第2部 A A Aという洗浄装置
$1.25兆の外側 —BNPLというファントムデット—
※このシリーズは、公開資料を一つずつ読み解きながら市場の構造を追う
全5部構成です。
☑ 第1部 $1.25兆の外側──ファントムデットという幽霊債務(公開済)
▶ 第2部 AAAという洗浄装置(この記事)
□ 第3部 最後の貸し手
□ 第4部 貸し手だけが知っている景色
□ 第5部 前科は繰り返されるのか
第1部で、私はこう書いた。
「世界の誰も、借り手の顔を知らない。」
主要BNPL企業であるAffirmやKlarnaでさえ、
この借り手が他社で何件のBNPLを利用しているのかを知ることはできない。
それでも、そのローンを束ねた証券には、
「AAA」という最上位の格付けが付いている。
一見すると、不思議な話だ。
借り手の顔が見えていないのに、なぜ「安全」と言えるのだろうか。
今回は、その「AAA」が、どのように作られているのかを見ていきたい。
AAAは、何を見ているのか
「AAA」と聞くと、
多くの人は「極めて安全」
という意味を思い浮かべると思う。
だが、AAAは「絶対に安全」という意味ではない。
格付け機関は、
水晶玉を持っているわけではない。
未来を予言しているわけでもない。
過去のデータを積み上げて、
「この程度の損失に収まる確率が高い」
という判断をしているだけだ。
Affirmは四半期ごとにローンを証券化し、
Morningstar DBRSが格付けを行っている。
直近の2026-X1では、
A/B/C/Dの4つのトランチ(同じローンの束を、
返済を受け取る優先順位ごとに分けた層)に、
それぞれAAA/AA/A/BBBの格付けが付与された。
ここで重要なのは、DBRSが見ているものだ。
DBRSは、借り手を一人ずつ審査しているわけではない。
見ているのは、過去のローンプール全体の損失実績である。
「過去にこれくらいしか損失が出ていないのだから、将来もこの範囲に収まるだろう。」
その統計モデルの上に、AAAは成り立っている。
モデルが見えていないもの
問題は、モデルが間違っていることではない。
モデルが見ることのできないものがあることだ。
第1部で見たように、
BNPLにはローンスタッキングという問題がある。
Paidyで5万円
メルペイで3万円
Klarnaで5万円
Affirmで2万円
合計15万円の債務を抱えていたとしても、
それぞれの事業者から見えるのは、自社の利用分のみ。
Affirmから見えるのは2万円だけであり、
残りの13万円は見えない。
格付け機関も同じだ。
他社BNPLの利用残高は、
原理的に見ることができない。
データの質の問題ではない。
誰かが隠しているわけでもない。
それぞれが自分の持ち分だけを見ている。
その結果、
この借り手が本当はいくら借りているのかを、
誰一人として知ることができないのだ。
AAAは、借り手を見ていない
もちろん、AAAはいい加減に付けられているわけではない。
延滞率、ヴィンテージ別の損失率、ストレスシナリオなど、多くの前提を置いて計算されている。
だが、そのモデルには大きな前提がある。
「過去の損失カーブが、将来も成立する」
という前提だ。
一方で、BNPL市場は急拡大している。
AffirmのGMV(流通取引総額)は前年比+35%
Klarnaは前年比+22%
BNPL利用者の自己申告による延滞経験率は、2024年34%→2025年41%→2026年47%
BNPL利用者の63%が複数ローンを同時に保有している
借り手の行動そのものが変化している可能性がある。
もし過去のデータが、
現在の借り手を代表していないとしたらどうだろうか。
AAAは、「将来も大丈夫」という意味ではない。
「過去のデータを見る限り、この範囲に収まる可能性が高い」
という意味に過ぎない。
AAAは、借り手の顔を見ているわけではないのだ。
格付けという洗浄装置
この構図には、少しだけ既視感がある。
私は以前、
CCLFXというプライベートクレジットファンドを追いかけた。
表面上のレバレッジは0.31倍だった。
だが、CLOメザニンを含めると、
実質的には0.88~1.37倍だった。
その直後、S&Pは「A」格付けを付与した。
格付けが間違っていたと言いたいわけではない。
格付けは、決められたルールに従って仕事をしただけだ。
問題は、その格付けが
「安心していい」というシグナルとして
機能してしまうことにある。
借り手の顔が見えていなくても、
「AAAだから。」
と言われれば、人は安心する。
格付けは、危険なものを安全に変える魔法ではない。
だが、市場では時に、
「安心していい」というラベルとして機能する。
私は、この機能を「格付けという洗浄装置」と呼んでいる。
最後に、もう一つだけ
第1部では、「誰も借り手の顔を知らない」という話をした。
第2部では、「それでもAAAが付く」という話をした。
では、このAAAを見て、
実際に誰がお金を出しているのだろうか。
次回は、「最後の貸し手」を追いかけてみたい。
いいなと思ったら応援しよう!
チップは投げ銭ではありません。
株を買うように、この観測活動に出資してください。
ここに置かれたチップは、次の「なぜ」を掘るための燃料になります。