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秋空にわたあめ

実家はクリスチャンだ。

幼少期は毎週日曜日、礼拝のために車で1時間かかる教会まで行くのが常だった。車で1時間というのは大人にとっても負担らしく、次第に教会からは足が遠のいていった。距離は信仰心を試すのだ。

しかし、私が20歳の頃。
教会が家から徒歩5分のところに建った。

「私たちが行かないから神様の方から来てくれたのよ」
と母が笑う。私自身は信仰心があつい方ではないのだが、近所の手軽さゆえ、日曜日は教会に通うようになった。50代以上が中心の教会で20代は珍しいらしく周りの人に可愛がってもらった。

教会では11月3日、文化の日にバザーを兼ねたささやかなお祭りをする。このバザーでの収益をクリスマスのミサや献金に充てるのだ。若者として私や弟は力仕事など手伝っていた。

ある時、教会員のおじさまに声をかけられた。
「みゆちゃん、今年はわたあめをやってみない?」

なんて魅力的な申し出だろう。私は密かにわたあめを作るのに憧れていた。二つ返事で了承した。

11月3日。当日は秋晴れで、天が高い。

私はわたあめ機の前に立った。レクチャー通りにザラメを入れて、電源をONにする。ボオーという鈍い音が鳴って次第に薄いテイッシュのような繊維がわたあめ機の内側に貼り付いた。

私は割り箸をくるくる回した。しかし、全然巻き取れない。わたあめといえば雲のようなふんわりとした形だが、ただ割り箸に引っ付いた貧弱な白い物体になってしまった。

リハーサルもそこそこに上手くならないままバザーが始まり、地域の少年がわたあめ機の前で100円玉を握りしめている。仕方なく貧弱なわたあめを渡すと、少年が苦笑いをして受け取り、去っていった。

平日は社会人の私だ。「お客様にお金をもらってるのにこんなクオリティでは……」と申し訳なくなった。

でも、だんだんコツを掴んできた。ふんわりしたわたあめを作るには、焦ってはいけない。こっちもふんわりと構えてワルツを踊るように割り箸を回すのだ。私は、わたあめの達人になって、わたあめ屋の前は行列になった。

行列が落ち着いた後、さっきの少年が通りがかるのが見えた。

「さっきはごめんね。お姉さんにリベンジさせてよ」
そう言って、ふんわりわたあめを少年に渡した。
「すげー!さっきと全然違う!」
ああ、やっぱりさっきのはダメだったのか。ごめんね。

よく晴れていて、雲ひとつない秋空。
でも、地上では、たくさんの雲が創造されていたのだった。

(998文字)


三條凛花さんの、「11月✖️暮らし」のエッセイに参加します。
(リンクは10月分ですが、11月分が出たら貼り直します)

10月分で初めて参加した時、雑誌のエッセイの一つになっていることや感想を書いていただいたことが嬉しすぎて、引き続き参加しました。何卒よろしくお願いします。

プロフィール(50文字以内)
短歌から長編小説まで物語を書くフリーランス。夫と3歳男子の3人暮らし。家事は永遠の初心者。

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