関西人がツッコむ中世ヨーロッパ文学の世界~ 第3回『マリー・ド・フランスの「十二の恋の物語」より ミロン』~
1.フランスの紫式部あらわる?
何だかんだと懲りずにしぶとく続いております、このシリーズ。
調子に乗って、まだまだ続きますよの第3回でございます。前回は初回より微妙に反響というか、お読みいただけているという手ごたえがあり、コメントなどお寄せ下さる方もあり、本当にただただ、ありがたい限り。少しでも楽しんでお読み下さる読者様がいらっしゃる限り、私もノリノリで、どんどん続けていく所存でありまする。今回も、悲しいぐらいマイナーだけど実はかなり面白い、知られざる中世ヨーロッパ文学の世界へ、生まれも育ちも関西人の筆者の鋭いツッコミと共に、みなさまをご案内いたします。
さて、今回取り上げる『十二の恋の物語』は今までご紹介した作品の中では一番、時代が古く大体、12世紀の半ば頃、1160年あたり(日本史だと源頼朝の父の源義朝が反乱を起こし敗れた平治の乱が勃発したり、平清盛が武士として初めて太政大臣になったりしていた頃)に成立したと考えられています。そして、今回の作品が今までと大きく違うのは作者が分かっていること。しかも何と、フランス文学史上初の女性作家といわれている、マリー・ド・フランスなのです。
残念ながら彼女の生涯については、ほとんど史料がなく不明のまま。
マリー・ド・フランスという名前も、『イゾペ』という、イソップ物語をフランス語に翻訳した作品のあとがきに「私の名前はマリー、フランスの生まれです」と書いていたから、便宜的につけられた名前だそうで、何だか『蜻蛉日記』の作者、藤原道綱母や『更級日記』の作者、菅原孝標女に通じる不憫さを感じます。
ただ、彼女が何らかの理由で故国フランスからイギリスへ渡り、イギリス王ヘンリー2世の妃で、元フランス王妃でもあった女傑、アリエノール・ダキテーヌの宮廷を中心に活躍していたらしいということは、ほぼ確実なようで、彼女が『十二の恋の物語』のまえがきで、「勲(いさおし)高く雅やかな、高貴なる王様、敬意を表し献呈申し上げます」と呼びかけているのは、ヘンリー2世と考えられます。(ヘンリーとアリエノールについては、この夫婦が主役のドロドロ愛憎劇『冬のライオン』が非常に有名ですね。映画版で主役をつとめた名優ピーター・オトゥールとキャサリン・ヘップバーンの熱演は必見。決して気分爽快になれる娯楽映画ではありませんが、興味がおありの方はぜひ。クラシック名画ですが、カラー映像なので若い世代の方でも、それほど抵抗なくご鑑賞いただけるかと)

王侯貴族の宮廷で活躍した女性作家というと、やはり日本人なら紫式部を連想されるかと思いますが、今回ご紹介する『十二の恋の物語』は『源氏物語』とはだいぶ趣が異なります。どちらも宮廷を舞台とした恋愛物語で、登場人物はほぼ上流階級、という共通点もあるにはあるのですが、前者は主として騎士と貴婦人の恋愛を描いているため、農耕民族の日本人の感覚からすると、まあ非常に血なまぐさいというか、物騒というか、こ、これがおフランスの雅(みやび)なのか?エレガンスなのか??と、ツッコミたくなってしまう部分が多々あります。光源氏の、お公家さんの雅とか、もののあはれ、みたいなあわあわと儚き世界をイメージしていると、間違いなく目が点になってしまいますので、そのあたりの民族性や文化の違いに注目して、お読みいただくのも一興かと思います。
そもそも、『十二の恋の物語』というのは邦訳された際につけられたタイトルで、内容的にも作者マリー・ド・フランスの完全オリジナル小説ではありません。原題は『レー』といい、拍子抜けするぐらいめっちゃ短いのです。レーとは何かといいますと(ドレミの歌でもカフェ・オ・レでもジル・ド・レーでもなくって)フランスのブルターニュ地方に暮らし、独自の言語や文化を持っていたブルトン人が、竪琴を奏で歌いながら語っていた短い物語詩(歌謡詩)のこと。マリーはこのレーを何度も聴いたことがあり、それらが忘れ去られてゆくのは忍びないから、自分がみなさまにも分かりやすいフランス語に翻訳し、文章化して作品集として残すことにした、という旨のことをまえがきで語っています。
当時は識字率も低かったですし、物語は「書かれる」ものというより、主として「語られる」ものでしたので、彼女の言う通り、その場限りで消え失せていった優れた物語も、きっとたくさんあったのでしょう。
前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、今回はマリーが書き残してくれた十二の物語のうち、「ミロン」という作品をご紹介しようと思います。
これ以外の物語も、なかなかにツッコミどころ満載の興味深い作品ぞろいですので、機会があればまたご紹介させていただきます。乞うご期待。
2.完璧の騎士はツンデレ姫がお好き
物語の主人公は、タイトルにもなっているミロンという名前の騎士です。
気高く勇ましく誇り高く、雅やかな、騎士のお手本のような男で、いかなる騎士と手合わせをしても負け知らず、その武名は広くヨーロッパ中に知れ渡り、あまたの王侯貴族が彼を敬っていました。正に最強無敵のパーフェクト騎士様であります。
ミロンのこの、輝かしい噂を耳にして、とある領主の娘の美しいお姫様はすっかり彼に熱を上げてしまいます。いくら立派な噂を聞いたからって、顔もよく知らない相手に首ったけになるというのは、何だか現代人には単純すぎるように思えるかもしれませんが、中世フランス文学ではわりと、これがドラマチックなロマンスの定型みたいなところがあって、似たようなエピソードがちらほら見られます。(宿命の恋、赤い糸で結ばれた相手であれば、噂だけで十分ってことなのでしょうか・・・)
とにかく、姫は何とかして、わたくしのこの熱い思いをお伝えしたい!と大胆にも使者を立ててミロンに愛の告白をすることにしますが、そこはさすがにプライドの高い姫君、女性の方から告白しちゃう気恥ずかしさ、みたいなものもあったのでしょうが、「貴方さえよろしければ、わたくしの恋人にしてさしあげてもよくってよ、ほほほ」みたいな、ずいぶんと高飛車かつツンデレなメッセージを送ってしまいます。
しかし、ミロンはむしろツンデレが好みだったのか、「私のような者を姫様の恋人にしていただけるとは、喜びと感謝に堪えません、メルシーボクー。このミロン、決して姫様を見捨てるようなことは致しますまい」と、第三者には聞くだけでこっ恥ずかしい伝言と愛の証の金の指環を使者に託し、姫と逢引きする段取りを整えてくれるよう頼みます。
戻ってきた使者から、ミロンの色よい返事を聞き、指環を受け取ったツンデレ姫様は、もう有頂天で、いや~ん、どうしましょう、どうしましょう♡とデレまくり。さっそく、自分のお部屋の傍らにある、お気に入りの庭園を逢引きの場所に決め、そこで憧れのミロンと二人きり、心ゆくまで愛を語り合う夢のような日々が始まります。

しかし、お姫様はあまりにも箱入り娘すぎました。いかに武名に優れた完璧の騎士とはいえ、生身の男。しかも若くて血気盛んとくれば、色恋に狂えば何をしでかすか、すぐに分かりそうなものですが、もうすっかりデレデレで頭に血が上っているので、ただただ愛しのミロン様が足しげく通ってきてくれることが嬉しく、状況に流され、何度も彼の求めに応じた結果、自分の身に何が起きるか、なんてことは恐らくなーんにも知らなかったのでせう。
言わずもがな、気づいたらデキてしまっていたという次第。(さすがアムールの国おフランス。展開はやっ)
貴族の未婚の娘が、親に内緒で男性と逢引きしていたというだけでも眉をひそめられる時代、ましてや妊娠したとなると、もう醜聞どころでは済まされません。どうしましょう、ミロン様。わたくし、きっと処刑されるか、遠くの国へ売り飛ばされてしまうのですわ、しくしく、と己の犯した罪の報いにおびえ、嘆く姫様。
そもそも、相手が未婚のお姫様と知っていて、正式な結婚の約束もせず手を出したミロンの助平は誰も咎めないのかね、せめてちゃんと避妊ぐらいしろよ、この無責任男が、というのは現代人の感覚で、当時はもっぱら、仮に強姦された場合でも、未婚なのに妊娠した女性の罪、ふしだらさだけが厳しく糾弾される、理不尽すぎる男尊女卑社会。姫の言う処刑されるとか、売り飛ばされるというのも誇張ではなく、実際に当時の慣習として行われていたことでした。
おまけに、無責任ミロンは事の重大さに動揺したのか、妙に受け身な態度になり、姫様、私はあなたのお考え通りにしますが、どうなさいますか、とか一見、姫の意思を尊重しているようでいて、どこか及び腰。馬鹿野郎、お腹の子はお前の子でもあるんだよ、どうするか一緒に真剣に考えろよと言いたくなります。
いずれにせよ、カトリックの教義では中絶はできないので、産むよりほか選択肢はありません。結局、姫がばあやに事情を打ち明けて味方についてもらい、妊娠を隠し通して(いかに深窓の姫君とはいえ、そんなことできるんですかね、どんどんお腹が膨らむのに・・・ちょっと急に太ってしまいましたの、とか言い訳できるレベルじゃないよ)秘密裏に出産する手はずを整えます。そして、生まれた子どもはイングランド王国の裕福な家に嫁いだ、賢く心優しい姉のもとで代わりに養育してもらえるよう、姫が手紙を書いて頼み込むことに。その手紙はミロンが姉姫のところへ届けに行ったようで、ミロン様、あなたからも子どもが生まれた暁には、どうか元気で無事育つよう、何とぞご配慮下さいと姉によくお願いして下さいませ、と姫は念を押していますが、そもそも、どの面下げてって話じゃないんですかね。(不始末で妹さんを妊娠させてしまいました、すみません。隠し子が生まれたら養育よろしくお願いします、って・・・アホかー!)
果たしてミロンが姉姫に平伏土下座で謝罪したのか、そのあたりは描写がありませんが、いよいよ出産の日が訪れ、姫は玉のような麗しい男の子を生み落としました。子どもが成長した時に読めば自分の生まれを知ることができるよう、姫は出生の秘密を記した手紙が入った袋と、かつてミロンから愛の証として贈られた金の指環を赤ちゃんの首に掛けてやり、豪華な寝具付きのゆりかごに寝かしつけ、ばあやに渡します。かねてからの計画通り、赤ちゃんは待ち受けていたミロンの手に渡され、そこからミロンの家来の手に渡り、乳母と共に密かにイングランド王国の姉姫のもとへ運ばれます。
(自分の子なんだから、家来に丸投げしないで自分で姉姫のところへ送り届けるぐらいのことはしろよって思うのですが・・・だって、生後間もない赤ちゃんですよ?心配じゃないんでしょうか?つくづく、とんでもねえ無責任男や)
いかに裕福な家の奥様で経済的に余裕があるとはいえ、やはり子どもを、しかも妹の犯した過ちによって生まれた、世間的には罪深い存在とされる子どもを自分が引き受けて代わりに育てるというのは、並大抵の覚悟がないとできないと思いますが。
この姉姫は本当にできた人で、運ばれてきた小さな甥っ子をことのほかいとおしみ、こんにちは、赤ちゃん。私が伯母様よ~♪って感じで(古い。昭和なネタですみませぬ)快く受け入れてくれたのでした。
3.嘆きのスワン~キューピッドはつらいよ~
さて、子どものことはとりあえず解決したので、改めて正式に姫に結婚を申し込むのか、と思いきや、何と脳みそまで筋肉の無責任男ミロンはさらなる武勲を求め、姫を置いて旅立ってしまうのです。(第一回でご紹介した物語の騎士ロベールといい、どうにも騎士っちゅーのは奥さんとか恋人に黙って、いきなり失踪したり旅立ったりする人種のようです・・・貴婦人崇拝とか言うわりに、あまり女性を尊重しているとは思えぬ所業でありますな)
ヨーロッパ中に広く名声が轟いているような騎士ならば、領主の娘に求婚する資格がないというわけでもなし、なぜきちんとここでけじめをつけない?
自分の手柄のことしか、考えんのかね?決して姫様を見捨てるようなことは致しませんとか、冒頭でかっこいいこと言ってたのは誰やねんと、ねちねち説教してやりたくなりますが、置き去りにされた姫をさらに不幸が襲い、近隣に領地を持つ大金持ちの領主に嫁ぐことを、父親に強引に決められてしまいます。
嗚呼、わたくしはミロン様を夫にしたかったのに!もう処女ではないのに結婚なんてできるはずない、すぐ夫にも気づかれて、周りから後ろ指をさされるようになるのだわ。そんな恥辱に耐えるぐらいなら、この命を絶ったほうがまし。それなのに、わたくしには自由がない。ずっと見張りがついていて、死ぬこともできない・・・。
姫はさんざん嘆き悲しみますが、非情な運命から逃れる術はなく、結局は父親の意向通りに、見知らぬ男のもとへ嫁がされてしまったのでした。
やがてのこのこと旅から戻ってきたミロンは、姫が人妻になってしまったと知り大ショック。深い苦しみを味わい、物思いに沈みます。
(だったら何で、せめて旅立つ前に戻ってきたら求婚するとか何とか約束しておかんのよ。自業自得、手際悪すぎ!)
幸い、姫の嫁ぎ先の領主の城は、そんなに遠くではないとのこと。何とか、自分が戻って来てすぐ近くにいることを知らせたい、と筋肉でできた脳みそをフル回転して考え続けるミロン。
そして、可愛がっているペットの白鳥をキューピッドに仕立てることを思いつき、恋人への手紙を厳重に封印してから白鳥の首筋に吊るして羽毛の中に隠すと、従者を呼び、この白鳥を贈り物として私の恋人が暮らす城へ届けてくれと頼みます。
忠実な従者は主人のペットの白鳥を携えて、すぐに出発。姫の嫁ぎ先の領主の居城へたどり着くと、
すみませーん、私、鳥刺し(お刺身ではなく、鳥を捕まえるのを生業にしている人のことです。モーツァルトのオペラ『魔笛』に登場する陽気なパパゲーノ君が多分、世界で一番有名な鳥刺し)なんですけど、近くの野原で立派な白鳥を生け捕りにしたんで、こちらの城の奥方様にプレゼントさせて頂けませんか~?
と門番に申し入れ、最初は、誰も奥方様とはお話できぬきまりなのだ、と拒否されたものの、運よくそのとき城内にいたのは騎士が二人だけ、しかも彼らはチェスの勝負に夢中で全然、周りを気にしていない様子だったので、まあ、今ならばれないだろうし、ちょっとぐらいならお会いしてもいいぞ、と許可が下り、従者は首尾よく奥方の部屋へ案内されます。
従者が白鳥を贈り物として奥方に差し出すと、奥方はお付きの小姓を呼び、ご苦労だけどこれから、この子のお世話をしてやっておくれ、ちゃんと餌もあげてちょうだいね、と命じますが、このまま池に放されてしまうと、肝心のミロンからの手紙に気づいてもらえません。
焦った従者は、奥方様、どうかお手ずからお受け取り下さい。ほーら、王侯貴族への贈り物に相応しい、実に美しくて立派な白鳥でございましょう?と、強引に奥方に白鳥を差し出し、奥方も、まあ、本当に綺麗ねえ、と機嫌よく白鳥を受け取った・・・ということなのですが。
あの、インコやオウムじゃない、白鳥ですよ?白鳥って、首が長いし、けっこう大型じゃないですか?いきなり、はいどうぞって差し出されても・・・抱っこできますかね?それとも、ペットとして飼われているからおとなしく、首を縮め体を丸めて神話のレダの白鳥みたいに抱っこされていたのかしらん。謎です。
何はともあれ、白鳥を抱っこして頭や首筋をなでなでしていた奥方は、何か羽毛の下に隠してあることに気づき、はっ、これはもしやミロン様からのお手紙?とすぐに察すると(何でやねん)従者を帰らせ、信頼できる侍女だけを呼んで白鳥の首に吊るされていた手紙を取り外し、やはりミロンからの手紙だと分かると喜びに涙しながら読み始めます。
手紙には、ミロンが昼も夜も恋人を失った深い悲しみと苦しみに苛まれていること(だから、それは自業自得だっちゅーの)、そして、どうにかしてまた逢引きしたいから、何か手立てが見つかったら、白鳥に手紙を託して送り返してほしいと書かれておりました。
恋人に未婚で子どもを産ませたうえ、不倫までさせようとはもう開いた口がふさがりませんが、ミロンが提案した、手紙を送り返す方法というのがまた、えげつない。可愛いペットのはずの白鳥に最初だけお腹いっぱい餌を食べさせておいて、その後、断食させ、限界まで腹ペコになったところで手紙を吊るして解き放つ、そうすると、白鳥はお腹すいたよ~、死んじゃうよ~と、フルスピードで飼い主のミロンのところに帰ってくるという手はず。うーむ、よくこんなこと思いつくなあ。これを動物虐待を言わずして何と言いましょうか。
しかし、あくまでミロンに従順な奥方は言われた通り、最初の1か月は白鳥をお部屋の中で大事に飼って(白鳥って室内犬ならぬ室内鳥?部屋の中で飼えるんですか??)お腹いっぱいになるまで餌をあげておいて、いきなり何日もおあずけを食わせ、飢えさせてからミロンへのお返事を首筋に吊るして解き放ちます。ミロンの予想通り、白鳥は腹ペコペコになり、元の飼い主のミロンのところへ全速力で飛んで帰ってきました。
おかえり!お前、よく帰ってきてくれたなあ、偉いぞ!とミロンは大喜びで白鳥を抱き締め、飼育係を呼んで餌を与えさせると、首筋に吊るされていた恋人からの返事を端から端まで読みふけります。
何と二人は以後、20年もこうやって飴と鞭作戦で白鳥に手紙を運ばせて文通をし、時に逢引きをして不倫の恋を続けたというのですから(まさか、さらに隠し子増やしてないよね?)もうただただ、飼い主を選べないばかりに厄介なお役目を担わされた白鳥が不憫でなりませぬ。
白鳥の寿命って、どのくらいなのか知りませんが、よく途中で死ななかったものだと思うし、何度も何度もお腹いっぱいになったと思ったら飢えさせられる、なんて仕打ちを受けてたら、しまいにもう手紙なんか知ったこっちゃねえよ!って、どこかへ飛び去ってしまいたくなりそうなものですが・・・
というか、筆者が先日、偶然テレビで見た、イギリス人へのインタビュー映像によると、白鳥というのは優美な見た目とは裏腹に意外に攻撃的な鳥で、本気で人間を襲ってきたら、骨を折られるぐらいパワフルなのだそう。
そんなに強いのになぜ、ミロンにボディーブローをかまして、逃げなかったのか。よほど人懐こくて、飼い慣らされていたのでしょうか。まるで忠犬ハチ公のようなあっぱれな白鳥です。
(さらに、これは完全な余談なのですが、ワーグナーのオペラ『ローエングリン』で、主人公の騎士ローエングリンが白鳥が曳く小舟に乗って登場するの、すごい違和感があるんですが私だけ?筋骨隆々とした大の男が乗った舟を、たった一羽の白鳥が曳いてるのって、異様な光景に思えるんですが・・・せめて三羽ぐらい要りません?あの白鳥が、普通の白鳥じゃないのは分かっているんですが絵面的にめちゃくちゃ違和感ぬぐえない・・・)

4.最強の騎士は誰だトーナメントinモンサンミッシェル~まだまだ若造には負けられんのだよ~
さて、20年もの年月が経つうちに、イングランド王国の伯母の手で育てられたミロンの息子も立派に成人し、騎士に叙任されていました。
これはもう、現代で言えば一人前の社会人になったということですので、伯母は預かっていた例のミロンの金の指環と、妹が書いた手紙を甥に渡し、あなたの本当の母親は私の妹で、父親はミロンという名高い騎士なのだと教えます。
自らの出生の秘密を知った息子は、それほど勇敢で気高く、多くの人から讃えられている騎士を父上に持っていること、僕は嬉しく思います。
ですが、ならば僕も息子として恥ずかしくないよう、生まれ育ったこの地を去り、父上を凌ぐ武勲を上げなくては、と、にわかに一念発起。
さっそく翌日、騎士修行のため旅立ち、サウサンプトンの港からフランス王国へ渡り、ブルターニュに向かいます。
彼はそこで有力な領主たちと積極的に交際し、いわゆるノブレス・オブリージュを実践して、貧困に苦しむ騎士たち(中世の貧乏騎士ってのは実際、剣まで質に入れてたり、馬も一頭を二人でシェアして乗ってたり、その日の食にも事欠く、非常に惨めなもんでした)には自分のお金や、親しくなった領主たちから与えられたものを惜しみなく分けてやったりして善行を積む一方、各地で開催されるトーナメントや模擬試合に参加すれば全戦全勝の大活躍、次々に武勲を上げまくりましたので、まだ若いのに勇敢で人柄も立派だし気前も良い、彼こそ最強の騎士だ!と次第にブルターニュ中に名声が高まり、「無双の騎士(サン・ペール)」という、何だかとってもかっこいい二つ名までついてしまいます。(トイレ用洗剤じゃないですよ、あれはサンポールですからね)
やがて、その噂がミロンの耳にも届くと、彼はめちゃくちゃ腹を立て、屈辱にわなわなと震えます。不倫の恋を続けて、アンニュイな日々を長く送っているうちに、そんなどこの馬の骨とも知れぬ若造に、最強の騎士の名を奪われていたとは!冗談じゃない、私だってまだまだ、ただのイケオジじゃない。今からだって旅に出てトーナメントにだって参加できるのだ。すぐさま海を渡って、その生意気な若造に手合わせを挑み、馬から突き落としてやる!やつの思い上がりを懲らしめ、名誉を失わせ、評判も落としてやるのだ、ははは!と、何だか敵役みたいな黒い台詞を吐き、あ、そういえば、息子が騎士修行に旅立ってから行方不明になってるとか聞いたな。その若造を倒したら、息子も探しに行くか、と微妙に唐突な感じで思いつきます。
ミロンはすぐさま、何か調子に乗った若造が現れて、勝手に最強の騎士とか名乗ってるらしいので、ちょっとしばらく旅に出てシメてきたいんですけど、お許し願えますか。その後、行方不明の私たちの息子も探し出してきますから、とまたいつも通り、憐れな白鳥を使って恋人の奥方に手紙を送り、
彼女の了承を得ると、大人の男は若造とは違うんだよ、金に糸目はつけんのだよ、なめんなよ、とばかりにキンキラ派手やかに身支度を整えて旅立ち、ノルマンディー経由でブルターニュへ向かいます。
そして、かの地の住人たちと幅広く交際し、時にはこれまた金に糸目をつけず豪華な宴を催し(このシリーズではおなじみ、中世ヨーロッパの上流階級は何かにつけ、すぐに宴を開きたがる、リアルパーティーピーポー現象がここにも見られますねえ)騎士や領主たちをおもてなしし、心づくしのプレゼントまでばら撒いちゃう大盤振る舞い。中世ヨーロッパにおいて、とにかく真の騎士とは、貴族とはケチケチして、しみったれなのが一番いけない、常に気前よく、鷹揚(おうよう)なのが美徳とされておりましたので、それを体現してますアピールというわけですね。
ミロンはひと冬の間、ブルターニュに留まり、社交に励み人脈を広げつつ、トーナメントや模擬試合に参加して、憎き生意気な若造に一騎打ちを挑む機会を虎視眈々と狙っておりました。
そして春になり、モンサンミッシェル(この物語が成立した12世紀には、すでに巡礼者が多く集まる聖地だったはず。トーナメントなんて荒っぽいイベントの会場になるイメージはないので、筆者も少し違和感あります。確かに、ここに祭られている大天使ミカエルは騎士の守護天使ではありますが・・・)で開催される、ヨーロッパ各地から腕に覚えのある騎士たちが集まる大規模なトーナメントにも参加し、一番乗りで会場入りすると(気合入りすぎ)他の参加者たちに、最近、自分が最強の騎士とか名乗って調子乗ってる若造がいるらしいが、どいつか知ってるかと聞いて回り(何かやってることがどんどん、ヒーローっぽくなくなっていってるんですが・・・)ああ、あの若者ですよ、と教えられると、武具と盾を目印に(兜をすっぽりかぶっているので、顔は見えません)あいつか、ふん、覚えておこう、と不敵に目を光らせます。
そして、いよいよ試合が始まると、(ちょっと解説しますと、この試合というのは団体戦。騎士同士が敵味方二つのチームに分かれ、互いに向かい合って陣列を組み、剣やら槍で戦います)百戦錬磨のミロンは余裕の戦いぶり、さすがミロン殿、見事な働きだ!と称賛されますが、敵チームの息子も負けず劣らずの大活躍、巧みな身のこなし、手綱さばきで、次々に騎士たちを打ち倒していきます。
おのれ、あの若造め!ここでも私より目立つ気か!ふふふ、だがこの私の相手にとって不足はない、いざ尋常に勝負!と、ミロンはついに槍を構えて息子に突進。あまりに激しい勢いだったので、槍の柄が砕け散るほどでしたが、息子はしっかり体勢を保っており、落馬はしていません。すぐさま反撃し、ヤングパワーで逆にミロンを馬から突き落としました。

そのとき、息子は落馬させた相手の兜の下から白髪がはみ出ているのを見て取り、どうやらひげも白いようだと気づくと(仮に物語の冒頭では20代だったとしても、20年経てばアラフォー。平均寿命が50才前後の中世では恐らく、もう老人に近かったのでしょう。かくいう筆者もアラフォーなんで、だいぶ複雑ですが)すみません、知らなかったとはいえ、年配の方にこんなご無礼を働いてしまって、恥ずかしいです。大丈夫ですか、立てますか?と手を差し伸べます。その指には、何とミロンには見覚えのある金の指環が!
愕然としつつ、若者よ、教えてくれないか、君はどういう生まれなのだ、ご両親のお名前は、何とおっしゃる?今までヨーロッパ中を旅して数多の戦場をくぐり抜けてきたが、私を槍で落馬させた騎士など一人もいなかった。
私は確かに、君に負けたがなぜか腹が立たない。むしろ君のことを好ましく思うのだ、とミロンが告げると、息子は、僕の父上はウェールズ出身のミロンという名の騎士で、母上はある裕福な領主の姫君です。僕は正式な結婚で生まれた子ではなかったので、生後すぐにイングランド王国のノーサンブリアの伯母のもとに送られ、そこで教育を受けました、と自らの出生について語ります。
そして、じきにブルターニュを離れてイングランド王国へ戻り、自分でも両親のことを調べたい、もしいつか父上にお会いできることがあれば、この金の指環をお見せすればご自分の息子だと、認めて下さると信じています、と語るのを聞くに及び、ミロンは感激して、おお、神よ。私は救われた。君は確かに、この私の息子だ。パパは行方知れずのお前を探し、見つけ出すために、ここまで旅をしてきたのだよ(いや、自分がまだ最強の騎士だって証明する方が、メインの目的っぽくなかったですか?生意気な若造、シメたかったんじゃ?)と急に息子思いの素敵なパパにキャラ変。
生き別れの親子はかくして奇跡的な感動の対面を果たし、それを見守っていた周りの人々も、良かったねえ、ううう、と思わずもらい泣きしたのでした。
5.ミステリー・ミステリアス・ハッピーエンド~誰が夫を殺したのか?~
やがてトーナメントがお開きになりますと、遠方からの参加者たちは近隣の有力な貴族や裕福な大商人の館などに宿を借ります。対面の感動冷めやらぬミロン父子は、その夜は同じ館に泊まり、初めての親子の語らいの時間を持つことに。そこでミロンが息子に語ったのが、パパとママンのなれそめ。(そんなん、聞きたいかなあ・・・)ママンは父親の決めた相手に強引に嫁がされてしまったが、その後もパパとママンはお互いに20年間ず~っとラブラブで、ペットの白鳥をキューピッド役に文通を続け、密かに逢引きを重ねているのだよ、という哀しき愛の真実(?)でした。
初対面の実父からこのような話を聞かされて、果たして若い息子はどういう心境になったのか、なかなか想像しづらいのですが、運命に翻弄された両親を気の毒に思うと同時に、そんなにずっと愛し合っているのなら、今からでもちゃんと正式に結婚してくれよと、少なからず歯がゆく感じている節もあったのではないかと、筆者は推察しました。非嫡出子として生まれたということは、やはり時代背景を考えれば彼にとって、大きなコンプレックスでしょうからね。そして、少なくとも無責任で自己中っぽい父親よりは、冷静で礼儀正しい印象だった息子の口から、いきなりここで、どうしちゃったの?と耳を疑うような爆弾発言が飛び出します。
父上、僕が母上と夫婦になれるようにしてさしあげます。母上の夫という人は殺し、お二人が結婚できるようにいたしましょう。
・・・伯母様、熱心に手元で育ててきたはずなのに、残念ながらどこかで育て方を間違えてしまったのでは?そりゃ、縁もゆかりもない継父なんて彼にとっては邪魔な存在以外の何ものでもないでしょうけど、だからって、信長の「鳴かぬなら殺してしまへ」みたいに、さらっと殺人予告されてもねえ。騎士だから、親孝行を理由に邪魔者は始末しても許されるなんて考えだとしたら、現代人には到底、健全とは思えませんし。好青年の心の奥底にひそむ闇が見えるようで、ぞっとしてしまうのですが。
その後の展開がまた、何とも不穏。
翌日、ミロン父子がそろって帰途につき、海を渡ったところ、道中で恋人の奥方からの手紙を携えた召使いの若者に遭遇します。その手紙には何と、ミロン様、夫が亡くなりましたから、どうか急いでお帰り下さい、と書かれており、ミロンはこんな好都合があるだろうか?奇跡だ!と狂喜。
直ちに先を急いで、息子と共に奥方の住む城へ駆けつけ、親族にも誰にも相談せず(そりゃ、喪にも服さず即座に再婚って、誰も賛成しませんわな)
ミロンと恋人の奥方は早々に結婚。親子三人、その後も末永く、幸せに暮らしました・・・という、ハッピーエンドではあるのですが。
これを素直にハッピーエンドだとお感じになる方は、恐らく少数派ではないかと。日常が死と隣り合わせの、危険に満ち満ちた厳しい時代であった中世、老若男女、いつ亡くなっても決して不思議ではありませんが、それにしてもさすがに、この夫の死はタイミングが良すぎるというか、あまりにご都合すぎて、本当に自然死なのかとモヤモヤが残ります。
そもそも、夫という人はそんなに、死んでくれて良かった!と狂喜されてしまうような極悪人だったのでせうか。
物語には間接的にしか登場しないので人となりまでは分かりませんが、彼は別に意図的にミロンと姫の仲を裂いたわけではなく、ただ当時の慣習通り、決められた相手を妻に迎えただけですよね。妻が処女ではないことも不倫し続けていることも、恐らくは気づいていただろうと思われますが、あえて公にせず死ぬまで添い遂げているところから考えると、彼なりには妻に愛情を持っていたようにも思えます。少なくとも、邪魔な夫が上手い具合に死んでくれて、あ~、良かった!みたいな身もふたもない結末は、あまりにお気の毒と言うよりほかありません。(大体、夫の立場からすれば、むしろ夫婦生活の邪魔者は間男のミロンの方なんですよ)
さて、ここからは完全に筆者の推論による推理ゲームに過ぎないのですが、夫が自然死ではなかったと仮定しますと、果たして手を下したのは一体、誰なのでしょうか?(いきなり、ちょっと乱歩チック)
最も怪しい容疑者Aはもちろん、状況的にいつでも殺害が可能で、動機も十分すぎる妻です。しかし自ら、被害者を殺すことを提案していたミロンの息子には明確な殺意が認められますし、彼もまた容疑者Bと目されましょう。一方で動機という点では、ミロンもまた容疑者Cとなり得ます。被害者の存在が彼にとって誰より邪魔で、憎悪の対象であったのは言うまでもありませんが、まだ若く、将来有望な息子に手を汚させるぐらいなら、いっそ自分が・・と考え、犯行に及んだ可能性も否定できません。
彼らは被害者から遠く離れたところにいたのだから、アリバイが成立する?いえいえ、それこそ忠実なペットの白鳥しかり、騎士であれば鷹なども日常的に飼い慣らしているはず。信頼できる部下に密書を送り、被害者の暗殺命令を出すことなど、造作もないはずです。
そうなると、実は当初から綿密に殺害を計画し、密かに連絡を取り合っていた容疑者AとCの共犯という線も濃厚。はたまた、最愛の恋人を、哀れな境遇の母を夫から解放してやりたいという思惑が一致した容疑者BとCの共犯か?父子の初めての語らいが、皮肉にも恐るべき犯行計画へと発展してしまったのか・・・。
そもそも、筆者は夫が自然死であったという前提で、自然死ではない、すなわち他殺の可能性を推理してきましたが、被害者がどういう死に方をしたのかは、最初から何も語られていないのです。明らかに、何者かに殺害された形跡のある死に方だったのかもしれず、不自然な事故死、毒殺であったかもしれない。となればもう、どの容疑者への疑惑も深まるばかりです。
底なし沼のようにはてしなく、妄想のミステリー迷宮に落ちていく。
深読みすればするほど恐ろしくなる。往年の火曜サスペンス劇場か、世にも奇妙な物語のテーマ音楽でも聞こえてきそうな、怖いハッピーエンド。
前回の『オーカッサンとニコレット』のように、終わり良ければ総て良し、とはとても言えませんよね・・・。
古えの雅なロマンスに、きな臭い疑惑なんか差しはさんで、穿った見方をしないでよ、とご不快に思われましたらお詫びします。
あくまで個人的な見解による推理に過ぎませんし、当方、偏屈は自認しておりますので、何とぞご容赦のほどを。
※この記事は『十二の恋の物語~マリー・ド・フランスのレー~』月村辰雄訳(岩波文庫, 1988年)を底本としています。
