美少女コンテストで優勝したかった私へ。
「 #想像していなかった未来 」って言うけどさ。
想像していた通りの未来が実現した人なんて、いるのだろうか。
いたら、会ってみたいものだ。
例えば、私の場合である。
というか、以下全部私の話だ。
聞いてやってもいいと言う人がいたら、聞いてほしい。
この恥ずかしい話を、笑ってやってほしい。
小学生の頃、こんな未来予想図を描いていた。
16歳 美少女コンテストで優勝(2位のライバルが泣いている絵を描いた)
21歳 結婚
23歳 美少女コンテストのライバルも、やがて結婚
ライバルも結婚するのが、私の優しいところだ。
しかし、当然ながらその夢は叶わなかった。
美少女コンテストに一番必要な、「美」が不足していたのだ。
成長するまで「美」不足に気づいていなかった、おめでたい私。
やがて、女優を目指すことになる。
私は、幼稚園のお遊戯会で演じた役が、忘れられずにいたのだ。
私は幼稚園の頃、運動もできず、不器用で、何もできない人間だった。
ドラえもんの「のび太」に自分を重ね合わせた。
そんな私が、年長クラスのお遊戯会で「かぐや姫」をすることに。
オーディションで圧倒的な支持を得て主役の座を勝ち取った。
(そういう記憶になっている。)
本番では、他の保護者からも私の演技に「泣いた」と言われた。
(そういう記憶になっている。)
そんな私は、小学校に演劇部がないことにヤキモキしていたのだ。
運動や器用さで不利な私は、クラスでは落ちこぼれだ。
演劇が、一番得意なことなのに、発揮できずにいる気がした。
歴史が好きだった当時の私は、大河ドラマを見ていると
自分と同じくらいの子役が活躍していることに気づいた。
私にも、できるのではないか?
親に内緒で劇団に申し込んだ。
とても怒られたが、「人生で初めて自分のやりたいことを言った」ということで、オーディションだけは受けさせてもらうことに。
そして、なぜか合格。
親には申し訳なかったが、お金を払ってもらい、
「テアトルアカデミー」にという劇団に所属して、演劇やダンスのレッスンを受けることに。
演劇はともかく、私はダンスが壊滅的だった。
なにしろ運動神経がものすごく悪いのである。
ダンスの腕は、演技の所作にも影響してしまう。
結局、親の転勤のタイミングで劇団を退団することになってしまった。
演劇がしたいという夢をあきらめきれなかった。
高校入学時に、演劇同好会に入部した。
部員が5人ぐらいの「部活」として公認されていなかった同好会である。
それでも、高校の文化祭では公演を行った。
私は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」で主人公ジョバンニの母親役を演じた。
母親は病身で最初と最後しか出てこない。
私は病身のお母さんを想像し、ジョバンニ、カンパネルラ、すべての役のセリフを読み込み、自分が一番最適だと思うお母さんを演じた。
とても楽しかった。顧問の先生も、褒めてくれた気がする。
しかし、何か物足りない。
いくら頑張っても、私は主役になれなかった。
演劇は、全員で協力して物語を作り出すものだ。
それは、十分にわかっている。
でも…やはり主役になりたい。
いつかのかぐや姫のように、自分が一番に目立ちたい。
主役になりたかった。
その後、演劇同好会は大学受験のため、極めきれずに辞めてしまうことになる。
やはり演劇への夢は捨てきれなかった。
大学生になり、サークルを決める時期。
私は、もちろん演劇部に入部したいと思っていた。
そう思いながら、サークルの掲示板を見ていると「落語研究会」のチラシが目にとまった。
「落語」と言うのは、着物のおじさんが座布団の上で喋っているイメージで、私のやりたいことではないような気がした。
ただ、面白そうではあったので、新入生歓迎口演を見にいくことに。
教室を改造した部屋に入ると、座布団の上にいたのは、
ピンクの着物に身を包んだ、上品でどこか控えめそうなお姉さんだった。
「この人が、落語をやるんだ…!」
しかし、お姉さんが話し始めると雰囲気が一気に変わった。
寒い冬、あったかいうどんを食べに行く話だった。
うどんの湯気が立っている気がした。
店主、客、2人を首の動きだけで演じ分ける。
場の空気を、彼女が動かしていた。
この場で、誰よりも彼女が主役だった。
でも、そこにお姉さんはおらず、うどん屋と店主と客だけがそこにいた。
落語だ。
落語なら、私は主役になれる。その場で、入部を決めた。
落語研究会の4年間は忘れられない。
お客さんが100人ぐらい集まった中で、私の言葉で一度に笑ってくれる。
話を聞いてくれる。楽しくてたまらなかった。
どうやったら笑ってくれる話ができるか、考える。
同じ話(厳密には「噺」と言う)でも、少しのアレンジや、間の取り方、話し方によって、ウケ方が全く異なる。
本編の前にどういうフリートーク(「マクラ」と言う)で心をつかめるか考えるために、毎日歩き回ってリサーチを行った。
どの役を演じたとしても、結局は自分が主役だった。
大学卒業後、社会人になると「自分が主役」なんてことは言ってられなくなった。
仕事っていうのは、誰かの脇役になることである。
営業なら、顧客の事業を輝かせるが仕事。
営業事務なら、営業の仕事をスムーズにするのが仕事。
プレゼンをするなら、聴衆の役に立つのが仕事。
WEBライターなら、読者に有益な情報を与えるのが仕事。
お金をもらっている以上、誰かを輝かせる。
主役になるには、消費者であるしかない。
ちょっと寂しかったけど、しょうがない。
やがて、結婚し子どもが生まれた。
子どもは、自分が主役であることを疑わない。
とても微笑ましい光景だ。
そして、私は「〇〇君のママ」と呼ばれるようになった。
いよいよ、私は主役の座を降りる、子どもに権限移譲することになるのか、
もう、それでいいやって、思った。
私は出産後、在宅でWebライターの仕事を請け負っていた。
Webライターとして大事なことは、Googleに好かれることだ。
Googleに好かれるためには、読者に好かれなければならない。
自分の意見、書きたいことは抑えて、読者に好かれるために書いた。
自分の書いた文章でお金がいただけるのはありがたかったが、少し自分の書きたい文章に挑戦したいと思うようになった。
そして、自身のブログを開設し、好きなことを書いた。
エッセイ、小説、詩、推しているものの紹介。
書いているうちに読者が増え、同じように書くことを楽しむ人との出会いがあった。いろいろな人がいて、その文章と出会うたびに、考えた。
読者のために書く人
面白いエッセイを書く人
自分語りを楽しむ人
不思議な小説を書く人
その人たち、すべてが、文章の、そして人生の主役を張っていた。
それなのに…いや、それだからこそ、読者である私が、楽しんでいた。
仕事を始めてから悩んだ、「自分のため」と「人のため」の境界。
しかし、実はその境界は曖昧なのではないか?
人のために動いていても、いや、人のために動いているからこそ、
人生の主役なのではないか。そう気づいたのである。
私の過去、誰かのことを思った。
顧客のために動く営業
営業のために動く営業事務
読者のために書くWebライター
Webライターが気持ちよく仕事ができるために動くディレクター
聴衆のために内容を練るプレゼンター
ヒロインのために動くヒーロー
ヒーローを輝かせる悪役…
そして、
お客さんを笑わせるために落語をすること
主役を引き立たせるために、ジョバンニのお母さんを演じること
子どもが健康で安全に育つための環境を整えること
主役に見えても、誰かのための脇役。
脇役にみえても、誰かのために動く主役。
それは、最初から、いつでもそうだった。
みんなそうなのだ。
私は、16歳の時に、美少女コンテストで優勝することはできなかった。
小学生の頃の自分が聞いたら、さぞがっかりするだろう。
でも、美少女コンテストで優勝したいって言うのは、「主役になりたい」
そのような思いがあったんじゃなかろうか?
運動音痴だけど、お遊戯会で、一度だけ主役になった私。
その私を、もう一度取り戻したかったんじゃないか?
主役…その意味では…30代の今でもずっと、主役だ。
主役を追い求め続け、一見脇役に見えている時も、人生の主役であり続けた。
小学生の私へ。
これからあなたが歩くのは、想像していなかった未来だ。
でも、美少女コンテストで優勝するよりも、多分、面白い人生が歩めている。
どうか、許して…いや、思いっきり、楽しんでほしい。
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