【短編小説】『ゲラ』〜病棟シリーズNo.6〜
私の話を、誰よりも楽しそうに聞いてくれる看護師さんがいる。
その名は、河島さんだ。
とにかく、よく笑う。
いや、「笑いすぎる」と言ってもいい。
ちょっとした冗談にも、ゲラゲラとお腹を抱えて笑ってくれる。
はっきり言って、そこまで面白い話じゃない時でも笑ってくれる。
「河島さん、それ全然笑うとこじゃないですって」
「え〜でも面白いですよ〜!」
そう言いながら、目尻をくしゃっとさせて笑う。
その笑い方がまた、優しいのだ。
笑うたびに、周りの空気まで柔らかくしてくれる。
そんなある日、私はふと思い立った。
「河島さん、手相見せてください」
「え、手相ですか? 占いとかできるんですか?」
「まぁ、なんちゃってですけどね」
そう言いながら、彼女の手を取る。
明るい照明の下で、細くてきれいな指に目がいく。
そして――私は見つけてしまった。
「……あっ!」
「な、なんですかその反応!」
「いや、河島さん……“エロ線”が、二重に出てます」
「え、エロ線!? 二重!? そんなのあるんですか!?」
私は、真面目な顔で頷いた。
小指の付け根あたりと、人差し指の付け根あたりから、それぞれ線が伸びて、真ん中で繋がり感情線と平行に走る線がある。
それを“エロ線”と呼ぶ。
ごく稀に、それが二重に出る人がいるのだ。
「これはかなりの強者ですよ。つまり――床上手ですね」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間、河島さんは吹き出した。
「ちょ、やめてくださいよ〜! そんなこと言う患者さんいませんから!」
頬を真っ赤にしながら、ゲラゲラ笑う河島さん。
いつも以上に笑って、涙まで浮かべている。
否定しないその笑い方に、私は心の中でつぶやいた。
(……もしかして、本当に?)
ふざけた冗談のはずだった。
ただの軽口。場を和ませるための、いつもの調子。
なのに――彼女が急に、違って見えた。
頬をほんのり赤く染めて、笑いながら視線を逸らす河島さん。
ケラケラと笑うたびに、髪先がふわりと揺れる。
そのたびに、病棟の無機質な空気が、少しだけ柔らかく変わる。
――なんだろう。
笑うたびに、彼女が少しずつミステリアスに見えてくる。
「もう〜、変なことばっか言う〜」
そう言いながら、目尻に笑い皺を浮かべる河島さん。
こんなふうに笑ってくれる人がいるだけで、退屈な入院生活が、少しだけ楽しくなる。
何気ない会話のひとつひとつが、心の奥に小さく積もっていく。
やっぱりこの人の笑いには、優しさと、ちょっとした魔法がある。
その魔法に、私は今日もまたかけられてしまう。
笑いながら、気づけば――
――河島さんの笑顔を見るたびに、今日もまた、私は少しだけ心が軽くなるのだった。
🔚
