天地有用〜逆立ちができるようになったら、世界がひっくり返って見えた話〜

僕は逆立ちができない。
できる必要もない。
大人になって逆立ちができたといってなんになる。
そう思っていた。
そんな僕の、逆立ちができたというどうでもいい話。
僕と体操マットと倒立前転

学生のころ、運動神経の悪い僕は体操が得意でなかった。
体操といっても、夏休みでお馴染みのラジオ体操ではなく、体育の授業で行われる器械体操だ。
持ち手の付いた白い体操マットの上を、言われるがままころころと転がる。体の固い僕にとっては、授業というより修行だった。
なんであのマットって、ペラペラのくせに固くて重いのだろう。そして、粉っぽい匂い。今も現役なのだろうか。
ふと、ちゃんとした名前があるのでは…と調べてみたら、体操マットの名前は体操マットだった。

あぁ、あなたはなんてひねりのない名前なの。
でもSEO対策はバッチリ。Amazonで3万円くらいで、僕の敷布団より高いやんけ。お得な買い物をしたことにして、溜飲を下げよう。
そんな体操マットの上で行う課題は、フリースタイル演技。マットの端へ向かって技を披露しながら進み、折り返して戻ってくる。
繰り出す技によって加点される仕組みだ。側転なら5点、開脚前転なら3点といった感じだったと思う。
伸身前転や後転倒立はできた。
ある程度腕力と勢いでごまかせるから。
しかし、前転倒立は一度ピタリと止まってから、背中を丸めてごろりんしなければ加点とならない。静から動のアンバランスさが評価の対象なのだ。
僕の演技はというと、足を開いたり閉じたりしながらころころころりん。折り返して、トリプル後転倒立で点を稼ぐ。うむ。平均点は取れたやろ。よしよし。

ところが、体育の先生が、
「同じのばっかりやな。後転倒立できるんやったら、前転倒立もできるやろ。もっかいやってみ?」
と言った。
出た、愛の鞭。他の子もやらされてるから、あたしゃ言うと思ったよ。こちとらできる技で高得点取れるコンボ組んどるんや。もう短距離走とかわかりやすいのにしませんか。
独りごちながら、渋々もう一度スタート地点に戻る。
体育の先生みたいなゴリラに反抗するほどバカではない。体育祭のときに、ヤンキー上級生数名を相手に相撲で無双していたのを見ているからだ。

深呼吸して、集中する。
組み込むなら落ち着いて挑める一番最初。成功率が低いだけで、雰囲気が出ればよい。
意を決して、ふわりと右足を上げた。左足が追いかけて空を向き、止まる。
訳が、ない。
ばつん。
僕はそのまま倒れ、背中を強く打ちつけた。
僕の周りに埃が舞い上がり、目の前に広がる体育館の天井は、ライトの調子が悪いのかチカチカした。

ふと、いま同じポーズで寝転んで目を瞑り、当時の自分と重ねてみる。
なんで受け身を取れなかったのかな。
あ。
天井の梁のところ。
何かいる。
自力で降りられなくなった白い子猫かな。
違うわ。
あれは、挟まったバレーボールや。

違うボールを投げ当てて、ボールを助ける職人みたいな友だちいたな。
初めての追憶は、失敗に終わった。
エッセイ気取って慣れないことはするものではない。よくわかった。
話が脱線したので、そのまま走り続けよう。
器械体操の器械ってなんだ?と思って調べたら、鉄棒や平均台などの器具を使う体操のことだった。
僕が長年忌み嫌っていたのは、器械体操ではなく、徒手体操というらしい。いわゆる床競技。
僕は振り上げた拳のやり場に困ってしまう。少し高めの位置であるが合掌する。ずっと勘違いしてごめんね、器械体操。
でも9割の日本人は勘違いしていると思う。残りの1割は体操経験者に違いない。
話を学生の頃に戻そう。

…クスクス。
女子の声が嫌でも耳に入ってくる。
その声を聞いた僕の耳は真っ赤になっていた。鏡を見なくてもわかる。
穴があったら入りたい。お尻まで隠れなくても構わない。
このお尻は、BEAMSのかわいい店員さんに褒められたこともある数少ないチャームポイントだ。
そこからの記憶は余りなく、気づけば演技を終え見学の位置に戻っていた。
倒立は2度としない。
三角座りで抱えた膝をぎゅっと握る。
倒立ができなくても、生きるには困らない。
僕は、苦い思い出に蓋をし、後ろ足で奥の方へと押しやった。
ぎっくり腰で、そっくり心が入れ替わる

そんな僕も大人になり就職し、人並みに働くようになった。
仕事にも脂が乗り始めた5年ほど前、
異動する先輩を見送るため、僕は床に置かれた荷物を持とうとした。
パキ。
腰から異音がした。
僕はぎっくり腰になった。

心配する先輩に迷惑をかけまいと、脂汗を額に浮かべ、
「大丈夫です…ほんま大丈夫です…へへ」
と半分は自分に言い聞かせながら、そそくさと早退した。
だんだん症状がひどくなった。
最寄駅に着いた頃には足を踏み出すのがやっとで、階段が上がれなかったほどだった。
エレベーターを待っていると、後ろから年配の女性に「腰痛いんか?」と優しい言葉を掛けられた。
振り返ると、そこには小綺麗な格好で杖を突き、腰が”つ”の字に曲がった老婦人がいた。
僕は引き攣った笑顔で「………!!」と答えるのが精一杯だった。
エレベーターが改札階に着くと、老婦人は「腰は気いつけや」と半歩遅れのエールを送り、かっぽかっぽと行ってしまった。

あのばあさんより動けないのかと愕然したことを、僕は今でも覚えている。
それからというものの、毎年寒くなると恒例になってしまったぎっくり腰。
ブロック麻酔とロキソニンとコルセットで、だましだまし過ごしていた。
これでなんとか通用していた。
双子が生まれるまでは。
かわいい天使ちゃんたちが我が家に訪れてから、はじめて迎える冬。
ぎっくり腰が生じる原因は、急に腰だけで動いたり、変にねじること。
経験を積んでわかっている。
赤ちゃんを中腰で抱っこするときは、膝を曲げてから腰を曲げるとよいのでぜひ参考にして欲しい。
そこまで慎重になっていたのに、油断した。
パキ。
3年連続3回目の怪音が響き渡る。

ベビーベッドで急に泣きだした我が子を抱き抱えるのに、急に動いて変に捻ってしまったのだ。
身動きが取れなくなった僕は、首だけを妻に向け、現状報告すると、
「はああ?何してんの?今なるか?
ただでさえ大変やのに、
誰がアンタの世話するんや!!!」
と早口に怒られてしまった。
返す言葉がなかった。
僕は布団に顔を埋め、考えた。
このままだと子どもたちが成長したとしても、だっこや肩車ができない。
我が子をひとりずつ交互に抱っこするのではなく、同時にふたりとも抱っこできるようになりたい。
山のフドウみたいな感じだ。

そしてなにより、妻が怖い。
再発したら、今度こそ寒空の下に放り出されるに違いない。
危機感を覚えた僕は、本気で腰痛を治そうと決意した。
当時のことについて妻に尋ねたところ、
「え?覚えてない、そうやったかな?」
ですって。あらまぁ。
育児は心をすり減らし、人を豹変させる。誰も悪くないのだ。今度プリンを買って帰ろう。
発見。自分に合った筋トレ

腰痛を治すため、いろいろな整体へ通った。
そこで偶然出会った整体師から、腰痛の仕組みを学んだ僕は、ストレッチの重要性を知る。
一定の動作をすると痛むものは治る。
何をしていてもずっと痛むものは、ヘルニアの可能性があるので、今すぐ読むのを辞め、早く病院へ行ってください。何してんの。急いで。
毎日ストレッチをしたことで、再発しても症状がマシになっていった。病院へ麻酔を打ちにいくこともなくなった。
更に、その場でストレッチを入念にすれば自力で歩けるところまで治せるようになった。
でも、ストレッチだけでは足りない。掲げる目標は高く、腰痛にならないこと、なのだ。
そのためには筋力トレーニングで更に強化するしかない。
鍛え上げた筋肉の鎧で、身体を包み込むのだ。
鎧化(アムド)と叫びたい。

しかし、僕もだてに30年以上生きてない。老舗のめんどくさがり屋さんである。
一筋縄ではいかないことは、経験でわかっていた。
振り返ってみると、
ジムは着替えたりするのがめんどくさいし、そもそも行くのがめんどくさい。
ビリーズブートキャンプはきつくて続かなかったし、映像を流すのがめんどくさい。
ダンベルは重くて持つのがめんどくさいし、床を凹ませ埃を集めるだけだった。
僕は生まれ持った出不精である。デブではない。
ビールたちがお腹だけに居座るタイプ。
同僚に「妖怪の餓鬼みたいやな」とご意見を頂いたこともある。IPPON!

なにかいい方法はないかとインターネットで情報収集したところ、
プリズナートレーニングという自重トレーニングがあることを知った。
すぐに本を買った。刃牙の作者が表紙を描いていたからだ。ちゃんと読んだことは無いが、僕はマンガに弱い。
監獄鍛錬。

アメリカ発祥ゆえにクレイジーな匂いしかしないが、内容はいたってシンプル。
何もない独房の中でもできる筋トレである。
誰でもできるようなトレーニングから始まり、徐々に負荷を掛け、最後は己の限界を越えるのだ。
たとえば腕立て伏せなら、立った状態で壁に両手をつき、壁に向かって腕を10回曲げる。というのがファーストステップだ。
ステップアップを続けていくと、最終的には片手腕立て伏せになるのだから驚きである。孫悟空もしていたのだろうか。
ストレッチは毎日続けることができていたので、これなら続くかもと期待を抱いた。その日から、やめないことを目標に始めた。
雨の日も、風の日も、僕はひたすらに筋トレを行った。部屋の中だから天気関係ないやろとかいう人は野暮だ。
急に僕が壁に向かって腕を曲げたり伸ばしたりを繰り返しているので、それを見た妻は、夫の頭がおかしくなったと思ったそうだ。
それでも続け、少しずつ成果が出た。
昨日できなかった1回が今日できるようになる喜び。僕は筋トレのおもしろさに魅了されていた。
実は目を背けていたが、この本にはある項目があった。
逆立ちでの腕立て伏せである。

はじめてそのページを見たとき、苦々しい過去の記憶が蘇り、すぐに本を閉じた。
しかし、今の僕は違う。
腕立て伏せや懸垂もできるようになった。
ぽっこりお腹も凹み、光の加減次第では割れて見えるような気もする。
今ならできるかも。やってみよう。そう思えた。
それからメニューに追加してトレーニングを行い、3点倒立からカエル倒立を経て、壁倒立までできるようになった。
本来、次のステップは壁倒立状態での腕立て伏せであるが、とうに目的が変わっている。
壁から足を離したい。
毎日続けるも、なかなか倒立ができない。そもそも人間は考える葦なのだ。腕で立てなくても当然だ。
その頃、ちょうどAIのChatGPTを使い始めていたので、僕は面白半分でAIに逆立ちのコツを尋ねてみた。

彼は「指先に力を入れ、地面を掴むような感覚で行うとよい」とアドバイスをくれた。
いや、キミに指無いやろ。
と思いながらも言われたとおりにやってみる。
考える葦は素直なのだ。
指先に力を込め、ゆるりと片足ずつ上げる。
ぐぐっ。
お?
おおお?!
一瞬だがはっきりと、バランスをとった感覚があった。
「み、見た??」と僕は思わずキッチンに立つ妻に尋ねた。
「え?なにが?」と妻。
見てないんかい。
今の感覚を忘れないうちにもう一度。
そういえば、逆立ちの具体的なアドバイスって誰にも受けたことないな。

指で地面をがっしりと掴み、根を張るイメージ。そして慎重に足を上げた。
両足が天を衝く。
1 2 3 。
できた…
できた!
早く数えすぎたかもしれない。でも体感3秒はできた。
「できてるやん!」妻が言った。今度は見てくれていた。
勘違いじゃなかった。
僕はついに逆立ちができたのだ。
力が入りすぎたのか、僕の腕の震えがしばらく止まなかった。
逆転したのは世界ではなく、自分

誰かが歌っていた。
絶対なんて絶対ない。
逆立ちができたことで、僕の中でぶっ壊れたことがある。
自分の中の奥底にひっそりとしっかりといた
絶対できないというマインドだ。
今考えると成長の邪魔をしていたかもしれない。
できないんじゃなかった。
視点ががらりと変わった。
やり方を知らないだけだった。
コツの掴み方が人より遅いだけだった。
もう少し続けていればできていた。
そう思えるようになったら、見える世界がひっくり返った。
なんでもやってみようという気持ちになった。
今はより長く逆立ちができるよう、欠かさず筋トレをしている。
腕立て伏せも順調にこなせるようになった。
次のステップから始まる片手腕立て伏せのために必要なバスケットボールを買うか悩んでいるところだ。さすがアメリカ発祥だ。

僕が逆立ちをしていると、長男は僕の真似をして「さかだち〜」と言って、四つん這いで一生懸命にお尻を突き上げている。
プリティなお尻が、ばっちり遺伝している。
次男は逆立ちをする僕の姿を見ると駆け寄って、「おへそでてるね〜、だめ〜」と言って、無邪気に指を入れてくる。弱点をつくのがうまい。
そんな我が子たちが、大きくなって壁にぶつかり不貞腐れていれば、こう伝えたい。
できることから小さくはじめて、毎日続けてみ。
比べるのは他人ではなくて、昨日の自分やで。
そうすれば、できるかもしれんで?
うむ、父親っぽい。
あなたにとっての“逆立ち”は何?

僕は逆立ちができなかった。
逆立ちなんてできる必要もない。
大人になって逆立ちができたといってなんになる。
それは今も変わらない。
だが、できなかった過去を克服しようとするその姿勢は無駄にはならないと悟った。
あなたにとっての”逆立ち”はなんだろうか。
もう思い出したくない過去なのかもしれない。
でも、少し勇気を持って挑んでみたら、拍子抜けするくらい案外簡単にできるかもしれない
天地無用なんて誰が決めた?
逆にしてはいけないルールなんてない。
もう遅いなんて年齢制限もない。
まずは一歩、踏み出してみよう。
そして、小さな世界をひっくり返そう。
こんな豆粒でもできたのだから。
あなたにもきっとできる。
最後に、
もしタイムマシンがあってあの時の自分にひとこと言えるなら、こう伝えるだろう。
悪目立ちするから、後転倒立3連続はやめておけ。
AI画像生成NG集
この記事の画像はAIを利用して作成しています。
ポンコツな僕とポンコツなAIによるポンコツなAI画像をどうぞ。
【お題】逆立ちの画像を作って



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