、外の人への人当たりはキツいなど、残念だがよくあることである。
ヨイショはさて置き、三人とも良くない部分がある。それははっきり言っておく。
友人のためと言って、その場限りの取り繕いのウソをつくのは良くない。
恵まれない境遇だからと言って、良家の令嬢に嫌がらせをするのは良くない。
気ままに生きられないからと言って、周囲に当たったり、自らを省みない行動に出るのは良くない。
しかしそもそも、人は過ちを犯す。
若い世代の過ちで、それを理由に嫌いになることは私はない。
これからか、今まさにハイティーンである人には分からないと思うが、その時期の人間は過ちだらけなのだ。
少なくとも私は、己を省みればみるほど、エレンも、柚葉も、瞬光も、とてもではないが責められない。
過ちもまた、物語。
話は少し変わる。
「ベルサイユのばら」で有名な池田理代子先生の「おにいさまへ…」という作品がある。
登場人物の高校生たちはただひたすら、これでもかというほど、間違った選択と愚かな過ちを繰り返す。
しかし、物語を最後まで見届ければ、誰一人として嫌いになれない。
(ただしアニメ版の話。私は原作未読である。)
この物語は個人の成長や変化を教えてくれる。
そして、ゼンゼロに足りないものは、キャラクターの成長や変化の不足ということを思い知らされる材料にもなる。
タイトル回収、そして余談
瞬光は虚狩りとして、今後、以前までのような振る舞いをしなければいいと思っている。
シードはすでに批判記事を書いている。
ダイアリンの批判記事はいずれ書きたい。
照は繰り返し批判記事を書いている。
プロメイアは実装前に批判記事を書いたが、実装後の感想として、彼女は実は結構常識知らずの中二病で、クランプスの黒枝にいいように使われているだけではないかと思っている。
シーシィアは、彼女個人より、セヴェリアンとジェーンの監督不届行きのほうがよほど気になる。
レミエールは現在、奔放な子供のような振る舞いで、どこにも責任がなさそうなので、「ガキか」という感想しかない。
ver.2.2から無責任な大人しか物語に登場しない作品、ゼンレスゾーンゼロは今日も面白い。
