【短編小説】『声量』〜病棟シリーズNo.8〜
どうやら、私は“声がデカい患者”として、ちょっとした有名人らしい。
自覚はある。けど、悪気はまったくない。
話が盛り上がってくると、ついテンションが上がって、ボリュームも自然と上がってしまうのだ。
そんな私を、いつも優しく(?)注意してくれるのが松島さんだ。
彼女は同じ病棟にいる仲良しの患者友達で、どちらかというと冷静で落ち着いたタイプ。
何かにつけて私をフォローしてくれる、いわば病棟の“母”的存在である。
そんな松島さんが、ある日こう言った。
「小春ちゃん、ボリューム落ーとーせー」
しかも、必ずあのジェスチャー付きで。
親指を立てて――
落ーとーせーのリズムに合わせて、下へ、下へ、下へと三回振り下ろす。
……どう見ても、“死ね”の動作である。
初めて見たときは衝撃だった。
いや、注意してくれてるのはわかるけど、そのジェスチャーはさすがに物騒すぎる。
「ねぇ松島さん、それって……」
「わかってる。でも、これが一番伝わるのよ」
そんなふうに言って、いつも笑っている。
そのたびに私は思う。
——私、今日もまた松島さんに三回殺されたな、と。
でも不思議なことに、その注意がぜんぜん嫌じゃない。
むしろ、松島さんがそうやって言ってくれるのが嬉しくて、ついまた声が大きくなるのだ。
午後の陽がやわらかく差し込む談話室。
今日もそこに、松島さんの「ボリューム落ーとーせー」が響く。
そして私は笑いながら言う。
「松島さん、もう一回言って!」
松島さんは呆れたように笑いながらも、また指を振り下ろしてくる。
三回、見事なリズムで。
そんな私たちを見て、周りの患者たちは笑っていた。
みんなが笑う。
私も笑う。
談話室の空気が、ふんわりと温かくなっていく。
笑い声、テレビの音、誰かの足音、廊下のナースコール――
そのどれもが、今日は少しだけやさしく聞こえる。
きっと、こういう時間を“平和”って言うのだろう。
笑って、喋って、少し泣いて、また笑って。
そんな日々の積み重ねで、私たちは回復していくのかもしれない。
まだ談話室は明るいが、午後の日差しが少しずつ傾いていく。
そして、穏やかな午後の病棟に、また笑い声がゆるやかに広がっていく。
ーーまるで、私たちの心を包み込むように。
🔚
