関西人がツッコむ中世ヨーロッパ文学の世界~ 第8回『マリー・ド・フランスの「十二の恋の物語」より エリデュック』~
1.いよいよ最低男のご登場なのです
今まで連続でマリー・ド・フランスの作品をご紹介してまいりまして、なかなかにどの主人公もクセつよといいますか、ダメ男といいますか、お世辞にも、きゃっ、白馬の騎士様ステキ♡ってな感じに、乙女心がときめくような人物造形ではなかったかと思うのですが。
(まあ、そのあたりが薄っぺらなおとぎ話じゃなく、ちゃんとリアルに人間を描いてる文学なんですよね。元々は口承の、歌として語られていた古の物語なのに、ちゃんとブンガクしてるって、めっちゃすごくないですか?)
今回ご紹介する作品の主人公が、間違いなく「十二の恋の物語」の中で最低最悪、満を持してご登場のぶっちぎりダメ男チャンピオン、こやつは、もはや女の敵と言っても過言ではありませぬ。前回の主人公、ヒモ男ランヴァルなんて、こやつに比べればまだかわいいもの。
下手すると、今、現代日本で社会問題になっている独身詐欺にあたるかもしれない、とにかく、とんでもないゲス主人公ですし、そんな輩が何と最後にはハッピーになってしまうという、物語の展開もとんでもないです。
では前回に引き続き「そんなに男に都合が良くてええんか~い!ビシバシツッコませて頂きますスペシャル」後半戦、今回も手厳しくツッコんで参りませう。
2.傭兵隊長は浮気者~糟糠の妻か、麗しの王女か、それが問題だ~
主人公は、タイトルにもありますが、エリデュックという名前の騎士です。
ブルターニュ王に仕える、誇り高き勇者。
王の信頼もことさらに厚く、王が国を留守にするときは、彼に領土をすべて委ねるほどでした。
しかし、あまりに王に重用され、特権も与えられていたので、あいつ、ちょっと調子乗りすぎやろ、何が勇者やねん、ふざけんな!とエリデュックを妬む者たちが現れ、彼らの計略によって陥れられてしまいます。
無実の罪で告発され、あれほど忠臣として全幅の信頼を自分に置いてくれていたはずの王までも、手のひらを返したように冷たくなり、濡れ衣だという再三の弁明にも一切、耳を貸してくれない。ついには追放の憂き目にあうこととなり、泣く泣くブルターニュを去らざるを得なくなってしまいます。
エリデュックは、海を渡りイングランドへ旅立つことを決意し、10人の配下の騎士たちも供として連れて行くことにしました。
彼には長年、共に暮らした高貴な生まれの美しく賢い妻ギルデリュエック(これ、一度で正確に言えた方おられます?舌噛みそうなお名前)がおり、夫婦仲は非常に円満でしたが、先行きが不透明なためか、彼女はブルターニュに残ることに。
夫の旅立ちの日、彼女は別れを惜しんでひどく嘆き悲しみ、エリデュックは大丈夫だよ、私はずっとお前に誠実でいるから安心おし、と約束します。
(皆さま、このセリフをよ~く覚えておいて下さいね)
エリデュックは騎士たちと共に海を渡り、イングランド南部のトットネスの港に到着します。
この物語の舞台は中世初期なのでイングランドはまだ統一されておらず、
日本の戦国時代ではありませんが複数の王と王国が群雄割拠し、覇権を争っている状態でした。

騎士の本分は戦なので、エリデュックとしては、この状況はむしろ歓迎すべきもの。エクセター周辺を支配する老王が、一人娘を妃として差し出すことを拒んだので敵国の王に攻め込まれ、窮地に陥っていると聞くと、
わけあって故郷を旅立ってきた者なんですが、戦は慣れてるんで、よろしければ助太刀しますよ~。傭兵として雇って下さいませんかね?もしダメなんだったら、領内の通行許可だけ下さい、と、さっそくその老王に使者を送ります。
敵軍に領土は荒らされるわ、自分は包囲され、城の塔に立てこもったまま身動きが取れなくなるわで、崖っぷちに立たされていた老王は渡りに船とばかりにエリデュックの申し出を歓迎し、配下の騎士たちも一緒に、傭兵として雇うことを即決。裕福な町人の屋敷を宿舎として提供し、必要な物はすべて手配してくれます。
こうして、エリデュックたちが王の傭兵になって3日目のこと。
とうとう敵軍が城門にまで押し寄せて、町を攻撃しようとしている!という噂が立ち、王の騎士たちも町の住民たちも、群集心理でにわかにパニック状態に陥ってしまいます。
こういうとき、さすがにエリデュックは歴戦の勇者。
パニックに陥っていた王の騎士たちを落ち着かせ、傭兵なのに持ち前のリーダーシップを発揮しまくって味方の軍を統制。森で待ち伏せし、不意打ちを仕掛ける作戦を立てると、みごと敵軍を敗走させます。

一方で、塔に立てこもっていた老王は、あのブルターニュ人の傭兵、やっぱ信用できないんじゃない?まさか、裏切って、わしの騎士たちを見捨てたんじゃないだろうな?と疑心暗鬼になっていましたが、敵の将軍を捕虜にしたエリデュックが山のような戦利品と共に帰還し、いかに彼が目覚ましい活躍を見せたかを自分の従者から知らされると、大喜びで塔から下りてきて、
うわ~、マジ助かった!エリデュック、お前って最高!もう、わしゃ感謝感激じゃ!サンキューベリベリマッチ!
と、自ら彼を迎えに行きます。(何つーか、現金な王様やね)
そして、大いにエリデュックを気に入った王は彼を傭兵隊長に任じ、配下の騎士たち共々、さらに一年契約延長して雇うと、自分に忠実に仕えるという宣誓をさせ、領土の防備も彼らに任せたのでした。
さて、先ほどちらっと語りましたが、この老王にはギリアドンという名前(お姫様の名前にしては、何かえらいゴツいんですけど。恐竜かウルトラ怪獣じゃないんだから、もうちょいプリンセスらしいキュートなお名前にしてほしかったなあ・・・)の、妙齢の美しい一人娘がおりました。
ギリア姫(と呼ぶと、ちょっとかわいく?なるので以降はこの表記でいきます)は、国の危機を救ってくれた新しい傭兵隊長の噂を聞き及び、興味津々。ぜひお近づきになりたいので、どうぞ近いうちにわたくしのお部屋に遊びにいらしてね、と、未婚の姫君がちょいガードが甘いんじゃなかろうかと思うような危険なご招待をしてしまい、エリデュックはかたじけなくも、私のような者がお召しをいただきまして・・・云々と恐縮しながらも、さっそくギリア姫のお部屋にやって来ます。姫は、ようこそいらっしゃいましたわ、と彼の手を取って寝台に座らせ(・・・椅子はないの?)初対面なのに、話が弾んだのか長時間、楽しくおしゃべり。
その間、ギリア姫はたびたびエリデュックをガン見し(お姫様、ずいぶんグイグイいくね~、物おじしないね~)優しいし、さわやかだし、上品だし、エリデュック様って、すっごく素敵じゃなくって?きゃっ、非の打ちどころがない理想の殿方に出会ってしまいましたわ♡と、早くも乙女心ときめきモードのスイッチオン。(さわやかに見える男っつーのが一番くせ者なんやで、覚えとき)やがて夕刻になり、暇乞いをして帰ろうとするエリデュックを引き留める術もなく、一人切なくため息をつきます。
一方でエリデュックの方も、館に戻ってからも何となくギリア姫のことが頭から離れず、この国に来てけっこう長いのに、あんな美人の王女様がいらっしゃったなら、もっと早くお会いしたかったな~、などとつぶやき、はっ、いかんいかん、私は既婚者だった!旅立つとき、妻にお前に対して誠実を守る、決して裏切らないと自ら誓ったんじゃないか、と今さらのように己の立場を省みるのでした。(妻より若い美人をそういう目で見ていた時点で、すでに誠実もへったくれもないんじゃありませんこと?この浮気者!)
3.プリンセスのどきどき片恋ダイアリー~愛のプレゼント大作戦~
ここから物語はまるでハーレクインロマンスばりの、ギリア姫の甘酸っぱラブストーリーへと展開していきます。読者様におかれましてはさぞ、気恥ずかしくムズムズなさることと存じますが、筆者もあまりにこっ恥ずかしくて叫びながら突っ伏したいのを、何とか耐え抜いて最後まで書ききりますので、どうかお付き合いのほどを。
すっかりエリデュックに夢中になってしまったギリア姫は、彼と語らった翌朝、自分に仕える侍従を呼ぶと、
わたくし、新しく傭兵隊長になった騎士エリデュック様に恋をしてしまってもう、夜も眠れませんの。もし、あの方もわたくしを愛して、わたくしにすべてを捧げて下さるなら、わたくしも何でも、あの方のお望み通りに致しますわ。わたくしの夫になるということは、この国の王になるということ。あの方にとっても、きっと都合が良いはずです。嗚呼、だけどもし、わたくしを愛して下さらなかったら、あまりに悲しくて死んでしまいそうよ!
と、取り乱しつつ、切ない胸の裡(うち)をカミングアウト。
朝っぱらから呼びつけられて、何かと思ったら恋バナかいな、と呆れることもなく、物わかりの良い侍従は、
ギリア様のようにお美しい姫君に愛されて、嬉しくない者などおりましょうか。それほど恋しておられるのなら、使者を立ててあの傭兵隊長をお召しになり、指環とか革帯とか飾り紐とか、贈り物をされてはいかがでしょう。
彼が喜んで受け取れば、それは脈ありってことだと思いますよ。
と、微妙に無難なアドバイスをしますが、ギリア姫はそれでは納得せず
まあ、贈り物なんかで、あの方がわたくしを愛して下さるか、どうして分かりますの?例え相手を嫌っていても、女性から贈られた物は喜んで受け取るのが騎士というものではなくって?
と、最初は反論しますが、
そうよ、贈り物なんかして、あの方にもし嫌われたら・・・。でも、どういう反応をなさるか見るだけでも、お気持ちが分かるかもしれませんわね・・・。分かったわ、お前、今すぐ支度をして、あの方のところへ使いに行ってちょうだい。
と揺れ動く乙女心で、言動もころころ変わってしまう始末。
しかし、こういうことには慣れているのか、侍従は言われた通りギリア姫から金の指環と革帯を預かり、エリデュックに届けるため出かけていきました。

この期に及んで、まだ心が揺れまくっているギリア姫は、侍従の後ろ姿を見送りつつ、やっぱりやめますわ!と呼び戻したくなったり、昨日、初めてお話したばかりの殿方に、もう翌日に贈り物なんかして、一体どう思われるかしらん。蔑まれてしまったら、どうしましょう。それに、あの方は異国の御方。いつ、この国から去ってしまわれるかも分からないのだわ。嗚呼、なぜそんな方に恋してしまったの?何て不幸なわたくし!
と、一人芝居の女優ばりの嘆き節で、すっかり悲劇のヒロインモードに突入。
やがて、侍従はエリデュックのもとから戻ってきますが、エリデュックは贈り物はどちらも受け取ったものの、なぜか礼以外は何も言わなかったとのこと。賢明で慎重な方なのでしょう。真意は分かりませんが、受け取られたということは、やはり脈ありと思ってよろしいのでは、と侍従はまたもや曖昧な答えに逃げようとしますが、恋の病で情緒不安定なギリア姫は軽くヒステリー発作を起こし、
受け取って下さったけど、無言ってどういうことですの?わたくしからの愛の証だとお分かりにならなかったのかしらん。ひどいわ!脈ありですって?そもそも、こんなにも心からお慕いしている以外、何もご迷惑をおかけしていないわたくしが、なぜあの方に憎まれなくてはならないの?もうよくってよ。今度はわたくしが直接、あなたに恋をして死ぬほど苦しんでおりますと、あの方にお伝えしますわ。
と、八つ当たりされてしまい、何だか無駄足だったような気の毒な侍従。
しかし、実はこのプレゼント大作戦は、あながち失敗だったというわけではなく。
エリデュックはもちろん、ギリア姫からの贈り物に込められた意味はちゃんと分かっており、やばいな~、ガチのマジ恋になりそうだな~と、いけない予感に頭を抱えていたのでした。
長年連れ添った、妻に対しては誠実でありたい(だから、もうとっくに誠実どころやないっちゅーねん!)し、お前以外の誰にも恋なんかしないよ、と約束もしてきた。だけど、あんな超美人の王女様にはっきり好意を示されちゃって、自分も好きにならないとか出来る?会って話したり、キスしたり抱き締めたりしないで我慢するとか出来る?絶対、無理じゃん?(無理じゃないで~す。単にお前が浮気者で、助平なだけで~す。開き直らないで下さ~い。懐かしの「三年目の浮気」歌って聞かせたろかい。開き直るその態度が気に入らないのよ~♪ってね)
浮気者エリデュックはこうしてひたすら懊悩(おうのう)し、何せ相手は王女なのだ、せっかく手に入れた新しい地位を失わないためにも、不名誉なことはしでかしてはいけない、そうだ、妻に対して誠実に・・・と自分に何度も言い聞かせているにもかかわらず、体は王女に会いたくて、それが目当てで老王に謁見を申し出、のこのこと城に向かってしまう、何とも呆れた意志の弱さ。
その頃、老王は食事を終え、客人と共に愛娘の部屋を訪れて、チェスに興じているところでした。ギリア姫もチェス盤の横に座ってゲームの行方を見守り、そうじゃ、ギリアや、そなたにもチェスのやり方を教えてやろう、と話しかけたちょうどそのとき、エリデュックがやって来ます。
老王は彼を非常に愛想よく迎えると、自分の傍らに席を与え、この方は500人の騎士にも匹敵する素晴らしいお方なのだよ、そなたが丁重におもてなしをし、お近づきになるがよい、と愛娘に命じます。(いやいや、そんな余計なこと言うと、大事な娘さんが独身詐欺にあいますよ?)
願ったり叶ったりのギリア姫は、大喜びでエリデュックを他の人たちとは離れた場所へ連れて行き、誰にも邪魔されず二人きりで話せるシチュエーション作りは万全。
エリデュック様、先日、指環と革帯をお贈りしたのはわたくしの、この身を捧げたという意味です。わたくしはもはや、あなた様以外の方を夫にすることは考えられませんの。さあ、どうか、あなた様のお気持ちをお聞かせ下さいませ、と勇気を振りしぼって告っちゃいます。
すると、浮気者エリデュックは、いえ、申し訳ありませんが、それは無理なんですよ、私は既婚者なんで、と正直にきっちり言うべきところを、王女様、そんなに私をお慕い下さって、光栄でございます。とても嬉しく存じます、とか、あたかも、私も愛してますよ~みたいな思わせぶりなセリフを吐き、あと一年は陛下との契約がありますので、この国に留まります。その後はブルターニュに戻ることになるでしょうが、貴女様のお許しなしにこの国を去ることは決して致しませんし、お返事もそのときにさせて下さい、となんやかんやごまかして、明確な答えを先延ばしにするという小賢しさ。
相手に脈ありと確信してしまったギリア姫は健気にも、分かりました、わたくし、そのときまで、何よりもあなた様を愛し、信じてお待ちしております、と答え、期待に満ちた目をエリデュックに向けます。(嗚呼、何と罪作りな、優柔不断な男でせう。許すまじ!)
4.傭兵隊長は独身詐欺師?~愛の逃避行大作戦~
こうしてお互いに好意を伝え合い、かろうじてプラトニックではあるものの、しょっちゅう二人きりで語り合う機会を持ち、何となく恋人同士のような雰囲気の、微妙な親密さになったエリデュックとギリア姫。
エリデュックは傭兵隊長としても破竹の勢いで活躍を続け、老王に敵対する勢力は尽く捕えて捕虜にし、長らく続いた戦いの過程で失われていた領地も完全に回復させます。

一方、物語の冒頭でエリデュックを無実の罪で追放したもとの主君、つまりブルターニュ王は、守護神ともいうべき最強の騎士を自ら手離したために、戦には敗れるわ、城は片っ端から敵に占領されるわ、領土も容赦なく削られるわで、もはや風前の灯火。エリデュックを妬み、陥れた者たちの不正や悪事も明るみに出て、王は激怒し、彼らを永久追放の刑に処します。
そして、三人の使者を海外に派遣し、わしの忠義な家臣エリデュック~、どこに行ってしまったんじゃ~。わしが間違っておった。そなたの無実は証明されたから、頼む!早く戻って来て助けてくれ~!と、あわれにも血眼になってエリデュックを捜索させていたのでした。
その使者たちが、東奔西走の末にようやく彼の居場所をつきとめ、ブルターニュ王からの緊急救援要請を伝えます。
エリデュックとしては、一方的に自分を追放したかつての主君のことなど、放置できるものならしたいのですが、家臣として仕えていたときに、主君が危機に陥ったら必ず、すぐに助太刀するという誓約を立ててしまっていたので、追放の身とはいえ、王自身が帰国を望んでいる以上、もうあなたとは無関係だし誓約も無効です、というわけにはいかないのでした。(こういうのは封建社会の、めんどくさいところです)
まったく本意ではありませんが、ただちにブルターニュに戻らざるを得なくなり、エリデュックは自分がいかにギリア姫を深く愛しているかを思い知らされ、別離のつらさに打ちのめされます。しかし彼女と結婚したくても、キリスト教徒である以上、絶対に無理なのです。(うん。残念ながら、きみたちが毛嫌いしているイスラム教徒にならんと無理やね)
彼は早々に現在の雇い主である老王のもとへ赴き、ブルターニュ王からの手紙を見せて事情を説明し、すみません、まだあなた様との契約期間中なんですけど、ちょっと元の主君がムチャぶりしてきまして・・・と平謝りして、帰国の許可を求めます。
エリデュックが大のお気に入りだった老王はひどく残念がり、自分の財産も財宝も山ほど与えるから、年寄りにそんな殺生なこと言わないでよ~と、熱心に引き止めようとしますが、エリデュックの決意は固く、陛下が私の手助けを必要とされるときには、また喜んでこの国に戻って参ります、と約束すると、しぶしぶ納得して帰国の許可を出してくれます。(何かこの浮気男、女だけじゃなく主君も二股かけてるように見えるんですけど・・・)
老王の了承を得て、エリデュックは断腸の思いでギリア姫にも直接、別れを告げに向かいます。前触れもなく、愛する人が去ってしまうと知らされ、姫はショックで失神。(うーむ、マリーの作品に登場するヒロインはなぜこんなに失神率が高いのでせう。倒れすぎやで、ほんまに)
エリデュックは姫が気絶したのを見て、かわいそうに!私のせいでこんなにショックを受けて!と(いや、もっとショッキングなこと隠してるよね?)
何回も彼女にキスをして抱き締め、貴女は私の命で、私のすべては貴女次第です~!不本意ながら帰国しますが、貴女のお望みは何でも叶えますので、言って下さい~!と、涙ながらに訴えます。
恋する乙女ギリア姫の願い、それはもちろん、別れるのは嫌、一緒にブルターニュへ連れて行ってほしいということでしたが、既婚者のエリデュックとしては、え?これから一緒に?そんなこと言われても、まさか、彼女を妻のいる家には連れていけないし・・・と不都合を感じたのか、いや、私はまだ、貴女のお父上との契約期間中ですし、そういう時期に、貴女をご一緒にお連れするというのはですねえ・・・お父上の信頼を裏切ることになるというか・・・と、あんなについさっきまで真実の愛に燃える男になりきっていたのに、急に歯切れが悪くなり、結局、ギリア姫が指定した日に、エリデュックが必ず彼女を迎えに戻って来ると約束することに。二人は指環を交換し、別れを惜しんでイチャイチャし、気分はもはや愛し合っているのに運命に引き裂かれる、悲劇のロミオとジュリエット。(あの~、男は既婚者ですからね!)
こうして、若く麗しい愛人をイングランドに残し、浮気男エリデュックは
うっとうしい暗~い顔で、いやいやブルターニュに帰国。
夫の帰りを首を長くして待っていた、何も知らない彼の妻ギルデリュエック(言いにくいので、以降はギルデと表記します)は、久しぶりに帰ってきた夫がまるっきり嬉しそうな顔をせず(うわ、ひどい)、誰にも会いたがらず、ひたすらふさぎ込んでいるので、その理由がさっぱり分からず、何かわたくしに落ち度や過ちがあったと、どなたかから聞かされたのですか、としきりに尋ねます。
つまり、あなたの留守中に、私が不倫したと疑っておられるのですか、そういう噂を誰かから、聞いたんですかってことですね。
しかし、妻の不倫を疑うどころか、むしろ自分が浮気しているエリデュックは、別にそういうわけではないよ。イングランドの王と、できるだけ早くあちらに戻ると約束したので、ブルターニュ王の問題が解決したら、すぐにここを発つ。それまで、私には喜びは何もないんだ、と、いかにも心ここにあらずといった、冷淡な答えしか返してくれません。
ギルデはもう、それ以上、夫に何も尋ねませんでした。(何てかわいそうな奥様・・・筆者は同情に堪えませぬ)
愛するギリア姫との約束通り、彼女を迎えに戻ることしか頭にないエリデュックは帰国するが早いかヤケクソみたいに働きまくり、領土を回復するための戦についてブルターニュ王に事細かにアドバイスをし、そのアドバイスが功を奏して順調に領土が回復されたのは良かったものの、気づいたらもう、約束した日は間近に迫っていました。
あ~、もう、こんなところとはさっさとおさらばしたいんだっつーの!イングランドで、可愛いマイハニーが待ってんのよ!これ以上、戦争してる暇ないから!何でこんなに、ブルターニュ王って敵が多いの?もう、戦争はやめ!キリスト教徒らしく、平和的解決!とにかく全員と和睦!こうなったら無理にでも、和議を結んでやるからな!
と、己の色恋沙汰のため、とうとう強引に薄っぺらい平和を実現。
すぐさまイングランドへ戻る準備をし、信頼できる甥たちと、ギリア姫と自分の浮気の事情を知っている限られた者だけを集めると、彼らに秘密を一切、口外しないと固く誓わせたうえで従者として伴い、早々に船出します。(ふーん、心にやましいことがあるから、そうやって厳重に口止めなんかするんやろ。なんつー悪い男かしらん)
イングランドに戻ってからも、エリデュックはずっと人目を避けてこそこそし、港から離れた場所に宿を取り、召使をギリア姫のもとに遣わすと、夜になったら彼女と共に城を抜け出し、町の門を出て、近くの森までお連れするようにと命じます。
やがて日が暮れ、人目に付かぬようできるだけ地味ないで立ちで、ギリア姫はエリデュックの召使と共に出発し、指定された場所で二人は感動の再会。馬でトットネスの港へ移動し、慌ただしくブルターニュへ向かう船に乗り込みます。

しかし、船出した当初は穏やかな天候だったにもかかわらず、ブルターニュに上陸する直前で、いきなり大嵐に見舞われて帆桁は折れ、帆はぼろぼろになる大惨事。神様、マリア様、聖人様~、お助け下さい~!と懸命に祈っても効果はなく、このままだと難破する!といよいよ危機に陥ったとき、船乗りの一人がいきなりブチ切れ、
ちっくしょー!エリデュック様よう、あんたの連れてきた、その女のせいで俺たちまで破滅しちまうよ!このままじゃ、絶対に陸地には着けねえ!立派な奥方がいらっしゃるのに、その上また一人お連れになられるったあ、どういう了見だい。神様も正義も許しやしねえや!その女、さっさと海に放り込んじまえ!そうすりゃ、無事に岸に着けるだろうよ!
と、真実を暴露してしまったので(船乗り、グッジョブ!)エリデュックは逆切れして、悪党め!裏切り者!卑怯者!口をつつしめ!と怒鳴りつけますが、自分が独身詐欺にあっていたと知ったギリア姫は、衝撃が大きすぎたのか、なぜか仮死状態になってその場に昏倒。(おやおや、本当にジュリエットになっちゃったよ)ギリア姫が本当にショック死したと思い込んだエリデュックは、てめえの軽口のせいで、可愛いマイハニーが死んだやないかい!どないしてくれんねん!てめえも死んで償えや!とばかりに、先ほどの船乗りを櫂でボコボコに殴り倒し、足をつかんで海に捨てます。(おまわりさーん、この人、詐欺師のうえに暴行および殺人罪の犯罪者、ついでに死体遺棄罪で~す!緊急逮捕して下さ~い!)
5.聖女ギルデの偉大な決断~いびつな三角ハッピーエンド~
船乗りを一人、始末してしまったので、エリデュックは自分で船のかじ取りをして、どうにか船を港につけ、着岸し、上陸することに成功します。
しかし、愛するギリア姫はもう息をしていません。彼は身も世もあらず嘆き悲しみつつ、彼女を身分に相応しい立派な葬儀をいとなんで、墓地に葬らねばなるまいと思案の末、自分の館のほど近くにある森の奥に、40年以上も暮らしている知り合いの隠者のことを思い出し、彼が暮らしている礼拝堂に、ギリア姫を葬らせてもらおうと考えます。
しかし、従者たちと共に礼拝堂に行ってみると、協力を仰ぐつもりだった隠者は不運にも、つい数日前に亡くなっていました。従者たちは、じゃあ、申し訳ないですけど、僕たちがここに墓穴を掘らせてもらって王女様を埋葬しましょうか、と提案しますが、エリデュックはそれを押しとどめ、他の聖職者の方にも相談したいし、しばらくこの祭壇の前に王女様を安置して、神にお預かりいただこう、と答えました。

ギリア姫の亡骸を安置し、エリデュックは礼拝堂をひとまず立ち去ろうとしますが、改めて激しい喪失感と悲しみが襲ってきて自分も死にそうになり、私なんかに出会わなきゃ良かったんだ、ついてこなきゃ良かったんだよ~、私に恋なんかしなければ、貴女は他の男を夫に迎えて、王妃にもなれたのに・・・(それをお前が言うなよ!)と、号泣しながらギリア姫にキスをしますが、残念ながらこの物語は白雪姫でも眠り姫でもないので、彼女は生き返りません。
エリデュックは、彼女を墓に葬ったら、自分も俗世を捨てて修道士になろうと決意し、妻ギルデの待つ館へ帰ります。
ギルデは予想外に夫の帰りが早かったことを喜び、あんなに冷たくされた後なのに、何事もなかったかのように心をこめて出迎えますが、浮気男は愛想もへったくれもない態度、優しい言葉も、感謝の言葉もなしで終始、絶望的な暗~い顔をしているだけ。(本当にクズすぎません?こいつ)
翌朝も、その翌朝も、彼はギルデとは会話せず、ギリア姫が安置されている礼拝堂へ一人で赴き、ひたすら彼女の魂の平安を祈って館に帰ってくるだけの生活を続けます。
さすがに不審に思ったギルデはある朝、召使に命じて夫を尾行させ、彼が森の奥の礼拝堂に赴き、号泣していたと聞かされます。
あそこで暮らしていた隠者様とは確かに、お知り合いだったけれど、そこまで深くあの方の死を夫が悼むかしらん。
真相を自ら確かめるべく、ギルデは夫がブルターニュ王に呼ばれて留守にした隙に森の奥の礼拝堂へ向かい、そこに安置されている、薔薇のように麗しいギリア姫を見つけ、女の勘ですべてを悟ったのでした。
まあ、何て美しい人かしら、まるで宝石のよう。夫はこの人のために、あんなに嘆き悲しんでいたのですわね。こんなにお若くて、お美しいのに亡くなってしまったなんて、お気の毒に・・・。
心が広すぎるギルデは怒りもせず、ギリア姫をあわれんで涙を流します。
そして、不思議なことに死んでいるはずのギリア姫の白い肌に血の色が戻り、未だ生気を失っていないのに気づき、森に生えている薬草の真っ赤な花を彼女の口の中に入れると、何とギリア姫は仮死状態から蘇ったのです。
目を覚ましたギリア姫に、ギルデが貴女は一体、どこのどなたなの、と尋ねると、ギリア姫は自分はイングランドの一国の王の娘で、傭兵隊長のエリデュックという男を愛し、彼に連れ出されてここに来た。彼が既婚者であったにもかかわらず、それを隠し通して自分を欺き、卑劣な裏切りを働いて、こんなふうに異国の地に見捨てていったと説明し、男なんか信じたのが馬鹿だったと唇を噛みます。(うん、いい勉強になったね)
そこで、普通の女性なら、それはそれは、うちの夫がとんでもないことやらかしまして、申し訳ありません、とか何とか言って、ギリア姫をすぐさま故郷に送り帰す・・・ぐらいが関の山だと思うのですが、聖女のように寛容すぎるギルデは、まあ、それは誤解です。夫は、貴女様が亡くなられたと思ってどれだけ悲嘆に暮れていたか・・・わたくしまで、悲しくなるほどでした。実はわたくし、彼の妻です。貴女様を愛する方に会わせて差し上げますから、ご一緒にわたくしの館に参りましょう、わたくしはもう、夫を自由の身にするために修道女になりますからね、とギリア姫を連れて帰り、わざわざ二人を再会させ、自分の目の前で、
マイハニー!うわあああ、良かったあああ、生きてたんですね!?死んだんじゃなかったんですね!?
もう、エリデュック様ったら、どうしてわたくしに本当のことを話して下さらなかったの?こんなに愛してるのに、ひどいわ!
とか何とか言って、二人がイチャイチャしても(あの、デリカシーって言葉ご存じですか?マジでどういう神経してんの?)ブチ切れることなく、女子修道院を建てたいので、あなたの領地の一部だけ分けて下さい、わたくしは修道女になって神にお仕えしますので、どうぞその美しい方とお幸せに、と自ら身を引くのです。

こうして、ギルデは例の隠者が暮らしていた礼拝堂の隣に女子修道院を建てて、そこで修道女になり、エリデュックは望み通りギリア姫と再婚します。
そして再婚後、施しをしたり善行を積んだり、領地や財産を寄進したり、自分で教会を建てたりとやたら信心深くなり、晩年は修道士になり、妻のギリア姫を元妻のギルデに託したので、彼女は妹のようにギリア姫を迎え入れ、共に神に仕えて、二人で愛するエリデュックのために祈り、エリデュックも彼女たちのために祈るのでした。
三人とも神の慈悲により、立派な最期を迎えたということです。
・・・これが、この長い物語の結末なのですが。
何でしょう、再婚してからいきなり信心深くなったって、要するに罪の意識から、そういうことしたんじゃないんでしょうか?
元々、夫婦仲が冷え切っていたとかではなく、ずっと円満だったのに急に心変わりして、何の落ち度もないどころか、人として出来すぎている優しくて愛情深い妻を一方的に若い美女に取り換えた、というのが本当に筆者は許せませんし。財産や領地を全部、寄進しようが、大聖堂をいくつ建てようが、修道士になろうが、鞭打ち苦行を何年も行おうが、そんなんで許される話じゃないんだよ、と言いたいです。
中世ヨーロッパはカトリック教会の影響が非常に強いので、こりゃちょっと主人公やばいな。ちゃんと信心深くなって、悔い改めたってオチつけとくか、とこんな不自然に抹香くさい結末になっているのだと思うのですが。
筆者は、聖女なギルデさんしか、堂々と天国に行く資格はないと思いますね。ギリア姫も、ギルデさんに命を助けてもらって、こんなに親切にしてもらってるのに、結局ちゃっかり略奪婚してるし。
甘やかされて育った王女だから基本的に自己中っていうのはあるでしょうが、無邪気なふりをして、けっこうあざとい娘なのではないかと思ってしまいます。
そもそも、口では誠実誠実と言うくせになぜ、この主人公はギリア姫に自分は既婚者だと説明するなり、どうしてもギリア姫と結婚したいのなら、ギルデさんに正直に話して、土下座して、離婚調停するなりしないんでしょう。(確かに当時のカトリック教会の教義では、なかなか離婚は容易ではなかったのですが、それにしてもです!)誠実どころか、どちらの女性に対しても、最低最悪に不誠実です。
挙げ句の果てに、こそこそとイングランドに舞い戻って、ギリア姫を連れ出すなんて駆け落ちまがいのことをしでかして、一体、ギリア姫が仮死状態になっていなかったら、どうするつもりだったんでしょうね?
ギルデさんと離婚の話をしていた様子はまったくないし、また上手いことごまかして、ギリア姫を愛人としてどこかに囲っておくつもりだったんでしょうか。本当にどうしようもないゲス男です。
ギルデさんのような、出来すぎた女性には明らかに不釣り合いですし、自分から別れたのは、彼女が正しかったと思います。きっともう、馬鹿な浮気夫には呆れ果てたし、疲れちゃったんでしょうね・・・。
まあ、こういう類の男の浮気性というのはある種、病気みたいなものなので。原作には、エリデュックはギリア姫と長年、真実の愛をもって共に暮らしたとか書いてありますが、筆者は全っ然信じられないですね~。
略奪婚した女は必ず、自分も略奪されるし。一度、妻を捨てた男は必ず、また同じようなことを繰り返します。それが世の習い、因果応報なのです。
ギリア姫と再婚して、しばらくはラブラブだったかもしれませんが、そのうち、わがまま王女様はやっぱしんどいな~と、第三の女にふらふらと手を出していたに違いありません。
修道女になったギリア姫とギルデさんが、エリデュックのために祈ったというのも、あるいは二人とも彼にさんざんな目にあわされて、あの男、本当にもうどうしようもないから、ちょっといっぺん痛い目にあわせてやって下さい、という意味だったのかもしれません・・・。
※この記事は『十二の恋の物語~マリー・ド・フランスのレー~』月村辰雄訳(岩波文庫, 1988年)を底本としています。
なお『レ~中世フランス恋愛譚~』本田忠雄、森本英夫訳(東洋文化社メルヘン文庫, 1980年)も参考にしました。
