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関西人がツッコむ中世ヨーロッパ文学の世界~ 第9回『ユオン・ル・ロワの「ヴェール・パルフロワ」』~

1.午年に最適!賢いお馬さん大活躍なのです

しばらくマリー・ド・フランスのレー(と呼ばれる物語詩)ばかり連続してご紹介してまいりましたが、皆さまにご紹介したい作品は前回でほぼネタが尽きましたので、今回からは改めて、別の作家の作品や、作者不詳の面白い作品をご紹介してゆきたいと思います。
ということで、新章の一発目は午年の今年にこそ紹介すべき、賢いお馬さん大活躍の物語。13世紀末頃にフランスでユオン・ル・ロワによって書かれたレー「ヴェール・パルフロワ」です!
邦題は「連銭葦毛(れんせんあしげ)の駒」といい、連銭葦毛というのは、馬の毛色の一種、以下の画像のように、灰白色のまだら模様があるお馬さんのことを、こう呼ぶそうです。何とタイトルそのものがお馬さんという、まさに午年に最適すぎる物語なのです。

これが本物の連銭葦毛のお馬さん。確かに白いぶちみたいな模様がありますね

何を隠そう、この作品は筆者の一等お気に入り、二十代の頃に初めて読んで以来、何度となく乙女心をキュンキュンさせられました。恥ずかしながら今もそんなに中身は変わっていないので、久しぶりに記事執筆のために再読したら、やっぱりときめきましたよ~。良きです、実に良き物語です。
ちなみに作者のユオン・ル・ロワについては、恐らく北フランスのカンブレーという町の出身で、13世紀末に活躍、どうやら司法関連の職に就いていた人物らしい?ということ以外、残念ながらよく分かっていないそうです。
では午年に、お馬さん大活躍の物語を、年女の筆者(あ、年齢バレるやん)がご紹介するという、奇跡の?トリプルホース回、ヒヒンとスタートです。

2.貧乏騎士だって恋をする~逆玉狙いと言わないで~

物語の主人公は、当たり前ですが、さすがにお馬さんではなくタイトルの連銭葦毛の馬に乗っている、シャンパーニュ地方のギヨームという名前の騎士です。勇敢かつ振る舞いは優雅、武芸に秀で、貧乏ですが正義感あふれる心の正しい若者で、騎馬試合に赴けばいつも正々堂々、果敢に戦って、人々に賞賛されておりました。
以前、ご紹介した物語の主人公、どこかのアンポンタンな助平王のように恋愛遊戯にうつつを抜かすこともなく、彼が一途に愛するのは、とある名門貴族の美しい姫君ただ一人。しかし、皮肉なことに姫君はお城に金銀財宝ざっくざくの大金持ちの大貴族の一人娘で、領地と言っても猫の額ほど、稼ぎのほとんどは騎馬試合で得られる賞金という状況の貧乏騎士ギヨームとは、全くつり合いが取れないのでした。
とはいえ、姫は美しいだけでなく、殿方の真の価値は財産じゃなくて人柄よ、とちゃんと分かっているとても賢い女性だったので、いつしか彼女も自分を一途に愛し続けてくれる勇敢なギヨームを愛するようになり、二人は密かに相思相愛に。
ですが、姫の年老いた父親は自慢の愛娘が貧乏騎士なんかに心を奪われているのがひたすら面白くなく、二人の仲が人々の噂になることさえとんでもない恥とばかりに、徹底的に邪魔しまくります。

姫が暮らす城と、ギヨームの館とは同じ広大な森の中にありましたが、ギヨームはこれ以上、自分たちの関係について人々の噂が広がるのを避けるため秘密の小径を作り、そこを通ってたびたび、姫に会いに行きました。その小径のことを知っているのは彼と、彼がいつも乗っている愛馬だけです。
それは連銭葦毛の、深みのある色艶をした非常に美しい馬で乗り心地も最高、彼はとても可愛がって、どんなに大金を積まれても人には譲れないと断言するほど大事にしていました。

さて、実は会いに行くとはいっても、二人の間にはこれでもかと障害が山積みはです。姫はほとんど父に見張られ、お部屋に閉じ込められているような状態ですし、城の守りはめちゃくちゃ厳重、外堀は大きくて深いし、立派な跳ね橋もあるし、厚いいばらの垣根がびっしりと生い茂っているので、こっそりどこかから忍び込んで逢引きなんてことは、残念ながら絶対に不可能なのでした。
二人は相思相愛なのに近くに寄るどころか、まともにお互い顔も見られず、かろうじて、姫が時おり見張りの目を盗んで外へ出て、塀の板越しに会話することだけがささやかな慰めという、もどかしさに身をよじりたくなるような状態。うおおおお~、今すぐ抱き締めたいっ!キスしたいんだよおおおお~っ!とギヨームは内心、悶絶しまくっていましたが、この状態ではいかんともしがたい。姫は父を怒らせて、どこかに無理やり嫁がされることを何より恐れていましたし、ギヨームも、権勢を誇る大貴族である姫の父親の不興を買いたくはなく、二人とも動くに動けずただじりじりと、ままならない恋に身を焦がす苦しい日々が続きます。

こういうふうに、窓から忍び込んできて密かにイチャイチャ、みたいなことができれば良かったんですがね~。残念ながら、ギヨーム君には無理だったのです

ある日とうとう、ギヨームはこの無限忍耐ゲームみたいな拷問に等しい生活に耐えられなくなり、なにぶん一本気な性格なので、こうなったら騎士らしく、男らしく正攻法でいくぞ!と決意すると、どうかご息女を私の妻に下さいっ!と姫の父親に頭を下げて結婚を申し込みます。
しかし結果は、はあ~?悪いけど、わしゃ財産ありすぎて、もう金銀財宝に押しつぶされそうになってるぐらい大金持ちの、セレブ貴族なんでね~(うわ~、なんちゅう嫌味な成金オヤジや)娘もあの通りの美貌なんで超引く手あまた、わしと同等の王侯貴族に嫁いで当然なワケ!いくら何でも、賞金稼ぎの貧乏騎士ふぜいに、愛娘を嫁にくれてやるなんざ酔狂な真似は、ちと無理じゃのう~、ふぉっふぉっふぉっ、と思いっきり鼻で笑われディスられて、野良犬のように追い返されるというさんざんなもので、もうプライドがぼろ雑巾のようにズタズタに。

ど直球な正攻法でみごとに玉砕し、傷心のギヨームは、帰り際にまた板塀越しに姫に会って事の次第を話すと、
私は、この土地を離れて諸国を遍歴する旅にでも出ようかと思います。もう貴女のお傍にいられる望みもなくなりましたし・・・。今はただただ、貴女の父上が自慢なさっている莫大な財産が恨めしいです。貴女がそんな、大金持ちのお家の姫君じゃなかったら良かったのに。何だよちくしょー、人のこと面と向かって貧乏貧乏って馬鹿にして・・・ちょっとぐらい、こっちの立場も理解してくれても良くないっスか!?
と、だいぶやさぐれ気味。姫も、大切な恋人を侮辱した強欲な父親に対し
すっかり怒り心頭で、

ええ、本当に、あなたがそうおっしゃるのはもっともですわ。お父様が、あなたの財産だけじゃなく、優れた武芸の腕とか、長所をちゃんと見抜いて下さっていたら、間違いなくあなたはお父様のお眼鏡にかなって、すぐにわたくしの夫に決めて下さったはずですのに。お父様はいつも損得勘定ばかりで、わたくしがどんなにあなたのことで苦しみ、悲しんでいても少しも分かって下さいませんの。しょせん、ご老人と若者の心の間には大きな溝が横たわっていて、理解し合うのは無理なのだと、わたくしには思えます。

と言い、深くため息をつきます。
しかし、賢い姫には愛するギヨームと結婚するために、前々から考えていたある秘策がありました。実は、ギヨームには姫の父親と同じぐらい大金持ちの伯父がいるのです。かなりの高齢で、親類といえるのは甥のギヨームのみ、つまりゆくゆくは伯父の広大な領地も全財産もギヨームが相続することになります。姫の父親は金持ちや権力者に弱いので、この伯父のことも大層、敬愛していました。ならばギヨームが伯父を味方につけ、姫と結婚できるよう一肌脱いでもらえれば、きっと上手くいくはず!領地の一部を我が甥に譲ることにしたので、ぜひ貴殿のご息女を甥の妻に・・・と、申し入れてくれたなら、姫の父親は喜んで承諾するに違いありません。もちろん、とにかく結婚さえしてしまえば、今すぐに伯父から領地を譲ってもらう必要はないので、いったん全てお返しするという条件をつければ、伯父も協力を惜しみはしないでしょう。

ギヨームは姫の提案に同意し、なるほど、ではすぐに、伯父上のところに行って話をしてみましょう、と連銭葦毛の愛馬に乗り、森を通り抜け、伯父の住む館へ赴きます。
実際のところ、ギヨームはまだ姫の父親にディスられまくったショックから立ち直っておらず、伯父に協力をあおぐという提案も、そんなに上手くいくかなあとかなり不安ではあったのですが、愛する姫が自分と結婚したいがために一生懸命、手立てを考えてくれたということが純粋にめちゃくちゃ嬉しく、もう本っ当に姫ってマジ可愛すぎない!?そんなに私と結婚したいなんてさ~、ずいぶん愛されちゃったな~。あなたの伯父上が協力して下されば、きっとわたくしはあなたのものになります、とか、さっき言ってなかった?どうしよう、もう嬉しすぎて、笑い止まんなくて困っちゃうんだけど、
えへへへへへ~、ってな感じで内心、デレデレになっていたので、とりあえず伯父と話してみることにしたのでした。

館に着いたギヨームが伯父に詳細にわたり事情を説明し、厚かましいお願いとは存じますが、何とぞご協力頂けないでしょうか、と懇願すると、あの高貴で美しい姫君とそなたが結ばれれば、間違いなくフランス王国一の立派な縁組じゃ、喜んで力を貸してやるぞ、必ずや姫の父君と上手く話をまとめる自信があるから、ひとつ大船に乗ったつもりで、わしに任せておけ、との予想以上に心強い返答が返ってきました。
ギヨームはそれを聞いて大いに安心し、近々、ガラルドンという小さな町で催される騎馬試合に参加するため、支度を整え出発しなければならなかったので、ではどうか、私が戻ってくるまでに姫を妻に迎えられるよう、事を進めておいて下さいと伯父に万事を委ね、慌ただしく帰っていきます。
この伯父が実は、とんでもない腹黒の助平じじいであるとは、実直なギヨームは知る由もありませんでした。

翌日、ギヨームの伯父は確かに姫の父親のもとを訪ねましたが、何とそれは甥と姫を結婚させるためではなく、他でもない自分が姫に求婚するためでした。(うわ~、成金じいさん血迷っとるな~)
結婚にあたり、姫君にはわしから婚資を差し上げますし、わしとあなた様の財産も今後は共有するということで、いかがかな、と抜け目なく申し出ると、金と権力に目がない(要するに守銭奴)姫の父親は、こりゃ願ってもない素晴らしい縁組じゃ、四の五の言わず、もうぜひぜひ、娘をもらってやって下され、と二つ返事で承諾してしまいます。
姫はそれを知り、冗談じゃなくってよ!このわたくしが、あんな顔中しわくちゃで赤い目で、いかにも性悪そうな老いぼれ(姫様、なかなか言いたい放題ですやん)に、どうして嫁がなくてはならないのっ!?と嘆き悲しみ、欲に目が眩んだ父親を呪い、甥の信頼を最悪の形で裏切ったギヨームの伯父を呪い、おお、嫌だ嫌だ!絶対に絶対に絶対にあんな老いぼれに嫁いでなるものですかっ!と聖母マリアに何度も誓いますが、現実は残酷で、誰も彼女を意に染まない結婚相手から守ってもくれなければ、牢獄のような城から自力で逃げ出すこともできません。伯父に裏切られ、恋人を永遠に失ったことを、いずれ愛するギヨームも知ることになるだろうと考えると、姫は絶望で胸が張り裂けそうになり、もう一刻も早く死んでしまった方がましだとさえ思えます。
しかし、そんな彼女の苦しみをよそに、婚礼の日取りも決められ準備は着々と進められていきました。

3.月夜の花嫁行列~愛馬は恋のキューピッド~

一方、そんなとんでもないことになっているとは何~にも知らないギヨームは、持ち前の勇敢さで騎馬試合にみごと勝利し多くの賞金を獲得して、意気揚々と帰還。
愛する姫を妻に迎えられる準備が整ったら、伯父からの知らせがあるはずだと信じ込んでいたので、毎日、何度も館の門の方ばかり見ては、伯父上からの使者はまだ来ないな~と気になって仕方ありません。
しかし、賞金はたんまり手に入ったし、もうじき最愛の恋人とも結婚できるし、何も心配はいらない。私の人生は薔薇色さ~ララララヴィアンロ~ズ♪と、ギヨームは心うきうき有頂天。嬉しすぎて、歌い出しちゃいます。
(おいおい、気の毒やけど、そんなノーテンキに浮かれとる場合やないよ)ついには楽士を館に招き入れ、自分のことを歌った新作の歌を作るよう命じると(どんな歌やねん。ギヨーム君、意外にナルシスト)その歌をヴィエルの伴奏に合わせて歌わせちゃったりして、もうすっかりご満悦。

ヴィエルは上の写本挿絵に描かれている中世ヨーロッパの弦楽器で、ヴァイオリンの先祖です。ヴィエルについてはyoutubeに素晴らしい解説動画がありましたので、興味のある方はぜひ、以下をご参照ください。ヴィエルの実際の音も聴けちゃいます♪(ちなみにフィドルというのは英語でのヴィエルの呼び名です)

すると、いよいよ待ちに待った伯父からの使者とおぼしき男が館を訪れ、ギヨームは足取りも軽やか、今にも踊り出しそうです。
ところがその男は、あなたの伯父上が火急の用件で、今夜中にもあなたの素晴らしい愛馬をお貸し下さるようにと求めておられます、と告げるのみ。
何だ、火急の用件って?とギヨームが尋ねると、彼の恋人である姫を、教会へお連れするためだと言う。未だ事情を知らない彼にはまるっきり話が見えません。首を傾げつつ、一体、姫は何をしにわざわざ教会へ??と尋ねると、それは、あなたの伯父上と結婚なさるためですよ。我々は明日の朝、姫様を森のはずれの礼拝堂にお連れします。婚礼に参列なさる方が非常に大人数で、行列のための馬が足りないので、この付近にお住いの騎士様方に、馬をお貸しいただくようお願いして回っているところなのです。あなたの愛馬は気性も優しく、乗り心地も最高と評判ですので、姫様がお乗りになって行かれるのに相応しいでしょう、と告げられ、ギヨームは有頂天の薔薇色天国から、一気に絶望の灰色地獄へずどーんと転落。

そ、そ、そんなはずはないっ!あれほど信頼していた伯父上が私を裏切ったというのかっ?おお、神様、まさかそんなはずは、そんなはずは~!とめちゃくちゃ取り乱し、伯父上が裏切るなどとやはり信じられん、さては、お前そんな嘘をついて私を担ぐ気だな?と男に食ってかかりますが、はあ?何で嘘なんかつく必要あります?婚礼は明日の午後6時からです。大勢の騎士様方や王侯貴族がお集まりになりますから、そんなにお疑いならご自分で、お確かめになったらいかがですか?と逆に冷たい目で見られてしまいます。
わ、私は伯父上に欺かれた・・・まんまとコケにされてしまったんだああああ~!オーマイガッ!ともはやギヨームはムンクの叫び状態、ショックで失神寸前ですが、当の裏切り者の伯父の使者はそんな彼に同情のかけらも示しません。あの~、すみませんけど、こっちはそんなに長居できないんで。
あなたの愛馬を貸して下さるんなら、さっさと連れて来て鞍置くように従者に命令してもらえます?と、厚かましくもしきりに催促してきます。
何で、自分を裏切った男にわざわざ大事な愛馬まで貸さなあかんねんっ!とギヨームは一瞬、キレかけましたが、愛する姫が自分の愛馬に乗って行くのであれば、きっと馬を見て私のことも思い出してくれるだろう。私は心の底から深く彼女を愛したし、今も愛しているし、これからも永遠に愛し続ける。今回のことは、姫には何の罪もない。私の馬が、彼女の役に立つのなら本望ではないかとふと思い直し、泣く泣く愛馬を憎い恋仇である伯父に差し出すことを決意します。

こうして、使者はさっさと連銭葦毛の美しい名馬を連れて去っていき、愛も希望も何もかも失い、バッキバキに心が折れたギヨームは生ける屍も同然。
もう私は当分、部屋にひきこもる・・・いずれ隠者になって世を捨てるから、お前たち、頼むから静かにしていてくれ・・・私の人生は終わりだ・・・こんなときに、つまんない歌とか歌ったり、浮かれてうるさく騒ぐような不届きな奴がいたら、縛り首か打ち首にするからなっ!と、館の召使い全員に吐き捨てるように命令してしまうほど、荒み切ってしまいました。(いや、ついさっきまで、つまんないマイソング作って、歌わせてたん誰やねん)

さて、姫の暮らす城では大勢の賓客が集まり、早くもすっかり祝賀ムードのどんちゃん騒ぎ、あんなお年寄りのところに嫁がれるなんて、まあ何とお気の毒に、と姫は侍女たちに不憫がられつつも、婚礼のための極上の毛織物のドレスを着せられ、宝石をあしらった豪華なアクセサリーで飾られ、綺麗にお化粧を施されて、いやいや花嫁姿にされてしまいます。
翌朝、彼女は森のはずれの礼拝堂へ、大勢の騎士たちの警護のもと連れて行かれる手はずになっており、出発は夜明け前、城の者たちはみなそれまで仮眠を取りますが、姫はあまりの悲しみでもはや一睡もできません。

やがて真夜中過ぎになり、夜空に月が昇り、闇に閉ざされた辺り一面をまばゆい光が明るく照らし出しました。街灯などない中世フランスの夜は、まさに真の暗闇。月明りは現代人には想像できないほど、明るく感じられるものだったのでしょう。どんちゃん騒ぎでしこたまワインを飲み、泥酔していた城の者たちは夜が明けたと勘違いし、おーい、さっさと準備しろ、姫様をお連れするぞ、と実際はまだ夜中なのに馬に鞍を置いて出発。姫の前にはギヨームの連銭葦毛の愛馬が曳いてこられ、いよいよ、さあお乗りくださいと促されると、姫は死出の旅に向かうような心地で、思わず涙があふれます。
こうして一行は出発し、深夜の静まり返った森の中を進んでいきますが、道がとても狭いので、二人並んで進むことはできません。本来はみな、まだ寝ている時間ですし、そのうえ泥酔しているしで眠くてたまらない。一人ずつ森の中を進むと行列がとてつもなく長くなり、亀のようにのろのろとしか進めないので、なおさら眠気は倍増します。睡魔に勝てず、馬の上で舟をこいで居眠りする者続出で、姫の前後に控えている騎士たちも完全にいびきをかいて爆睡。(よく落馬しないもんだね~)もちろん、目を覚ましている者も中にはいましたが、私語に夢中だったり考え事をしていたりで、しくしくと涙を流し、打ちひしがれている姫には誰も注意を払っていませんでした。

ギヨームの連銭葦毛の愛馬は姫を乗せ、しばらくは大きな列の後ろをゆっくりと進んでいましたが、やがて、どうやらこの行列は自分の知らない道を進んでいくらしいぞ、と動物の本能で悟った様子、知らない道には行きたくないな、よく知ってる道の方がいい、と思ったのか、行列を外れて右折し、例のギヨームとこの馬しか知らない秘密の小径の方へ進んでいってしまいます。しかし、姫の周囲の者は相変わらず爆睡中、あるいは眠気で意識もうろうとしている連中ばかりなので誰も気づきません。
ほどなく、姫は自分の周りに誰も人がいなくなっていることに驚き、真っ暗な夜の森を一人きりで進んでいく恐怖と不安にひどくおびえましたが、馬が道を間違えてくれたおかげで、このおぞましい結婚から逃れられるかもしれない、もしこのまま森の中で死んでしまったとしても、結婚させられるよりはよほどましだわ、と考え、そのまま手綱をゆるめて馬の進むに任せることにしました。
ギヨームの愛馬は通い慣れた小径に入ったので、早足でずんずん進んでいき、どこが浅瀬かも知っているので、川も難なく渡り、とうとうギヨームの館のすぐ傍までやって来ます。すると、そのとき館の門番が夜明け前の角笛を吹き鳴らすのが聞こえてきました。姫は笛の聞こえた方角へ馬を進め、ギヨームの館の方へまっすぐ進みます。

そして、跳ね橋の上までやって来ると、門番がその音を聞きつけ、何だ?
あのひづめの音には聞き覚えがあるなと、すぐに番所から下りてきて、こんな時間に騒々しく橋を渡ろうとするのは何者だ、と尋ねます。
姫が、後生ですからわたくしを、夜明けまで中に入れて下さいませ、道に迷ってしまって、どちらに行ったらよいものか分からず難儀しておりますの、と訴えると、門番は最初は、いやいや、お嬢さん、申し訳ありませんが、主の許可なしにわしが勝手に門を開けるわけにはいきませんのでねえ。ちょっとうちの主は今、親戚に残酷な仕打ちを受けたばかりで、ショックでひきこもりになっちまったんですよ・・・などと話しつつ、正体不明の女を追い返すつもりでしたが、のぞき窓越しに、蝋燭も角灯も不要なほど明るい月明りを頼りによくよく見れば、橋の上にいるのは紛れもなく主が飼っている連銭葦毛の馬。乗っているのは、豪華な衣装を身にまとい、輝く宝石で着飾った見たこともない美しい乙女です。

門番は軽くパニック状態になり、えーと、ちょ、ちょっとお待ちくださいね、と言うなり、大慌てで部屋で布団をかぶって世をはかなんでいるギヨームのもとへ駆けつけると、
ご主人様、お、お休みのところ申し訳ありませんっ!ですが今、門のところにご主人様の連銭葦毛の馬に乗った、この世のものとは思えないほど優雅で上品で、大層豪華な身なりの美しいご婦人が、森で迷ったと途方に暮れたご様子で、お一人で参られまして・・・わしが思うに、きっと、ありゃ神様が、ご主人様の失った姫様の代わりに連れて来て下さった妖精に違いねえです!(妖精って・・・門番さん、意外に思考がメルヘン~)
と、息せき切ってまくしたてたので、ギヨームはそれを聞くなり寝台から跳び起き、上着を羽織って門まで駆けつけ、すぐに門を開けさせました。
馬に乗ったまま待っていた姫は、門の奥から現れたのが恋人だとすぐには分からず、大声で助けを求めます。

嗚呼、高貴な騎士様!わたくしは今晩、それは多くの苦しみを味わいましたの。後生ですから、ご不快に思われず、わたくしをお館の中に入らせて下さいませ。長くお邪魔はいたしません。きっと、わたくしを見失ったことに気づいたら大騒ぎになって、騎士たちが追って参りましょう。それが恐ろしくてならないのです。運命の糸に導かれて、こちらに参りました。どうか、あなた様のお慈悲にすがらせて下さいませ!

ギヨームはこの言葉を聞くと、目の前にいるのが自分の愛馬で、乗っているのが愛する姫であると確信し、大喜びですぐさま彼女を館の中に導き入れ、手を貸して馬から降ろしました。
もう二度と会えないかもしれないと覚悟していた恋人が目の前に、しかも普段よりさらにビューティーレベル爆上がりの、まばゆく輝くような花嫁姿で立っている。今までずっと板塀越しにしか話せなかったのに、今は何も隔てるものがない、至近距離に立っている!となると当然、拷問のような無限忍耐ゲームなんかもうおしまい。ギヨーム君、脊髄反射的に思いっきり姫を抱き締めてキスしまくります。その後も、今までお互いまともに顔も見られなかったのを取り戻すかのように見つめ合い、夢じゃないかしらんと大きな幸せに浸りながら、思う存分イチャイチャするラブラブな二人。(はいは~い、どうもご馳走さまで~す)
といっても、決して抱き締めてキスする以上のことはしてませんっ!それより先には進んでないと断言しますっ!とわざわざご丁寧に作者が書き添えているので、多分、ちゃんと節度は保っていたのでせう。(このあたり、何か非常に面白い作者だな~と思います)
姫は、なぜここへ来ることになったのか一部始終をギヨームに話し、きっと神様が、幸せをお金で買えると思っていた男の手から、わたくしを救って下さったのですわ。わたくしは、幸せに生まれつきましたのね、と感慨深げにつぶやくのでした。

さて、花嫁姿の姫が来てくれたのですから、これはもう邪魔が入らないうちに一刻も早く結婚してしまわなくてはなりません。夜が明けると、ギヨームはすぐに準備を整え、急いで司祭を呼び、館の中庭に建っている礼拝堂に姫を案内して結婚式を執り行いました。参列者は館の召使いや従者たちだけですが、みな温かく二人の結婚を祝福してくれ、館中が喜びの渦に包まれます。ギヨームの伯父が予定していたような、豪勢で大規模な派手婚ではありませんが、地味でつつましくても、最高のハッピーウエディングだったことは言うまでもありません。

フランス王ルイ7世と最初の王妃アリエノール・ダキテーヌの結婚式。こちらは政略結婚なので、ハッピーオーラは皆無です(のちに離婚しますしね~)

一方で、間抜けにも姫を見失った酔っぱらいご一行は、くたくたに疲れ果てて森のはずれの礼拝堂に到着していましたが、肝心の花嫁が行方不明ではどうにもなりません。姫の父親はひどく怒って、わしの娘をどこへやった、と警護を任せていた騎士を問いただしますが、
え~、そうはおっしゃいましても、道がとにかく狭かったし、森は真っ暗でしたので、私は姫の後ろを進んでたんですよね~。はあ、姫が他の道に進まれたかどうかってのは、ちょっと分かりませんねえ、何せ鞍の上でうとうとしてまして。いや、ずっと寝てたわけじゃありませんけど、お姿が見えなくなったのは単純に、姫がずっと先に進んでおられるからなんだろうな~と思ってました。今はもう、ずいぶん遠くまで行ってしまわれたんじゃないですかねえ。いや~、私には、姫がどうなったかは分からないです。私だけじゃないですよ、他の者も居眠りしてましたんで、姫のご様子をよく見てなかったと思います、というふうな無責任すぎる言い訳をして開き直るばかり。(最初から、やる気なさすぎやろ)
誰か、わしの娘を見た者はないのか、どこかで見かけなかったかと、あちこち尋ねて回りますが、驚いたことに誰も姫の消息を知りません。
ギヨームの伯父も、期待して待ち構えていた若く美しい花嫁を失い、すっかり意気消沈。熱心に姫の行方を探させますが、やはり全くの無駄骨に終わりました。

すると、ほどなく姫の父親のもとにギヨームの従者がやってきて、ギヨームが今朝早く姫と結婚し、大層喜んでいること、結果的に姫と結婚できたので伯父の裏切りも許すつもりであること、姫の父君と伯父を館で開かれる祝宴にぜひとも招待したがっていることを告げられ、姫の父親もギヨームの伯父もそろって茫然自失のありさま。しかし、既成事実として正式に二人が結婚してしまったとなると、いかに父親といえどもお手上げ、嫌でも二人の仲を認めざるを得ませんし、ギヨームの伯父も断腸の思いで、姫のことはあきらめるよりほかありません。やがてしぶしぶ館を訪れた義父と伯父を、ギヨームはハッピーオーラ全開で愛想よく歓迎するのでした。

それから3年経たないうちに、姫の父親とギヨームの伯父は相次いで亡くなり、ギヨームは義父と伯父の莫大な全財産、広大な領地を誰に異議を唱えられることもなく相続して貧乏騎士は返上、とんでもない大富豪に。
愛も富も手に入り、これにて真の大団円でございます。

いかがでございましたでしょうか。
最初にも書きましたが、この作品は筆者が特に気に入っているので、今回、満を持して紹介記事が書けて本当に嬉しく、読者様にもお気に召して頂けることを心より願っております。

何となく中世ヨーロッパの物語というとすぐに、白馬の騎士とお姫様のロマンスみたいなものがイメージされがちなのですが、実際にいろいろ読んでみると、この作品のように未婚の若い騎士とお姫様が恋愛して、さまざまな障害を乗り越え、結ばれてハッピーエンドという、王道ストーリーの物語というのは意外なほど見つかりません。このツッコミシリーズで今までご紹介してきた物語のなかにも、なかったと思います。(しいて挙げるとすれば、『オーカッサンとニコレット』かと思いますが、ニコレットはさておき、オーカッサンは騎士というより貴族のヘタレ若様だし、だいぶ性格や言動に難ありなので・・・。あと、『二人の恋人』はバッドエンドですしね)
まあ、日本もそうですが当時は恋愛結婚は珍しいので、どうしても人妻に横恋慕する騎士とか、人妻と助平な王様の不倫とか、既婚者の騎士の浮気とか、どこかずれたような?感じになってしまうんですよね~。

筆者はずっと、人妻はもうええっちゅーねん、普通に、騎士とお姫様の物語はないんかいな、と地道に探し続けていたので、この物語に出会えた時の喜びはひとしおでした。主人公が、いわゆるヒーロータイプではないかもしれませんが、一途で善良なのも好感度大。最初はお互いまともに顔も見られず、会話も板塀越しという、なかなかにハードな境遇のロマンスなのも、非常にもどかしいですが、障害は大きい方が、かえってときめき倍増(あくまで筆者の嗜好ですがね)で、二十代の筆者は萌えまくっておりました。
そして、ラストでは今までハードな境遇だった分、幸せの絶頂でハッピーウェディング。しかも愛だけじゃなく、お金もいっぱい手に入ったよ~という、後日談までついていて、まあこんなに絵に描いたような大団円の物語は他にはないでしょうね。

現実には、主人公のギヨームのように妻帯するのはちょっと厳しい、賞金稼ぎを生業とする貧乏騎士が世の中に少なくなく、あ~あ、俺たちだって命張って戦ってるんだし、どっかに金持ちの美人のお姫様いないかな~、そういう女に一途に愛されて、結婚したいよな~、男は金が全てじゃねえって、ちゃんと分かってほしいよな~というような、非モテ男たちの哀しき願望から生まれた物語なのかも、しれませんが。ちゃんと純愛ロマンスに仕上がっていて、女性の筆者が読んで不快になる点は皆無なので、そのあたりは全然OK。うっとり、ドキドキしてハッピーになれれば仮に、逆玉の輿狙いの男たちの妄想の産物だったとしても、筆者は全然OKでございます。
世の中、金じゃなくて愛だぜ!幸せは金じゃ買えないんだ!なんて、ど正論をぶちかましてくるあたり、むしろ清々しいではないですか。

しかし、唯一この作品で気になるのは、恋のキューピッド役をみごとに果たし、物語をハッピーエンドに導いた影の立役者、賢い連銭葦毛のお馬さん、何かすっかり忘れられてませんか?ってことです。
姫をギヨームのところまで安全に連れて行ったのはまあ、神様かもしれませんが、現実にはお馬さんでしょ?
ギヨームと姫にちゃんとたくさん褒めてもらって、桶いっぱいの人参とか、スペシャル飼い葉とか、十分にごほうびもらえてると良いんですけどね。

※この記事は『フランス中世文学集3 笑いと愛と』(白水社刊, 1991年)に収録されている「ヴェール・パルフロワ(連銭葦毛の駒)」(神沢栄三訳)を底本としています。


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