ねむる松茸
幼い頃、松茸はアニメでよく出てくるのでお馴染みの食材だった。それでも、実家の料理には出されたことがない。成長するにつれて、松茸が高級食材なのだということが、徐々にわかってきた。
インスタントのお吸い物には入っているけど、まるまる一本の松茸を見たことはなかった。
結婚して数年目のある日。夫が白い箱を持ち帰ってきた。
「これ、松茸だから。数千円するらしい」
極度の緊張が走った。夫はよく会社を通じて色々持ち帰ってくるが、松茸のような高級食材は初めてだ。
「困る……」と思わず呟いてしまった。
私は調理スキルが高くない。
例えばスーパーで買ってきた激安牛肉を高級和牛のような味わいにさせる「高見え」の人がいるならば、私はその逆、「安見え」なのである。こんな私が、松茸を扱って大丈夫なのだろうか。
たとえ「安見え」でも、いただいたなら調理しなければならない。両手で抱えるほどの箱は案外軽い。蓋を開いた途端、かぐわしさが迫ってくる。中を覗くと、細い紙の緩衝材に包まれた、松茸が数本、眠るようにして横たわっていた。
「これが高級食材か……」
エリンギと同じくらいの大きさなのに、扱いが違う。飛行機で言うと、ファーストクラスに乗っているようなものだ。私はプレミアムシートで眠る松茸をそっと取り出した。
さて、この松茸をどうするべきか。Googleで調べて、松茸ご飯にすることにした。高級食材を前にすると自然とうやうやしくなってしまう。キッチンをきれいにして、まな板を真ん中に置き、なんなら一礼までして、松茸を薄くスライスする。包丁を入れるたびにいい香りが漂う。これが松茸。料理をする人さえ楽しませてくれる、王者の風格を感じた。
そして炊飯器に入れて米と一緒に炊くと、炊飯器の蒸気までも芳しくなる。どこにいても存在感を示すのが、松茸だ。
炊き上がった松茸ご飯が美味しかったのは言うまでもない。いつものご飯もおこげになってて引き立てられていた。私のような者の調理でもこんなに美味しくなってくれる、王者の懐の広さを感じた。
私は数年経っても松茸のことが忘れられていなかった。夫に松茸のことを聞いてみると、彼は首を傾げた。
「そんなことあったっけ?君の記憶違いじゃない?」
そう言われたので記憶に自信がなくなった。あの松茸は私の幻想だったのか?
いや、そんなことはない。
プレミアムシートで眠る松茸の香りを、忘れるはずはないのだから。
(989文字)
三條凛花さんの、「10月✖️暮らし」のエッセイに参加します。
凛花さんの作る「tote」が大好きで、はじまって以来ずっと参加したかったのですが、私自身が暮らしと向き合えてなくて見送ってきました。今回、初めて参加できればと思います。
プロフィール(50文字以内)
短歌から長編小説まで物語を書くフリーランス。夫と3歳男子の3人暮らし。家事は永遠の初心者。

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3歳児を育てつつ、スキマ時間に創作を続けています。
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