見出し画像

関西人がツッコむ中世ヨーロッパ文学の世界~第1回『フロール王と美女ジャンヌ』(前編)~

1.このシリーズについて、ちょっと長めのまえがき

今までさんざん、家庭や仕事での主に悲惨体験ばかり語ってまいりまして。こいつは根暗いことしか書けねえのかよ、と辟易されている読者様もおいでかと思います(すみません)。
私自身、トラウマばかり内臓みたいに記憶から引きずり出して、文章化するのはカタルシスではあれど決して楽しみという訳ではないので。何か、好きで好きでたまらなくて語り出したら止まらんようなことはないものかと考えてみたところ、あまり世間的にメジャーでなく、私がオタク的に人様に暑苦しく語れることといったら、やはりまず中世ヨーロッパ愛かなと思い至りました。

高校生の頃からとにかく、中世ヨーロッパ偏愛なのです。
生来、騎士とかお姫様とかお城とかの、おとぎ話的アイコンや幻想、ロマンチシズムを激しく偏愛する嗜好の持ち主なので実際に、彼らが生きていた時代に興味を抱き、好きになるのは自然な流れだったのかもしれません。好きすぎて大学でも、歴史学を専攻し院まで進学して西洋史研究のようなことを齧っていた時期もありますが、研究生活を数年間送ってみて、悟ったのは歴史学というのはあくまで史料をとことん分析検証し、それにより過去の事象を論理的に立証することで新説を打ち立て、歴史を再構築かつアップデートしてゆくことを使命とする学問であり、史料を読んで勝手に色んな妄想、空想をたくましゅうし、自分の世界に入り込んでえへらえへらとにやついているのが一番楽しいという私のような自由奔放、脱線型思考の人間には全く不向きである、ということ。

事実、私は史料より当時の文学を読む方が何倍も楽しく、暇さえあれば図書館に通い詰め、目がつぶれるぐらい本ばかり読みまくっておりました。
中世以降のルネサンス、バロック時代、もっと後世のロマン主義の時代に書かれた文学作品もあれこれ読み漁りましたが、やっぱり自分が一番好きな時代、12世紀から14世紀頃に書かれた、当時を生きた人々の息吹が最もリアルに感じられる物語を読むのが何よりの喜びで、嬉しくて楽しくて仕方なかった。石造りの堅牢な城の、綾なす錦の綴れ織りで飾られた大広間で、吟遊詩人たちがリュートや竪琴の楽の音に合わせ語り謳ったかもしれない、古雅な物語たち。そこにはもう今から600年、700年も前に書かれたとは思えないほど生き生きとした人間の感情が表現され、ドラマが展開していました。

しかし、描写が生き生きとしているがゆえに、ヨーロッパからは遠く離れた極東の島国の現代人、おまけに生粋の関西人である私には、え、何でそうなるん?何でやねんっ!と激しくツッコミを入れずにはおれない部分も多々ある、というかありまくったりするのです。
このシリーズでは、中世ヨーロッパの文学ってアーサー王物語ぐらいしかないんじゃないの?と思っておられるかもしれないみなさまに、筋金入りの中世オタクとして、あえてマイナーで楽しい物語を、関西人的視点でななめ読みしつつご紹介してゆきたいと思います。
地味で残酷で、何かと無実の人が拷問の末、火あぶりにされまくる陰惨な暗黒時代、みたいなイメージばかり先行しがちな中世ヨーロッパですが、そいつはひどい誤解だよ、別に毎日、人間が燃やされてた訳じゃないよ、こんなに大らかに、のびのび暮らしている人たちが存在した時代でもあったんだよ、ということを(?)少しでもアピールできれば本望です。

独特のヘタウマな挿絵も楽しい、中世ヨーロッパの写本。学生の頃から、こういう絵を見て妄想したり、中世人の生き生きとしたユーモアを感じるのが大好きです

なお、私は文学研究者ではないので、そちらの分野の専門家の方々、どうかあまりプロフェッショナルな視点でのご批評はご勘弁下さいまし。
あと、中世フランス語とかも読める訳ないので、原文を精査して、とかそういうこともしていません。
ご紹介する作品は全て邦訳されたものに限り、私がその邦訳を読んであらすじを語りつつ、時折ツッコんだり、こうだったんじゃないかな?と行間を読んで登場人物の心理を想像、妄想を交えたりしています。従って、完全に私の主観による語りとはなりますが、その点はどうぞ悪しからず。

2.影が薄すぎるフロール王

さて、今回ご紹介する『フロール王と美女ジャンヌ』は、13世紀の後半にフランスで書かれたとされる、作者不詳の冒険物語です。日本史でいうと鎌倉時代、ちょうど元寇、蒙古襲来の頃といえば、ぴんときますでしょうか。

物語は、タイトル通りフロール王という、架空の王国オーセイの王様と、フランス王国の裕福な騎士の娘で、ヒロインのジャンヌ姫を中心に展開・・するかと思いきや全然違い、はっきり言ってフロール王はほとんど登場しません。タイトルのしょっぱなに、華々しく名前が出ているのに本編にほぼ登場しないというのは、どういうこっちゃと何だか気の毒になるのですが、とにかくフロール王は影が薄いです。
代わりに、メインの登場人物として活躍するのがジャンヌ姫の父である騎士が将来有望と、特別目をかけている従者の若者ロベール君。
騎士はとにかく、このロベールの勇敢さと正直さ、忠実さを気に入っていて、自分の領地を増やせたのも、多くの騎馬試合で連勝し、多額の賞金を獲得できたのもみんな、この従者の働きのおかげと、律儀に恩を感じていました。

ある遠方での騎馬試合に出場した帰り道でのこと、実は、美貌の噂が国中で評判になっているジャンヌ姫様に、早く立派な婿君を見つけてくれるよう、私が奥方様から殿の説得役を仰せつかったのです、とロベールが切り出し、私も、お美しい姫様をいつまでも独り身にしておかれるのはよろしくないと存じますが・・・と繰り返すので、騎士は娘を嫁にやりたい男は一人しかおらん。そいつ以外には誰にもやりたくないのだ、と答え、その男とは何とロベールだと言うのです。
あまりに突拍子もない話なので、名指しされたロベールも最初は信じない。ははは、嫌ですねえ、からかわないで下さいよ、殿、ご冗談ばっかりと笑い飛ばそうとするのですが騎士は冗談なんか言っとらん、と大真面目で、とうとう、身分が違うし、ご親戚にも反対されるだろうし無理、と再三しり込みするロベールを説き伏せ、ジャンヌ姫を妻にすることを承知させてしまうのです。それだけでなく、騎士は広い土地を与えることもロベールに約束しました。

この暴挙に激しく反発したのが、騎士の奥方。
勝手に可愛い自慢の一人娘を、貧乏従者に嫁にやることにしたってどういうこと?あなた何考えてらっしゃるの?と、当然、母親としては抗議する訳ですが、夫はもうわしがやるって決めたんじゃい、と聞く耳持たず。
奥方は親戚を集めて、うちの夫が、とんでもないことやらかそうとしてますの、どうにかして下さいまし、と涙ながらに訴えますが、訴えられた親戚の方はとんだとばっちりというか、いい迷惑なわけで、
「・・・そんなこと言われても、どうしろっていうんですか、奥様」
「私たち、そんなことであなたのご夫君にあえて楯突きたくないんで」
「父親が娘の嫁ぎ先決めるって、別に普通のことなんじゃね?」
と冷ややかな反応。結局、母親の嘆きをよそに話は進み、ロベール君は騎士に叙任され、しがない従者から一気にレベルアップ、約束通り土地と美しいジャンヌ姫を妻として与えられます。
しかし、もちろんそれで二人は末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし、とはいかず、ツッコミどころ満載の怒涛の展開が続くのです。

3.ロリコン騎士と裸の乙女の超逆襲

ロベールは結婚式が終わると、実は自分は晴れて騎士になれた暁には、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで聖ヤコブ様の巡礼に行くという誓いを立てていましたので、慌ただしくて申し訳ございませんが、すぐに旅立ちます、と爆弾発言をします。

集団で巡礼に向かう中世の人々。これはイギリスのカンタベリー詣でを描いたもの。

当時の巡礼路というのはとても険しく、追剥やら盗賊やら野生の獣やら、危険がいっぱい。まさに死と隣り合わせで、無事に帰って来られるという保障なんかどこにもない。つまり、下手をするとジャンヌ姫は結婚した途端に未亡人になってしまうかもしれないということ。今は義父となった騎士は当然、寝耳に水の話にびっくり仰天します。
おいおい、今、結婚したばかりなのに娘を置き去りにして危険な旅に出ますって、そんな罪なことがあるかい、と抗議しますが、石頭のロベールはこれだけは駄目なんです!絶っっ対に誓いを破りたくないんです!と頑として聞き入れません。

それを聞きつけ、現れるのがロベールの同僚にあたるラウールという騎士。
お前が姫様に指一本触れないで置いていくんだったら、お前の留守中に私がものにしちゃうけどいいのか?
と、登場するなり自信過剰な色男発言をぶちかまし、妻の貞節を固く信じるロベールはラウールの安い挑発に乗り、主君からもらったばかりの土地を賭けることになってしまいます。しかも、二人は自分たちの共通の主君である騎士に賭けのことを話して、証人になってもらったとあるのですが、自分の愛娘の貞操を部下が賭けの道具にしてるって知って、何でお父さんは怒らないんでしょうかね。
新婚の花婿を差し置いて、私が娘さんをものにします!なんてのたまう男、そもそも非常識だし、娘に何をしでかすか分からないのに、なぜ平然と野放しなのか。このあたり、ちょっと理解に苦しみます。

何はともあれ、ロベールはさっさと旅立ち、置き去りにされたジャンヌ姫は健気にも、旦那様が無事に帰って来られますように、と教会に足しげく通い神様にお祈りして慎ましく暮らしていた一方で色男、というか色ボケのラウールは、そんな姫様をどうやったら自分のものにして賭けに勝てるか、そればかりひたすら悶々と考え、小悪党の常とう手段ですが、姫の身の回りの世話をしている婆さんを買収。ラウール様はイケメン、賢くて勇敢でエレガントでめっちゃお金持ち、恋人にするならろくでなしのロベールなんかより、絶対ラウール様一択!と猛烈にアピールさせます。

しかし、潔癖な乙女であるジャンヌ姫は不倫の誘いなんて不潔よっ!と激しく嫌悪感を示し断固拒否。それはそうです。親の勧めで結婚はしましたが、多分、夫に特別な愛情を感じる暇もなかったし、恋愛感情というものもよく分からないはず。不倫なんかしたいはずがありません。何せ、驚くなかれジャンヌ姫はまだ12歳(!)の女の子なのです。
昔は寿命が短かった分、結婚適齢期も早いというのはよく知られた話ですし、あの『ロミオとジュリエット』のジュリエットも命が数日で燃え尽きるほどのあんな激烈情熱大恋愛をしていますが、年齢設定は確か13歳。
現代人の感覚で考えるのは見当違いなのかもしれませんが、しかしやはり、大の男が12歳の女の子と、どうやったら寝られるのかなあ、ぐふふ、と日がな悪知恵働かせ妄想しているというのは、どうにも気色悪い。
どこがエレガントなんだよ、このロリコンの変質者め、と往復ビンタしてやりたくなるのは多分、私だけではないはず。
しかもこの変質者は、ジャンヌが自分の誘いを拒絶したと聞かされても、良家の姫君は世間体があるからそういう、心にもない返答をするものだよ、ふふん、とか、相変わらず無駄に自信過剰で、恋愛は猛アタックあるのみとばかりに婆さんにどんどん追加で金を積み、ラウール様最高!アピールをしつこく繰り返させるのですが、乙女の鉄壁ガードはびくともしない。

そのうち、早馬で最短ルートを高速でぶっ飛ばしたのか、何とスペインまで巡礼に行っているはずのロベールが、もう巡礼を終えて無事にパリの近くまで帰ってきている、という驚くべき知らせが入ります。
やばい、このままだと賭けに負ける。負けたら逆に自分の土地、取られる。追い込まれたラウールは再び、婆さんと悪だくみ。
実はこの婆さんも、ラウールに負けず劣らずの悪党、まだ12歳の清らかな乙女ジャンヌちゃんを、恋愛って、殿方と寝るのってすっごく楽しいのに、何にも知らなくてかわいそー、おほほほほ、とさんざん馬鹿にしたり、とんでもない、強欲な魔女みたいな婆さんで、もうあの強情姫を説得するのはあたしゃ、お手上げ。でも、十分、報酬もらえるんなら姫と二人っきりになれるようにしてあげるから、あとはとにかく、力ずくでやっちゃえばいいんじゃないかね?と提案するのです。
ラウールも、あ、それはいい考え。オッケー、そうしよう、となり(もう立派な犯罪者だよ、こいつら)ある日、ジャンヌ姫がお風呂に入っているといきなり、変質者ラウールが侵入。もちろん、魔女婆さんが招き入れたのです。しかも婆さんは邪魔が入らないよう、館の他の人間をみんな追い出してしまっていました。
それで気が大きくなっているのか、ご機嫌うるわしゅう、姫様、とか何とか呑気に挨拶なんかして、痴漢のくせにやけに堂々としているので、当然ジャンヌちゃんはキレます。
何でこの私が、あなたを歓迎すると思ってる訳?礼儀知らず!田舎騎士!呪われておしまいなさい!と罵りますが、自分の世界に入り込んでいるらしいナルシストのラウールは全然、聞いておらず、嗚呼、姫様、あなた様のために私は悶え死にそうだ!嗚呼、どうか、どうか私めに憐れみを!と芝居がかった恥ずかしいセリフを吐きます。
ジャンヌ姫はきっと、阿呆さ加減に呆れ果てたのでしょう。阿呆には、きっぱり言ってやらねばと、私はあなたの恋人になんか絶対ならないし、憐れんでもあげません。さっさと出て行かないと、全部お父様に言いつけるわよ。私は、不倫なんかしませんからね、そんな女じゃないの、と最後通牒を突き付けますが、とち狂ったラウールは、不倫なんかしない?ふうん、本当にそうでしょうかね、と言うなり、裸のジャンヌ姫を浴槽から、文字通りお姫様抱っこで無理やり連れ出し、寝台へ運んでいこうとします。
しかもその際に、あ、姫様は右の太ももにあざがあって、あそこにいぼがあるんだ~とか、体をじろじろ見ているというど助平ぶり。(どこ見てんのよ!by共立美容外科)

娘さんたちに体を洗わせたり飲み物運ばせたり、何だかハーレムみたいな中世人の屋外入浴図。こんな、でっかい湯桶にしか見えないバスタブにお湯をためて入るのが、中世人の入浴でした

それでにやついていたのか、気が逸ったのか、寝台のそばまで来た時に拍車がシーツの裾に引っかかってすっ転び、ジャンヌ姫が上、ラウールが下になって倒れます。その隙をついてジャンヌ姫はラウールからさっと離れて起き上がり、とっさに落ちていた薪をつかむと、この出歯亀野郎!とばかりに怒りを込めてラウールの顔面ど真ん中に振り下ろしました。
乙女の鉄槌、会心の一撃は効果絶大でナルシストのラウールは自分の顔を傷つけられたことには耐えられず、私の、私の美しい顔に傷がああっ!と顔からだらだら血を流しながら、ほうほうの体で逃げ帰ります。
素っ裸でも臆することなく、一人で見事、痴漢を撃退したジャンヌちゃん、天晴れ!しかも、普通はもう少しで強姦されそうな目に遭ったりしたら、恐ろしくて泣き出してしまうと思うのですが、どうやらジャンヌちゃんは泣きもせず、いやあね、せっかくの気持ち良いバスタイムを邪魔されたわ、とばかりにそのまま浴槽に戻り、例の強欲婆さんに、ちょっと聞いて、さっきあなたのお気に入りのラウールが勝手に入ってきたわよ。あんな無礼者、私がぶん殴って、追い返してやったけどね、ほほほ・・・
とか、事の顛末を冷静に語ったりしている。12歳とは思えない、なかなかに剛毅な姫様です。

4.そんなに近くで見てないから・・・

さて、ロベールはほどなく無事に巡礼から帰還し、義父である騎士は盛大な歓迎の宴を催します。何せ貴族なので、今風に言えば本物のパリピなのです。もう朝から晩まで飲めや歌え、踊れや歌えの大騒ぎ。もちろん配下の一人であるラウールも招待されていましたが、仮病を使ってやって来ない。
主君の招待を断るとは、どんな急病じゃ、と騎士が自らラウールの館に行ってみると、どうしたことか顔のど真ん中に大きな傷ができている。
何だ病気じゃなくて怪我なのか。しかし、それぐらいでめでたい席に出てこないのはいかがなものかと主君が言い張るので、ラウールはしぶしぶ「顔を繕って」宴に出席した、とあるのですが。
この「顔を繕う」って、どういうことでしょうかね?男が化粧するのが珍しくなかったロココ時代はまだまだ先ですし。ヴェネツィアのカーニバルの仮面みたいなものでも、被っていったのでせうか。

パリピな貴族の楽しい宴の図。食事をする貴族の周りで演奏する楽師たち。おこぼれをもらおうとしてるワンちゃんの姿も

とにかく、その宴の夜にロベールとジャンヌ姫は結ばれて名実ともに(!)夫婦になります。翌朝もまだ宴は続いていて、招待客はごちそうがずらっと並んだテーブルで豪華なお食事。
それが一段落したとき、ラウールがロベールに話しかけてきて、気の毒だが、賭けは私の勝ちだ。私は姫様の美しいお体をことごとく、知り尽くしてしまったんだよ、ふふふ、と不敵な勝利宣言をします。
(何でこんな、毛穴にまとわりつくようなねちっこい、エロい言い回しをするのかね、この強姦魔は)
その証拠に、私は姫様の右の太ももにあざがあって、あそこにいぼがあるのを知っている、とラウールが言うと、こともあろうにロベールは、それは気がつかなかったな。そんなに注意して、近くから見た訳じゃなかったから、と答えるのです。

ジャンヌ姫がこの会話を聞いていたら、二人とも背後から、薪でどつきたくなったんじゃないでしょうかね?朝っぱらから、この男どもは恥ずかしげもなく、一体、何をほざいているのでしょうか。筆者は、もう開いた口がふさがりません。
しかもしかも、ロベールは、じゃあちょっと確認しておく、とまたその夜、ジャンヌちゃんとイチャイチャする。そして、ラウールの言った通りなのを確かめると単純にも、そんな・・ほ、本当に不倫してたのか・・!と思い込み大ショック。義父にも、姫様は不倫してました、私は賭けに負けました、と報告し、何とショックのあまり失踪してしまうのです。
(うーん、騎士のくせに女々しいな~)

驚いたのはジャンヌ姫です。いきなり、夫が行方不明になった上、父親からは親や一族の顔に泥を塗りおって、お前を嫁になんかやるんじゃなかった、と厳しく叱責されてしまったのですから。
お父様、お母様、違います。私は何もやましいことはしておりません、潔白です。どうかお願いですから信じて下さい、と、どれだけ必死で訴えても誰も信じてくれない。かわいそうなジャンヌちゃん。勝手に夫が自分の貞操を賭けのネタにしたせいで強姦されそうになった挙げ句(おまけに本人は知らぬこととはいえ、無断で恥ずかしいところを見られて、あざだのいぼだの・・)ふしだら女の烙印を押され、周りから白眼視される羽目になるなんて、不憫にもほどがあります。まさに踏んだり蹴ったり。
古今東西、性犯罪の被害者が味わう苦しみや孤立、不当なほど不利な立場というのは残念ながら、あまり変わっていないのかもしれません。

悔しくて悲しくて、眠れぬ夜を過ごしていたジャンヌ姫は真夜中にこっそり起きて床を離れると、美しい長い髪を惜しげもなく切り落とし、男の服を着ます。そして小箱の中に貯めていた金貨をかき集めると、毛布を抱えて館を抜け出し、厩へ。一頭の荷馬を引き、一人旅に出ます。
行方不明の夫を見つけ出すまでは決して、旅をやめないと固く心に誓って。

元はと言えば、もちろん変態ラウールが一番悪いですがロベールも相当、軽率だったし、妻の潔白を信じようともしなかったのに、ジャンヌちゃんのこの一途さ、いじらしさにはちょっと切なくなってしまいます。
お金を使って自分でお買い物する機会なんかなさそうな、貴族のお姫様がなぜ堅実に貯金をしていたのか。現代の子どもみたいに、お小遣いを親からもらっていたのか。そのあたりはちょっと謎ですし、そもそも、旅をするにはまずお金がたくさん必要、という現実をちゃんと認識しているのも、箱入り娘のお姫様とは思えません。わざわざ男装したのも、恐らく女の一人旅は危険と知っていたからでしょう。
というか、自分で着替えなんかしない、侍女に手伝わせるのが当たり前と思っていたお姫様だって、たくさんいたはず。そう考えると、異色と言えるほど自立している、しっかり者のジャンヌちゃんなのですが、旅先でも夫のロベールが存在感を失うほど八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍をします。
それについては、後編でお話しますので、どうぞみなさま、乞うご期待。

※この記事は『フランス中世文学集4 奇蹟と愛と』(白水社刊, 1996年)に収録されている「フロール王と美女ジャンヌ」(神沢栄三訳)を底本としています。


いいなと思ったら応援しよう!