FRBが今さら覗きにいく$1.3兆ドル市場——「パイロット調査」という言葉から、2007年とAIGを思い出した
2026年8月6日。
少し地味なニュースが出ていた。
ダラス連銀とニューヨーク連銀が、約1.3兆ドル規模の米国ダイレクトレンディング市場を対象に、パイロット調査を始める。
開始は2026年第3四半期。
結果の公表は2027年第1四半期の予定だという。
「パイロット調査」。
言葉だけなら、何の変哲もない。
だが、このニュースを見たとき、私は2007年を思い出した。
そして、AIGが崩壊したときのことも。
「調査」が始まったこと自体が気になった
今回、FRBが調べようとしているのは、企業へ直接お金を貸す「ダイレクトレンディング」と呼ばれる市場だ。
銀行ではなく、BlackstoneやApolloなどの資産運用会社が作ったファンドが、主に中堅企業へ直接融資する。
市場規模は巨大だ。
米国だけで約1兆ドル。
世界では1.5〜2兆ドル規模とも推計されている。
しかも、この市場は2019年以降、およそ3倍に拡大した。
それだけ大きくなった市場を、FRBが今になって調べ始める。
ここで、もう一つの言葉が気になった。
FRB自身が、この市場について
「限定的な可視性」
という趣旨の問題を認めていることだ。
つまり、
大きくなった市場なのに、中身が十分に見えていない。
ということになる。
2007年にも「調査」があった
ここで2007年に戻ってみる。
当時、SEC(米国証券取引委員会)は、大手格付会社への調査を始めた。
ただし、重要なのは「調査が始まったこと」ではない。
いつ始まったのか。
2007年7月。
ムーディーズがサブプライム関連の住宅ローン証券を大量に格下げした。
8月にはBNPパリバが傘下ファンドの解約を凍結。
「価格がつけられない」という事態が表面化した。
その後、SECによる格付会社への実地調査が始まった。
そして2008年7月。
SECは調査結果を公表した。
そこには、
「格付け方法について、十分に整備された手順がなかった」
「利益相反が適切に管理されていなかった」
といった問題が指摘されていた。
その4か月前にはベアー・スターンズが破綻している。
その2か月後にはリーマン・ブラザーズが破綻した。
つまり、
調査が危機を予告したわけではない。
市場ですでに亀裂が見え始めたあとに、
「一体、中で何が起きているのか」
を調べ始めた。
2026年も「調査」から始まった
今回のFRBも、少し似ている。
もちろん、2007年と2026年は同じではない。
ここは強調しておきたい。
2007年には、サブプライム関連証券の格付けがすでに存在していた。
問題は、
その格付けが正しかったのか。
だった。
一方、今回のプライベートクレジットでは、
そもそも公開された格付けが存在しないケースが多い。
ファンド自身が評価する。
あるいは、外部の「私的格付け」を取得する。
しかし、その格付けは一般には公開されない。
つまり今回は、
「格付けが間違っているかもしれない」より一段手前。
「そもそも外から中身が見えない」
というところから調査が始まっている。
ここが2007年との大きな違いだ。
「調査」と聞いて、少し誤解していた
正直に言うと、私は最初、「調査」という言葉から、証券会社への立入検査のようなものを想像していた。
しかし、ダラス連銀とニューヨーク連銀が出した発表文を読むと、まったく違う。
「この調査結果は、監督目的には使用しない」
「参加は任意」
そう明記されている。
つまり今回のFRBの行動は、「調査」というより「アンケート」に近い。
2007年のSECには、明確な対象があった。
ムーディーズ、S&P、フィッチという、登録された格付機関だ。
SECには、その対象を検査する法的権限があった。
一方、FRBには、BlackstoneやApolloが組成する、未登録のプライベートクレジットファンドを検査する法的権限がない。
FRBが監督できるのは、銀行と銀行持株会社だ。
ファンドそのものではない。
だから今回、FRBにできるのは、
「お願いして、教えてもらう」
ことだけになる。
では、この「アンケート」は意味があるのか
過去に、任意の調査やガイダンスから始まったものが、後で強い規制に変わった例があるかどうかを調べてみた。
いくつか前例があった。
前例① 2009年SCAP
2008年の金融危機のさなか、FRBは大手19行を対象に、ストレステストを実施した。
Supervisory Capital Assessment Program。
通称SCAPだ。
当時、FRBはこれを一回限りの臨時的な演習として位置づけていた。
ところが、その翌年。
この仕組みはCCARへと発展し、恒久的な年次審査になった。
さらに2010年には、ドッド・フランク法によってストレステストの法的枠組みが整備される。
つまり、
「臨時の演習」→「恒久的な監督」→「法律による制度化」
という流れが実際に起きている。
前例② 2013年レバレッジドローン指針
もう一つ興味深い例がある。
2013年、FRB・OCC・FDICの3機関が、レバレッジドローン市場について監督指針を出した。
正式な法律ではない。
あくまで「ガイダンス」だった。
それでも銀行検査の現場では、実質的に強い影響力を持った。
業界は10年以上、この指針を意識してきた。
ところが、2025年12月。
OCCとFDICが、この指針を撤回した。
一度強化された監督が、必ず永続するとは限らない。
政治環境が変われば、規制は緩む。
2つの前例から見えること
任意の調査や監督指針は、それだけでは強制的な規制にはならない。
必要なのは、その先にある、
「危機」+「議会、あるいは別の当局の関与」
だ。
SCAPは危機の中で制度化された。
レバレッジドローン指針は、行政による監督の道具だったが、政治環境の変化によって撤回された。
つまり今回のFRB調査も、
「始まったから規制が来る」
とは言えない。
そして、レバレッジドローン指針が撤回されたのは、2025年12月。
ほんの数か月前だ。
今の米国金融規制は、危機後のように一方向へ強化しているわけではない。
むしろ、緩和する方向にも動いている。
そんな環境の中で、2026年第3四半期からFRBがプライベートクレジット市場を調査する。
調査によって問題が見つかったとしても、
それが即座に規制へつながる保証はない。
議会が動く必要があるかもしれない。
あるいは、何も起こらない可能性だってある。
だから、今回の調査を「規制強化の始まり」と断定するのは早い。
危機が来る前に、硬化するのか。
それとも、危機が来るまで、任意のまま放置されるのか。
ここも、見ていきたいポイントの一つだ。
なぜ、見えないのか
プライベートクレジットは、名前の通り「非公開」の世界だ。
企業が銀行から借りる場合、銀行の融資姿勢や決算資料など、ある程度の情報が存在する。
一方、プライベートクレジットでは、
誰が貸したのか。
いくら貸したのか。
どのような条件なのか。
その企業の実際の返済能力はどの程度なのか。
こうした情報が、市場全体から見える形では存在しない。
しかも、評価額にも裁量が入る。
FSB(金融安定理事会)の2026年5月の報告書には、プライベートクレジットの評価額について、かなり重要な指摘がある。
評価額が実態より高いまま残っている可能性がある。
そしてストレスが発生したとき、
「まだ高い評価額がついているうちに逃げよう」
という動機が投資家に生まれる可能性がある。
これは、かなり気になる話だ。
では、2008年のAIGとは何が似ているのか
ここからが今回、一番気になった部分だ。
2008年にAIGを追い詰めたのは、単純な「損失」だけではなかった。
AIGの金融部門は、CDOと呼ばれる証券に対して「もし損失が出たら保証する」という契約を大量に結んでいた。
これがCDSだ。
簡単に言えば、
「この証券が危なくなったら、私が保証します」
という保険のようなものだ。
問題は、その保証契約に、
「証券の価値が下がったら追加担保を出す」
「AIG自身の信用格付けが下がったら追加担保を出す」
という条件が付いていたことだった。
そして2008年9月。
AIGの格付けが引き下げられる。
すると担保の要求額が一気に膨らんだ。
わずか数日の間に、
約86億ドル → 約320億ドル
まで増えた。
AIGには、それを支払う現金がなかった。
結果として政府による救済へ進んだ。
ここで重要なのは、
最初から巨大な現金損失が発生していたわけではない
ということだ。
「評価が下がる」
↓
「担保を追加しろ」
↓
「現金が必要になる」
↓
「現金がない」
↓
「さらに売らなければならない」
という連鎖だった。

プライベートクレジットにも「AIGの役割」はあるのか
では、2026年にAIGと似た役割を担う存在がいるのか。
ここは、かなり興味深い。
FSBの報告書には、プライベートクレジットファンドが銀行のSRTを購入する構造が記載されている。
SRTは簡単に言えば、
銀行が持っている融資の「信用リスク」を外部へ移す仕組み
だ。
銀行から見れば、
「この融資で損失が出たら、そのリスクを引き受けてくれる人」
を外に作る。
そして、その買い手としてプライベートクレジットファンドが存在する。
つまり、
銀行
↓
リスクを移す
↓
プライベートクレジットファンド
という流れがある。

さらにFSBは、かなり気になる問題を指摘している。
銀行がプライベートクレジットファンドへ資金を貸し、
そのファンドが、
その銀行自身のリスクを引き受ける。
そんな「リスクの循環」が生まれる可能性があるという。

そして、担保を巡る問題もある
プライベートクレジットのファンドは、保有資産を担保にして銀行などからお金を借りることがある。
ここでも、評価額が重要になる。
例えば、
100の価値があると評価された資産を担保に、
30を借りているとする。
ところが、その資産の評価額が80になった。
すると、
「担保が足りない」
という話になる。
これが担保不足だ。
さらに資産価格が下がれば、
追加で現金を入れる。
あるいは資産を売る。
そんな圧力がかかる。
つまり、
評価額の低下が、単なる帳簿上の問題では終わらない。
現金を要求される可能性がある。
ここは、2008年のAIGと構造的に似ている。
ただし、2008年とは決定的に違う
ここで、話を大きくしすぎないために重要な点がある。
私は、
「今、AIGと同じことが起きている」
と言いたいわけではない。
むしろ、違う部分の方が多い。
2008年のCDOは、大量に組成され、外部へ販売された。
一方、プライベートクレジットは基本的に、
自分で組成して、自分で持ち続ける。
という設計思想が強い。
また、Private Credit CLOでは、リスクの高い最下層部分を組成側が保有し続けるケースも多い。
だから、
「2008年のCDOがそのまま再現されている」
という話ではない。
ここは冷静に分ける必要がある。

むしろ気になるのは「見えないこと」だ
私が気になっているのは、CDOそのものではない。
見えないまま大きくなっていること。
ここだ。
2008年は、少なくとも格付けが公開されていた。
その格付けが正しいのかどうかを疑うことはできた。
一方、プライベートクレジットでは、
私的な格付け。
四半期ごとの評価。
運用会社による裁量。
非公開の融資条件。
こうしたものが重なっている。
だから、外から見たときには、
「問題がない」
ように見える可能性がある。
そして、本当に問題が発生した瞬間に、
初めて数字が動き始める。
すでに小さな亀裂は出ている
もちろん、何も起きていないわけではない。
2025年後半にはFirst BrandsやTricolorといった企業が破綻した。
どちらも複雑な簿外融資が絡み、
一部の貸し手だけでは全体の負債状況が見えにくかった。
また2026年に入ると、
Cliffwater(CCLFX)。
BlackRock。
Morgan Stanley。
こうした大手のプライベートクレジット関連ファンドで、投資家からの解約を制限する動きも出ている。
ただし、ここでも注意が必要だ。
FSBは現時点について、
「システム全体のストレスは報告されていない」
と明記している。
First BrandsやTricolorの破綻についても、市場への影響は限定的で短期間だったと評価している。
だから、
「もう危機が始まった」
と結論づける段階ではない。
一番大きな受け皿は、CLOではないかもしれない
今回FSBの報告書を読んで、もう一つ気になった。
それが保険会社だ。
特に、プライベートエクイティ企業が傘下に持つ保険会社だ。
AtheneやGlobal Atlanticのような会社が代表例になる。
こうした保険会社では、構造化商品への投資比率が一般的な大手保険会社より高い。
そして保険契約という、
長期で安定した資金
を持っている。
その保険負債を使って、
プライベートクレジットなどへ投資する。
FSBは、
「プライベートエクイティ企業が、生命保険の負債を安定した長期資金源として利用している」
という構造を指摘している。
これは、前回まで追ってきたWellington・Vanguard・Blackstoneの話ともつながってくる。
個人資金。
保険資金。
年金資金。
銀行。
プライベートクレジット。
これらが、少しずつ同じネットワークの中へ入ってきている。
FRBは、なぜ今さら調べるのか
ここで最初のニュースに戻る。
FRBは今回、約1.3兆ドルの市場について調査を始めた。
結果が出るのは2027年第1四半期。
私は、この結果そのものより、
「なぜ今、調査を始める必要が出てきたのか」
の方を見ている。
2007年のSECの調査もそうだった。
調査結果が危機を作ったわけではない。
市場に亀裂が見え始めたから、
「中身を調べる必要がある」
となった。
今回も同じだとしたら、
2027年の調査結果を待ってから判断するのでは遅いかもしれない。
調査結果が出る頃には、
すでに市場が別の答えを出している可能性がある。
だから「パイロット調査」という言葉が気になった
今回のニュースは、とても地味だ。
金融危機のニュースでもない。
大手金融機関の破綻でもない。
ただ、
FRBが「もっと知る必要がある」と考え始めた。
それだけだ。
ただ、金融危機を振り返ると、
「それだけ」の段階を軽く扱うこともできない。
2007年にも、最初は「調査」だった。
「調査」が始まったときには、
すでに市場の中で何かが壊れ始めていた。
そして2026年。
今度の市場は、当時よりさらに見えにくい。
格付けが公開されていない。
融資条件も見えにくい。
評価額にも裁量がある。
それでも、1.3兆ドルまで大きくなっている。
今はまだ、AIGではない
ここは最後にもう一度書いておきたい。
今のプライベートクレジット市場が、
2008年のAIGと同じだという証拠はない。
システム全体の危機も確認されていない。
だから、
「AIGの再来だ」
と断定するつもりはない。
私が見ているのは、もっと手前の部分だ。
危機が起きたとき、それを誰が、いつ、どうやって知ることができるのか。
2008年は、
「格付けがあるから大丈夫」
だった。
今度は、
「そもそも外から見えないから、問題がないように見える」
ということが起こるかもしれない。
FRBが今になって市場を覗き始めた。
その事実だけは、覚えておきたい。
そして2027年、第1四半期。
調査結果が出る頃に、
市場がまだ静かなのか。
それとも、
すでに別の場所で答えが出ているのか。
私はそこを観測する。
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