【短編小説】『練習』〜病棟シリーズNo.7〜
その日、非常階段の方から足音がした。
振り向くと、そこに立っていたのは――男性課長の福島さんだった。
私が入院している4階病棟に、非常階段から福島さんがやって来たのだ。
半年ぶりに見た姿。
白衣の胸ポケットにペンを差した、いつもの看護師姿。だけど、どこか違う。
……うん、見た目が、全体的に“ふくよか”になっていた。
「お久しぶりです、福島さん!」
「おぉ、久しぶりやなぁ」
福島さんは変わらぬ笑顔でそう言いながら、女性副部長の澤田さんに書類を渡していた。
どうやら業務の用事で来たらしい。
でも、私は気づいてしまった。いや、気づかないほうが難しい。
半年の間に、確実にひと回り大きくなっている。
つい、言葉が口から滑り出た。
「……太りましたね」
一瞬、空気が止まった。
あ、やばい。言ってしまった――そう思った次の瞬間。
「一緒やん」
福島さんが笑ってそう返した。
たしかに、ここ半年の私はごはんが美味しくて、ちょっとふっくら気味。
ごもっともである。返す言葉もない。
その“やさしいツッコミ”に、私の笑いのツボはあっけなく崩壊した。
笑いながら話すうちに、場の空気がふわっと和んだ。
ふと思い出して、私はいつもの台詞を口にした。
「福島さん、ゴルフ行きましょうね」
これは、ずっと前に冗談半分で言っていた“約束”だ。
社交辞令みたいな軽口のつもりだった。
どうせ「そのうちな〜」とか、社交辞令みたいな返しが来るだろうと思っていた。
ところが、福島さんがニヤリと笑って――
「練習してるか?」
え? まさかの本気モード。
そのリアルすぎる返しに、私の腹筋は完全にノックアウトされた。
まるでボディーブローを食らったように、お腹の底から笑いが込み上げる。
「ちょ、やめてくださいよ〜! 効きすぎですって!」
福島さんは笑いながら「じゃあ、本当に練習しとけよ」と言い残し、非常階段を降りていった。
その背中を見送りながら、私は思う。
――またこんなふうに笑い合えたらいいな。
――半年ぶりの再会。
たった数分のやり取りなのに、胸の奥がほっと温かくなる。
また会える日までに、私も少しだけ“練習”しておこう。
――ゴルフじゃなくて、笑顔のほうを。
🔚
