短編小説「外面がいい」③〜ちりとてちんのハイド〜
どの自分が本当なのだろう?作った自分も、また自分なんじゃないか。
1つ前の話はこちら↓
最初の話はこちら↓
「落語研究会」のチラシに書いてあった教室付近にいると、水色の着物を来ている男性に「あ、落語ならこっちこっち」とくねくねした動きで促された。
入ってみると意外と広く、大学の講義で使われる教室だと思われた。高校の頃と比べるとなんとなく白っぽい気がする。
ラジカセからピーヒョロヒョロヒョロ〜という和風の笛と三味線で構成された音楽が鳴っていた。
講義の座席と机が並び替えられて、机を囲む形で椅子が何列かに並べられていた。
椅子には数人が座っており、教室の前の上に座布団が敷いてある。
「あれ、落語って、研究って、やるんですか?」
思わず、声に出してしまった。教室にいた数人が振り返る。
落語研究会というぐらいなので落語を鑑賞して研究する会だと思っていた。
すると、水色の男性が「そうだよ。今から落語会あるから、見てて」と、こちらは標準語のイントネーションで反応した。
和風の音楽が一層強く鳴りはじめる。
和太鼓のドン、ドン、が小刻みになっていき…その音に合わせるように誰かが座布団に近づいていった。
そう、先ほどチラシを配っていた黄色い彼だった。
彼は先ほどのやる気のない雰囲気とは全く異なっていた。
彼の肉体を借りて、別人格が憑依したかのようだった。
飄々としており、次から次へと言葉が出てくる。
よく通る聞き取りやすい声。
最初にフリートークがあった。新入生あるあるが語られ共感しつつ笑いが溢れる。
彼が語り始めたのは、後で聞いたところによると「ちりとてちん」という題目の話だそうだ。
何の食事を振る舞われても喜ばず、知ったかぶりばかりする嫌味な男をこらしめるために、腐った豆腐を「ちりとてちん」と言う適当に名付けた珍味と偽って出す…といった話。
彼の扇子と手拭いを箸とお皿に見立てて食べる仕草、おちょこでお酒を飲む仕草、どれも食事が現前としているようで目を見張った。
腐った豆腐を珍味に仕立て上げる場面は、見ているものを共犯者にしているようで、ニヤリと悪い笑みがこぼれてしまう。
何より驚いたのは、知ったかぶり男が豆腐を食べる所を「ゆーちゅーぶにあっぷろーど」する提案をしたことだ。
これには私だけでなく教室中の全員が笑った。
最後は知ったかぶり男が腐った豆腐を食べてあまりの不味さに暴れ回る。
そして、「なぁ、ちりとてちんってどんな味や?」と聞かれた知ったかぶり男、息絶え絶えになりながら、こう言う。
「丁度豆腐の腐ったような味ですわぁ」
彼がこのセリフを言い終わると、ドドン!と話の終わりを告げる和太鼓が鳴った。
またお辞儀をして机を下りていく。
教室中が拍手で満たされた。
何を見たんだ、私。
見た、と言うか、体験したのか。
あったのは、手拭いと扇子だけで、一人がしゃべっているだけだったのに。
1つの映画を見ているようだった。
よっぽど茫然としていたのだろう、場所を案内していた水色の男性が話しかけてきた。
「落語見るの初めて?初めてがあいつじゃなぁ…まぁいいけど。去年のサクデン優勝者だし。」
そもそも高校卒業までろくに異性と話したことがない上に、「サクデン」などと言う分からない単語を出されて混乱した。
「あっいえ、いやっ…はいっ!いやいや、いいものを見させていただきました!」
我ながら国文学志望というのが情けなくなる語彙力だ。
おどおどしていると、黄色の彼が近づいてきた。
「来てくれたんや」
ぼそっと呟くと、私が何か答える前にサッと離れていった。
さっきの落語の時の飄々とした雰囲気とは全く異なる。
それを見ていた水色が呆れたように言う。
「流石に人格変わりすぎでしょ…ハイドは。」
「あの黄色の人、ハイドさんって名前なんですか?」
「ああ、名前っていうか芸名。彼、ジキル亭ハイドって言うんだ。」
ジキル亭ハイド。その芸名と言われるものに吹き出してしまった。
落語研究会の部員には芸名が付けられる。落語家らしく「〇〇亭〇〇」だったり「〇〇家〇〇」に当てはめるダジャレのようになっているようだ。
彼がこの落語研究会に入った時、普段と舞台の上とで人格があまりにも違うため、二重人格を題材にした「ジキルとハイド」から芸名が付けられた、と聞いた。
「ハイドさん…」
私は今でも雅也のことを時々「ハイドさん」と呼んでしまう。
そうすると、彼は少し照れたように笑うのだった。
たねあかし
続きの話を書いてみた。
ちりとてちん
「ちりとてちん」は桂南光さんの落語をベースにさせてもらった。
私が落語研究会時代に好きだったネタである。↓
演じる噺家によって同じ演目でも雰囲気が異なるのが落語の面白いところだ。
サクデン(策伝大賞)
水色の男性が言っていた「サクデン」とは学生落語の全国大会である「策伝大賞」のこと。年に1回、落語の祖と言われる高僧「安楽庵策伝」の故郷である岐阜に学生たちが集まるのだ。策伝で優勝するのは結構凄いことである。
いいなと思ったら応援しよう!
チップのご検討、ありがとうございます。
3歳児を育てつつ、スキマ時間に創作を続けています。
いただいたチップは、家事の時短や創作時間の確保に使わせていただき、より楽しい文章をお届けする力に変えていきます。応援が本当に励みになります。