関西人がツッコむ中世ヨーロッパ文学の世界~ 第5回『マリー・ド・フランスの「十二の恋の物語」より エキタン』~
1.地味リニューアル進行中のお知らせ
前回から心機一転、地味に開始した記事のレイアウトの手直し作業についてですが、ありがたいことに、読みやすくなったよ~とコメントお寄せ下さる方がいらっしゃり、本当に本当に励みになりました(感涙)
がぜん、やる気に火がつき、このツッコミ文学シリーズに関しては、過去記事もほぼすべて、こまめに改行して段落を増やし、文脈がおかしいところは修正し、画像を(調子に乗って)ガンガン挿入いたしました。
特に『オーカッサンとニコレット』に関しては、20世紀の初めに出版された本の素晴らしく美しい挿絵画像を発見し、さいわい全て著作権フリーでしたので、たくさん使わせていただいております。
おかげで、ほぼ新装開店と言っていいピカピカの状態に?なりましたので、すでにお読み下さった方もぜひ、素敵な挿絵だけでもご覧になっていただけると嬉しい限りです。
もちろん、過去記事はなんか、活字ギチギチで読みにくかったから読んでないよ~という方も。
もう大丈夫です。
活字地獄で目が痛くなる心配はありませんので、どうぞご安心して、再度トライしていただけましたら大変うれしゅうございます。
なお、ツッコミ文学以外の記事も、短いものはぼちぼち、レイアウトだけでも手直ししていこうかなと検討中ですが。
基本的に文中に画像を入れるのは、今のところ、このシリーズの記事だけにするつもりです。(ていうか、根暗い自分語りに画像入れてもね・・・)
2.エキタン王はアンポンタン~恋に生き、狩りに生き~
さて、今回も引き続きマリー・ド・フランスの「十二の恋の物語」よりエキタンという物語を、ご紹介したいと思います。
(このシリーズ初見で、作者のマリーや「十二の恋の物語」についてお知りになりたい方は、第3回のミロンの記事をご参照くださいね~)
ここのところ連続で、マリーの作品をご紹介しているので、そろそろ他の作者の作品をご希望される方もおられるかと思いますが。
すみません。
次も、あともう一回だけ、引き続きマリーの作品をご紹介予定です。
何せ、長さがちょうど良く前後編に分ける必要がないので、筆者としてもご紹介しやすいうえ、どの作品もツッコミどころが満載すぎるもので・・・。
とはいえ、さすがに十二作品、全部を順番にご紹介していると飽きられてしまうかなあと思うので、とりあえず今回と次回は、マリーの作品紹介にお付き合いくださいませ。
なお今回の物語も、前回の『二人の恋人』と同様に舞台背景や時代は定かではありませんので、あえて昔話風に語らせていただきます。
昔むかし、ブルターニュにある王国があり、そこにエキタンという名の王様がいました。
戦うのは好きで、勇敢なので民の評判はけっこう良かったようですが、エキタン王が戦よりも大好きなのが恋のアヴァンチュール、そして狩りです。
王には忠義に厚く、かつ非常に有能な一人の騎士が家令(宰相とか、首席秘書官的な役割をイメージしていただくと、分かりやすいかと)として仕えており、このスーパー家令セバスチャン(作中では名前なしなので、あくまで仮名でございます)が国事を預かり、領土を守り、もめごとが起きれば裁判まで代行してくれていたので、王は戦でも起きない限りは思う存分、朝から晩まで森や川辺をうろついて気ままに狩りをしたり、美女との恋愛遊戯にばかり明け暮れてデカダンな日々を過ごしていられるのでした。
・・・まあ、とても賢い君主とは言えませんな。
むしろ、アンポンタンの色好み王。あるいは、助平王とでも形容すべきかもしれませぬ。
こんなフランスの在原業平か、ドンファンの先祖みたいなエキタン王に忠実に仕え、王国を陰ながら支え、多忙な日々を過ごしているスーパー家令セバスチャンに、神様がご褒美を下さったのでしょうか。
彼はスタイル抜群、容姿端麗、神秘的な銀鼠色(青みがかかった、明るい灰色のことを、ぎんねずいろ、というそうです。美しい表現・・・うっとり)の瞳を持つ、まさに王国一と言っても過言ではない、絶世の美女と結婚することになります。
うわあ、家令殿の奥方様、めっちゃ美人すぎ!きっと、伝説のクレオパトラも顔負けね!と、当然ながら宮廷はすぐに彼女の噂で持ちきりになり、美女の噂とくればもう、助平王エキタンが食いつかないわけがない。
まだ会ってもいないのに何度も一方的に挨拶状やプレゼントを贈り、どんな美人なのかな~、王国一の美貌って噂だけど、本当かな~、なるべく早くお近づきになる機会作らなきゃな~、ぐふふふ、などと、けしからん企みをして、にやついておりました。(キモイよ)
そして、エキタン王はお忍びで(また)狩りに出かけ、獲物を狩って楽しく狩りを終えると、家令セバスチャンと噂の麗しき新妻が暮らす城館へ(多分)電撃アポなし訪問。(うーん、何という自己中&無粋さ。いくら相手が臣下でも、新婚家庭に突撃すな!)
ちょっと、狩りで近くまで来たので寄ってみた!今晩はここに泊まるから、噂の奥方を余に紹介せよ!って感じで、ようやく待望のご対面。
長々と、親密に奥方と語らうことに成功します。
奥方は噂に違わぬ絶世の美女で、おまけに綺麗でスタイル抜群なだけではなくて頭も良く、振る舞いも優雅、とにかく非の打ちどころがありませんでした。今まで、これが王たる者の雅な遊びなのだ、ふはははは、とばかりに美女と気ままなワンナイトラブを愉しみまくってきたエキタン王ですが、ついに完璧な理想の女キタ~!って感じでズバーンと心臓のど真ん中を撃ち抜かれ、不覚にもガチのマジ恋に陥ってしまいます。

遊び人が真剣に恋愛してしまうと意外に不器用だったりしますが、エキタン王もその例にもれず、まるで思春期の文学青年みたいに煩悶し始めます。
夜になっても全然眠れず、ず~っと寝台の中で以下のように自問自答、懊悩しっぱなし。
・・・ガチで恋する相手が、あの家令の妻ってのはさすがに具合が悪いよなあ、余は王なんだし、臣下に忠実に仕えてほしかったら自分も信義を守らんといかん。もし家令が余の奥方への恋心を知ったら、そりゃ不快になるだろう。いや、でも主君たる余がマジ恋のせいで病んじゃったら、なおさら家令にも具合が悪いんじゃないか?それに、あんな美人が恋愛の愉しみも知らない、恋人も持たないなんて、めっちゃ不幸すぎない?恋愛の愉しみ、歓びに身をゆだねてこそ、貴婦人ってもんじゃないの?
そうとも、家令の奴が余の恋心に気づいて不快になろうが悔しがろうが、勝手にすればよかろう。あんな美人を奴に独り占めさせてたまるか、必ず余も分け前にあずかってやるからな!
アンポンタンな自分の代わりに国事を取り仕切ってくれている家令セバスチャンへの恩義より、色恋を平然と優先し、正当化してしまうという、相変わらずのみごとな自己中っぷり、助平ぶりですが、その後もず~っと眠れず、真っ暗な寝室で何度もため息をついたり、ごろごろ寝返り打ったりして悶々としていた王は、ふと肝心なことを忘れていたと気づきます。
あ、そういや、まだ奥方に告ってもいない。余の恋人にならない?って言ってなかったわ。一人でこんなに死ぬほど悶々とするより前に、彼女の意思を聞かなきゃダメじゃん。余と彼女が相思相愛だったら、何にも苦しむ必要なんかないんだし。よし、夜が明けたらさっそく、聞きに行くとしよう。
エキタン王は結局、そのまま一睡もせず、夜が明けるとまたまた、飽きもせず狩りに出かけ(・・・何か他にやることないの?ねえ?)たものの、すぐに帰り支度をして帰還。
うう・・・めっちゃ気分悪い・・・寒気がする・・・。
と、青い顔で寝台に臥せってしまいます。
忠義で真面目なスーパー家令セバスチャンは、陛下、いかがされました、ご気分がすぐれないのでございますか、と真剣に心配しますが、どうもこれは助平王のあざとい策略だった模様。
ううう・・・まだ、めっちゃ気分悪いけど・・・そなたの美し~い奥方がここに来て余の話し相手になってくれたら、恐らく気も晴れて、心が慰められると思うのだがな~。
などとのたまい、強引に奥方を呼び寄せるのです。
3.エキタン王、下僕になる~Мな王と、女王な奥方~
さて、何も知らない奥方がやって来ると、エキタン王はすでに昨夜から自分一人ですっかり盛り上がってしまっているので、前置きとかなしで、いきなりジュテーム!と告ります。(頼むから、そこはちゃんと手順踏んでくれ)そして、嗚呼、いまや余の生殺与奪の権(鬼滅の刃の冨岡さんのおかげで、このちょっと難解な言葉も一気に全国でポピュラーになった感あり。喜ばしいです)は愛しいそなたが握っているのだよおおお~、と苦し気に訴える。
奥方(彼女も名前がないと呼びにくいので、以下はイザベルと呼ぶことにしませう)は非常に困惑しつつ、以下のように答えました。
陛下、お返事をするのに猶予をいただいてもよろしいですか?こういったことはわたくし、初めてで・・・どうしたらよいか、正直とても困惑しておりますの。わたくし、恋だの愛だのといったことで陛下をお引き留めできるような、身分の高い女ではありませんし・・・。それにわたくし、よく存じておりますの。わたくしがひとたび、陛下の想いを受け入れてしまえば、きっと陛下はすぐわたくしに飽きてお見限りになられましょう。仮にわたくしたちが相思相愛になったといたしましても、陛下と、陛下の臣下の妻であるわたくしとでは、公平な恋愛というものは成立しません。陛下はわたくしにも、夫に対するのと同じように主君の権利を主張されるでしょうから。それでは、つまりませんわ。不誠実なやんごとなき殿方より、例え貧しくてもその身に知恵と美徳と誠実さを備えた殿方と恋をする方が、歓びは一層大きいのです。おのれの身の丈に合わない、はるかに高貴な殿方と恋をしたりすれば、何かにつけ心が恐れおののくばかりですもの。
おお、なかなかご立派な名セリフ。
このイザベル奥様、エキタン王とは比べ物にならない、非常に賢い女性のようです。
何より、まだフェミニズムなんてものは存在すらしていなかった時代に、男女間の公平な恋愛を説いているあたり、驚くほど感覚が現代的ではありませんか。ちょっと同性として、筆者は拍手を送りたくなります。(パチパチ)
しかし、本能(というか欲望)の人エキタン王には、イザベルの筋の通った言葉は全然、受け入れられません。
(猶予をいただいてお返事すると言いつつ結局、ふられてるっぽい雰囲気だしね)
もう、お願いだからそんなことを言わないでくれ・・・とほとんど、泣き落としのような女々しい感じになってきます。
・・・豊かな財産や広大な領地をかさに着て、よからぬ魂胆で女性を口説く輩など、雅というものを知らぬのだ。町人どもの、商いみたいなものだ。(そんなん言うて、ナニワのあきんどと近江商人を一気に敵に回しはったで、あんたはん)そなたのように賢く気高く雅な貴婦人は、例え持ち物が外套一枚というほど貧しくとも、王侯貴族に誠実に愛される資格があるのだよ。嗚呼、愛しいイザベル、余はそなたにこの身を捧げよう。余のことは決して王だと思う必要はない、そなたの恋人で家来で下僕と思っておくれ。(何ですか、この人。どMですか?)余は今後、何でもそなたの思い通りになると、誓って約束しよう。もう本当に、本当に、このままだと焦がれ死にしてしまうぐらい、愛してしまったのだよおおお~!
こんな感じで、どMなエキタン王がその後も何度も何度も、お願いだから、そなたの下僕にしておくれ・・・そなたこそ、余のご主人様だよ・・・と懇願し、ジュテームとしつこく口説きまくったので(うーむ、まるでフランスの谷崎潤一郎的ストーカー)どうやら女王様気質だったらしいイザベルも次第に悪い気はしなくなり、ある日とうとう、
んもう、陛下ったら、そんなにわたくしのことを愛してらっしゃるの?仕方のない御方ですこと。でも、あなた様が真剣でいらっしゃるのはよく分かりましたわ。あなた様のお気持ち、謹んでお受け入れしましてよ。陛下のお望みになっているコトはみんなわたくしが叶えて差し上げます、う・ふ・ふ♡
という感じで、なにぶん人妻と色好みの助平王なので、一足飛びにいけないオトナな関係に突入してしまいます。

こうして二人のシークレットラブが始まってしまったわけですが、前回の『二人の恋人』の、逢引きもままならず苦労していた不器用な若い二人とは違い、助平王は不倫にもためらいなく職権濫用、ちょっと瀉血(実は今回から翻訳本を二種類、参照しているのですが、刺絡と瀉血で訳が統一されておらず。調べてみますと刺絡というのは東洋医学的な施術のようなので、この記事では瀉血と訳させていただきます。ちなみに瀉血は中世ヨーロッパでは立派な医療行為と信じられ、盛んにおこなわれていました。刃物でスパッと腕に傷をつけて悪い血をどんどん流し出す、というなかなかに恐ろしい治療です。以下の画像もご参照あれ)するから、余の方から声をかけない限りはしばらく絶っ対に絶っ対に誰も余の部屋に入るな!扉から半径100メートル以内に近づくな!もし、何か聞こえても何も聞かなかったことにせよ!ってなことを臣下や従者に厳命し、部屋に鍵をかけて好きな時に好きなだけ閉じこもっていられたので、真っ昼間だろうと全然、逢引きでもなんでも、好き放題のやりたい放題。(まーあ、ハレンチ!)
もしかしたら初めて、だったのかもしれないガチのマジ恋がめでたく成就し、今まで経験した、数えきれないかりそめの恋愛遊戯とはけた違いの多幸感と高揚感を味わったエキタン王は、すっかりメロメロの骨抜きになり、さすがにもうイザベル以外の女なんか全くどうでも良くなっていました。
お互い指環まで交換して、余とそなたは永遠に誠実な恋人同士だよ、モナムール・・・ああん、陛下、イザベルとっても幸せっ♡とか自分たちだけのラブラブワールドに完全に入り込み、愛欲に耽っていたその間にも、何も知らない哀れなサレ夫、スーパー家令セバスチャンは、ここのところ裁判が多くてめっちゃ忙しいなあ・・・いかん、まだ明日の裁判の訴状にも目を通してなかった。今から急いで読まなくては、と王国のため東奔西走、汗水垂らして勤めを果たしていたのでした。(うわあ、かわいそう・・・)

4.唐突に中世サスペンス劇場開幕~浴室は修羅場の匂い~
エキタン王の職権濫用も功を奏し、二人のシークレットラブ、もとい不倫関係は誰にも知られることなく、その後も長く続きましたが、やはり一国の王とあろうものがいつまでも、伴侶を持たないというのは世間的にみると明らかに不自然なことです。王国の未来のためにも、そろそろ恋愛遊戯は一旦おしまいにして、身を固めて下さいませんと・・・と、家臣たちはしきりに説得し、異国の王族の姫君たちとの縁談を持ちかけようとしますが、熱烈マジ恋の真っただ中で、姫君だろうが何だろうがイザベル以外の女は完全にアウトオブガンチューの王は、そんな話は聞くのも厭わしい、二度と聞かせるな、と断固拒否。取りつく島もありません。
事情を知る由もない家臣たちは、うちの王様、一体、何考えてんの?女遊びが過ぎて、頭おかしくなってんじゃないの?と密かに不満を募らせ、非難ごうごうです。
そして、王にいくつも縁談が持ち上がっているという話は、当然ながら家令の妻であるイザベルの耳にも入っておりました。
ある日、またいつもの逢引きの機会が訪れて密室に二人きりになり、
会いたかったよ~、愛しいイザベル。ささ、そんなところに突っ立っていないで、もそっと近うお寄り。今日もこの部屋には絶っ対に誰も来ないから、ここでゆっくり、一緒に寝ようね♡
ってな感じで、デレデレの助平王が抱き寄せてキスをし、押し倒したまでは良かったものの、イザベルはいきなり、しくしくと泣き始めます。
え、なに?もしかして、強引すぎた?どうした?なぜ、そんなに泣いているのだ?とうろたえるエキタン王に、イザベルは涙ながらに訴えます。
陛下、わたくしは、あなた様への恋のゆえにこんなに嘆いているのですわ・・・。あなた様に、異国の王女様との縁談がいくつも持ち上がっていると聞いております。あなた様はもう、どなたかを王妃に迎えられ、このわたくしをお見限りになりますのね・・・。嗚呼!捨てられた哀れなわたくしは一体、どうなるのでしょう?あなた様を想って、絶望して死ぬよりほかありません・・・。
自分への恋のために死ぬ、と真珠のような涙を流すイザベルのいじらしさに、うおおおお~、ベルちゃん、めっちゃ愛い奴やないかい~っ!可愛すぎて、こっちが死ぬるううう~!と、もうエキタン王はメロメロのヘロヘロのキュン死寸前、興奮しすぎて過呼吸起こしそうです。
(うわ~、我ながらなんちゅう、アホくさくてこっ恥ずかしい表現じゃい)
美しいモナムール、そんなことは全然、心配無用だよ。安心おし。余は決して妃など迎えるつもりはない。他の女性のために、愛しいそなたを捨てるなどあり得ないから、どうか信じておくれ。もしそなたの夫が死ねば、余はそなたを妃に迎える。もうこれだけは絶対、誰が反対しようが確かなことだ。
イザベルは王のこの言葉を聞くと、にわかに泣くのをやめて表情を明るくし、陛下、ありがとうございます。指環にかけて、永遠にお互いに誠実な恋人でいようと誓ったお約束を、ちゃんと守って下さいますのね・・・感謝いたしますわ。と天使のような麗しい微笑を浮かべた・・・次の瞬間、唐突に仮面がはがれたように恐ろしいセリフを口にします。
あなた様が、他の女性のためにわたくしを決して捨てないとお約束して下さるのでしたら、わたくしも、夫を亡き者にするための手立てを講じてみることにしますわ。ほかならぬ陛下が手助けして下されば、きっとそれぐらい、容易なことですもの。
じゃんじゃんじゃーん、と、懐かしの火曜サスペンス劇場の不穏なテーマ曲をBGMに流したくなるような怒涛の急展開です。
(世代じゃない方、すみませぬ。YouTubeでOP映像付きで聴けるので、よろしければ聴いてみてね)
ど、どうしちゃったのでしょうか、いきなり悪女の本性を現し、物騒なことをさらっと口にするイザベル。
恐らく、エキタン王も何となく、もしそなたの夫が死んだら・・・と言ってしまっただけで、実際に有能な臣下を亡き者にしようとまでは考えが及んでいなかったのではないかと思われますが。(だって、実際に国事を取り仕切ってるのはほぼ、セバスなんで)もはや王は完全に悪女イザベルの下僕、盲目的な愛の奴隷となり果てていますので、うむ、分かった、そうしよう。
今後は道理は抜きで、余はそなたの求めることは何でも全力で協力する、とまで言いきってしまいます。
こうして、まるでマクベス夫人のごとき悪女イザベル主導で、世にも恐ろしい、セバスチャン殺害計画が立てられます。
まず、エキタン王がいつものように森へ狩りに行き、セバスチャンの城館に何日か滞在する。そして、3日目に瀉血と入浴をし、お前も余と共に瀉血と入浴に付き合えとセバスチャンに命じる。で、イザベルが浴槽を二つ用意して湯の支度をし、一つにはがんっがんに煮えたぎった熱湯を注いでおく。
その地獄の釜みたいな浴槽にわざとセバスチャンを入らせれば、ほぼ石川五右衛門状態で、即死。(ギョエ~)
エキタン王が、おお!何だか分からないが、お湯に入った途端に家令が急死してしまったぞ!かわいそうに、過労による心臓発作かな?うん、多分そうだ。目の前で見ていた余が申すのだから、間違いなかろう!と事をおさめて犯行をきれいさっぱりもみ消す。
これで、エキタン王は熱愛してやまないイザベルをめでたく王妃に迎えられ、早く身を固めろとうるさい家臣たちの不満や非難も止み、世継ぎができないかも、という将来的な問題まで、たちまちオールクリア。
すべてが完璧なハッピーエンド。何てみごとな計画!
・・・陛下、そういうわけですから、何もかもわたくしの言う通りになさって下さいませね、とイザベルに念を押され、諾々と、分かった。すべてそなたの望み通りにしよう、と応じてしまう、根っからどMな下僕王。
(あかんやん)

しかししかし、この計画、どう考えても全っ然、完璧どころか詰めが甘すぎて穴だらけ、ツッコミどころ満載過ぎなのです。
中世フランス人は、めったに入浴しなかったから気づかないのかもしれませんが。(え?現代のフランス人はどうかって?それは、モンティパイソンの傑作コントにお任せします)そんな、地獄の釜みたいな熱湯を浴槽に注いで、室内に設置しますとですね(ヨーロッパではわりと近世まで、家に専用の浴室というものはほとんどなくて、普通のお部屋に浴槽を運んできて、入浴してました)ものっすごい湯気と蒸気が、もうもうと立ち込めて、室内の温度も急上昇して灼熱サウナ化し、えらいことになりますし。
現代みたいに自動お湯張り装置とかあるわけないんですから、人力で浴槽いっぱいに注ぐだけでも、めちゃくちゃ危ないでしょ。飛び散った雫がちょっとでも、皮膚に触れたら火傷しますよ。(作業中、防護服でも着るの?)
それに、いくら王がお得意の職権濫用でもみ消そうとしても、何でこっちの浴槽だけ、こんなとんでもない熱湯が入ってたの?誰がこんなもの用意したの?って誰でも不審に思うだろうし。
イザベルが、まあ、わたくしったらうっかりしてこんなに熱いお湯を入れてしまいましたのね、夫はいつも熱い湯を好んでおりましたものですから、つい沸かし過ぎてしまって・・・嫌ですわ、ごめん遊ばせ、おほほほ、とかって、すっとぼけてドジっ子を装ったとしても、さすがに無理がありすぎます。
絶世の美女だからって、世間はそんなに甘くないのです。(きっぱり)
何より、入った瞬間に即死するようなぐつぐつ煮えたぎった浴槽に、気づかずに入っちゃうなんて、そんな阿呆がどこに、おりますのんかいな。
恐らく普通の神経を持った人間なら誰でも、浴槽に近づいただけでも、うわあ、あっつ!あっつい!何じゃこれ!って反射的に飛びのきますよ。
芸人の熱湯風呂じゃあるまいし、ヤー!とか言ってる場合じゃありません。
恐らく、二人とも何が何でも意に染まない政略結婚を避けたいとか、愛のない結婚生活にはさっさと終止符を打ちたいとかで、冷静になれない状況に置かれていた上、ガチのマジ恋すぎて熱に浮かされたようになっていて、世界は二人の愛のためにある~♪と本気で妄信してしまったのでせう。
3か月ほど経ったある日、とうとうこんな穴だらけの計画を実行。
エキタン王は家令セバスチャンの領地内にある森へ狩りに出かけ、馬鹿の一つ覚えというか、ううう・・・何か、まためっちゃ気分悪くなった・・・そなたの城館で休んで瀉血するついでに、しばらく泊めて、と要求。
(もはやセバスの城館、王の専用ホテル状態・・・)
イザベルが計画した通り、滞在3日目になると、余はひとっ風呂浴びたくなったぞ!湯を用意せよ。セバスチャン、そなたも入浴に付き合え、と命令。
忠義なセバスチャンは、承知いたしました、と従順に承諾し、いよいよイザベルは侍女に命じて湯を沸かさせ、浴槽を二つ、部屋に運び込むと、夫を入らせる予定の浴槽にはためらいなく、ぐつぐつと煮えたぎった熱湯を注がせます。
セバス、危うし!
しかし、そんなこととはつゆ知らず、では、湯の支度が整うまで、私はちょっと気晴らしにその辺りを散歩でもしてまいります、と、お人好しのご隠居さんみたいに、のんきに外出してしまうセバスチャン。
一方、夫を始末する手はずが整ったので、陛下、用意はできました。これできっと、上手くいきますわ、ほほほ・・・って感じでイザベルが王に話しかけると、計画遂行にあたり今一度、心身ともに運命共同体であることを再確認したかったのか、あるいは小心ゆえに殺害計画への恐怖心や、不安が払しょくできず、刹那的な快楽に溺れて感覚を麻痺させたかったのか。
いきなり彼女を引き寄せて、何とよりにもよって、ちょうど浴槽の脇にあったセバスチャンの寝台で、事に及び始めるというハレンチぶり。
(おいおいおい!ほんまに、やりたい放題やないかい!)
やっぱりもう、こいつはど助平王と呼ぶしかありませぬ。
イザベルも、今から夫を亡き者にしようとしているという明らかに異常な状況なのに、まあ、陛下ったら、朝っぱらからいけませんわ、そんなこと・・・とか何とか言いながらもやる気満々で、全然本気で抵抗しない。
さすがの肝が据わった悪女っぷりです。
どうやら部屋に入った時点で、助平王は事に及ぶつもりだったらしく、いつも通り扉はがっちりと閉ざさせ、戸口には侍女を立たせて、絶っ対に絶っ対に、余が良いと言うまで誰も中に入れるなよ!と厳命しておいた・・・のですが。自分の城館ではないので、さすがに鍵までは掛けられなかった様子。
そこへ、散歩に行っていたセバスチャンが、最悪のタイミングでご帰還。
イザベル、私だ。戻ったぞ。そろそろ風呂の用意できてるよな。
と、王とイザベルが寝ている部屋の扉を遠慮なくノックしまくる。
慌てて、侍女が家令様、なりません、と制止しようとしますが、何をする、ここは私の城だぞ?なに?陛下のご命令で、扉を開けてはならないとは、どういうことだ?おい、イザベル、いるんだろ?開けろ、開けるんだ!とついに、固く閉ざされていた扉を力ずくで、バーンと乱暴にこじ開けてしまいます。(うわあああ、えらいこっちゃ)
セバスチャンの目に飛び込んできたのは、自分の寝台で王と妻が事に及んでいるという、悪夢のような光景。(ご愁傷様。悪夢の方がまだマシかもね)
二人とも素っ裸だし、もうこれは言い訳のしようもない。
激怒して、大股で寝台に近づいてくるセバスチャンに気づくと、さすがの助平王も、え、どうしよう。イザベルとイチャコラしてるの、ばっちり見られたし。余は今、裸なんだけど。こっちに来られると、めっちゃくちゃ恥ずいんだけどおおおっ!と、恥辱のあまりパニック状態に。
あ・・・あはは・・・お、お風呂沸いてるから、余が先に入っちゃうぞ!
ってな感じで、逃げるように浴槽にどぼーんとダイブしたら、それはセバス殺害用の熱湯風呂。
アンポンタンの助平王、あえなく即死しました。(ギャー!)
これを見て、自分が危うく命まで奪われるところだったことを悟ったセバスチャンは、寝台の上でがたがたと絶望と恐怖に震えている妻を鬼のような形相でにらみつけると、
陛下とお前のために、毎日毎日、黙ってサービス残業までしてたのに・・・よりにもよって私の寝台に他の男を引き入れて汚しやがって、ふざけんなよ、この淫乱女がああああ~!とブチ切れて、泣き叫ぶイザベルを容赦なくひっ捕らえて熱湯風呂へ放り込む。(あ~れ~)
あまりにも劇的で、あっけない幕切れ。
こうして、道ならぬ愛の炎に身を焦がした二人は、文字通り全身を煮えたぎる湯に灼き尽くされ、惨くも心中する羽目になってしまったのでした。
このお話から得られる教訓。
それは、他人の不幸を願ったりすれば、結果的に自分が不幸になる、ということです。
・・・って、この作品は締めくくられているのですが。
筆者は声を大にして言いたい。
いやいやいや、教訓ってそこ?そこなん?違うやろって!!
だって、他人の不幸どころか命を狙ってたんですよ?立派な犯罪!
そんな、変に生易しいニュアンスで締めくくっちゃっていいの?
(そもそも、不倫はダメと言わないのは、やっぱり昔、物議を醸したある方の発言通り不倫は文化、のお国柄ゆえなんでしょうかねえ・・・)
筆者の観点からすれば、この作品から得るべき教訓は明らかに、以下の二点であろうと思われまする。
①ワーカホリックの男性が、美人すぎる奥さんをもらうのは危険を伴います。どうしても美女と結婚したいのであれば、決して仕事を理由に新妻を欲求不満のまま放置しておかず、家庭内の平和を守りませう。
②ヒートショックや不慮の事故などで命取りにならぬよう、入浴する前には必ず、お湯の温度をきちんと確かめること。あとプールではないので、浴槽に勢いよくダイブするのはNG。各位マナーを守って、くつろぎの入浴タイムを。

※この記事は『十二の恋の物語~マリー・ド・フランスのレー~』月村辰雄訳(岩波文庫, 1988年)を底本としています。
なお『レ~中世フランス恋愛譚~』本田忠雄、森本英夫訳(東洋文化社メルヘン文庫, 1980年)も参考にしました。
