こうして姉妹は不可能になる
M-1の季節になると、いつも自慢したくなる。
私も、1度だけ出たことがあるからだ。
「M-1に出てみようよ」と、所属していた落語研究会の同級生に言われたのは、大学1年生の9月。大学の夏休みは、うんざりするほど長く、ようやく終わりかけていたところだった。
国民的番組である漫才グランプリ、M-1。
芸人にとっては夢のある大会で、視聴者にとっては年末の風物詩だ。
そんな番組に、落語研究会に入ったばかりのド素人が参加できるのだろうか。
お笑いを見るのは好きだった。「エンタの神様」は毎週欠かさずみていたし、そこで知った漫才のネタの真似をしていた。大学で落語研究会に入ると、ますます周りはお笑い好きの人ばかりになった。芸人のラジオを聴いていたり、自分で漫才を作ったりする人もいた。
好きだからこそ、遠いテレビの向こう側。
「M-1自体は出場料を払えば誰でも出られるよ」
同級生の後押しがあって、出てみるのも記念になるのでは、と私たちはM-1に出ることになった。ジャンケンで組分けをして、私は女子二人と即興トリオになった。もう一組は、男子二人のコンビだった。向こうのほうが、なんだか漫才っぽい。
私たちはトリオ名を考えた。コンビ名やトリオ名は、漫才が始まって最初に名乗ることになるので、ここで笑わせることができれば、一つのつかみになるかもしれない。落語を半年人前でやってきて「つかみ」の大事さに気づいてきた頃だった。何か、ひねったトリオ名にしなければ。
最初に男子コンビが「できた!」と盛り上がっていた。メモを見て、私は思わず吹き出した。
「明日はゴミの日」
「どうも〜〜!! 明日はゴミの日で〜〜す! って登場するの。いや知らねえよ、ってなるだろ」
彼らは得意げに言う。このコンビ名を聞いたとき、今でも頬が緩んでしまう。それぐらい秀逸なコンビ名を先に考えられて、焦りが生じた。
「女子トリオ、だから、姉妹とかにする?」
「姉妹か……」
私は、当時テレビを席巻していたあのゴージャス姉妹の名前を思い出した。
「叶姉妹……ってどう?」
「ダメだよ、うちらそんなにセクシーじゃないし」
その一言で、思いついた。セクシーの逆。叶姉妹の逆。
「不可能姉妹」
みんなが大笑いして、私は得意になった。
とにかく、こうして、不可能姉妹は誕生したのであった。
👘
不可能姉妹がどんなネタを考えていたのかは、ほとんど忘れている。唯一覚えているのは最後に「ビリーズブートキャンプ」という当時に流行った軍隊式のトレーニングの身振りをしつつ、
「サーコー!サーコー!(=circleのネイティブ発音)」
と三人で言いながら、退場する、というものだ。この、「サーコー!サーコー!」を合わせるために、不可能姉妹は授業やサーコー、いやサークルの合間に練習を重ねた。
一人が、あるアイディアを持ち込んだ。
「着物で登場するのはどう?」
落語をしているときに着物を着るのは普通だが、普段着物を着ていると目立つ。素人なりに少しでも目立つ方がいいのではないか、という考えで衣装を決めた。そうして、着物で再び、「サーコー!サーコー!」の動きを合わせる訓練をした。
👘
そうして迎えたM-1当日。我々は人並みに緊張していた。大勢の人の前で落語をした経験はあるものの、漫才は初めてだ。会場の舞台袖には同じく出番を待つ、老若男女様々なコンビ・トリオがいた。婦人警官の格好をしたお姉さんのコンビが我々を見つけて「頑張ろうね」と言ってくれた。
出順に並ぼうとすると、周りがにわかにざわざわとしはじめた。我々が目を向けると、見たことのあるトリオのシルエットが現れた。一眼見ただけで、絶対にわかる。二人の大男に挟まれた、小柄の……
(ねえ……そうだよね)
(生で初めてみた)
我々は他のコンビと同じく、こそこそとうなずきあった。
安田大サーカス。
「エンタの神様」を毎週見ていても、いや見ていなくても絶対に知っている、あまりにも有名なトリオ。このM-1に、有名な芸人が第1回戦から出ているということに、不思議な気持ちを覚えた。プロと、同じ舞台に出るのだ。
安田大サーカスは当然のように、我々の前に並んだ。
そこで、気づいてしまった。安田大サーカスの直後に漫才をするのだ。
にわかに緊張してきた。不可能姉妹なんていうふざけたトリオ名で、突貫工事で作ったネタ、急に、いてはいけない場に立たされた気分になった。
震えながら待っていると、急に、二人の大男に挟まれた小柄な男性、すなわち「団長」がこちらを振り返った。そして、少し驚いたような顔をした。
「へえ……君たち、着物で出るんだ。頑張ってね」
胸がいっぱいになった。テレビにも出ているような人が、着物に驚いてくれる、そして声をかけてくれた。今考えたら、団長は本当に驚いていたわけではないのかもしれない。自分たちが、あまりにも有名すぎることを自覚して、緊張する我々に配慮してくれたのだろう。
我々は、団長の言葉に勇気を得て、安田大サーカスの後ろで出番を待った。
大柄なHIROさんの後頭部には、横にたくさんの段差があった。その段差は、忘れたくても忘れられない。
👘
やがて安田大サーカスの御三方が舞台に出て行った。熱気が、こちらまで入ってくる。どんなネタだったのか、舞台袖からは全くわからないのに、観客全員がくすぐられているのではないかと思うほどの、爆発するような笑いが起こっていた。
たったの4分間が、長い。
安田大サーカスが大爆笑をかっさらった後、退場。すぐに、我々の出番だ。
勢いで真っ暗な舞台の真ん中で、私は叫んだ。
「どうも〜〜〜!! 不可能姉妹で〜〜〜す!」
……クスっ
小さな息のような笑いが、一部で聞こえた。
どうしよう。大きいつかみ、それぐらいしかないよ。
それでも、我々は練習した通りに漫才をした。
会場には、我々の声だけが響く。
安田大サーカスが終わって、皆帰ってしまったのか?
そんなことない。観客の、たくさんの目がこっちを見てる。
「ダイエットすんべー!」
「そうだ、ビリーズブートキャンプだっ!」
いくつかセリフを飛ばしたかもしれない。けれども、あの目から逃れたかった。
「サーコー!サーコー!」
このセリフを合図に、三人で拳を回しつつ、この魔境を後にした。
退場する時、「フフ」という頬の緩む声が聞こえた。
こうして、我々の一度きりのM-1の挑戦は、幕を閉じたのだった。
👘
M-1の帰り、「明日はゴミの日」が話しかけてきた。
「どうだった?」
「明日はゴミの日で〜〜す! だけはウケたわ」
彼らは「つかみ」に成功したらしい。
「そっちは?」
「まあ、不可能だったねー、名前の通り」
「安田大サーカスの後だったからね」
「え! すごい、そうなの?」
今から考えると、不遜すぎて可笑しい。たとえ安田大サーカスの前だろうと後だろうと、ウケなかったのは間違いない。それなのに「安田大サーカスの後だったから」だなんて言い訳をしている。
そうか。
その言い訳をさせてくれたのが、安田大サーカスだったのか。
なんて、いい人たちなんだ。
一度の無謀な経験が、安田大サーカスのおかげで、忘れられない思い出になった。
こうして、安田大サーカスにより、我々は本当の「不可能」姉妹になったのだった。
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