掌編小説 夜景とプロポーズ
「次はレストランを予約したから、そこに行かない? 夜景が見えてすごく雰囲気が良いところなんだ」
彼にそう言われた時から、次はきっとプロポーズされるんだろうと覚悟はしていた。
「何が不満だったわけ」
さつきが険しい顔で言う。
高校時代から現在に至るまで、深夜のファミレスに付き合ってくれる貴重な親友である。
「いや不満なんかなかったんだよ」
「じゃあなんで」
「うん」
「うん? いや先週会った時はノリノリだったでしょ?」
「うん」
「うん。しか言わんやん」
マッチングアプリで知り合った28歳の彼とは結婚を前提に半年前から月に2回のデートを重ねてきた。
「私も35歳だもん。できることならこのまま結婚まで行きたかったんだよ。ただ夜景がしんどかったの」
空っぽのグラスに氷が生み出したカルピス風味の水分を飲み干す。
「そんなの誘われた時から分かってた話でしょ。確かにベタだなとは思うけどさ。いいじゃない一生に一度なんだし。憧れのシチュエーションじゃない」
「いや、だからこそなのよ」
「どういうこと?」
私がしんどかったのは、夜景の見えるレストランというシチュエーションよりも、夜景そのものだった。
「あぁ、あの灯りのひとつひとつの下に生活があって、人がいて、それぞれの家族とか人間関係とか仕事があって、誰もがいろんな事情を抱えながら生きてるんだなって。そんな風に思ったら単純に街の明かりを"キラキラ綺麗だな"なんてお気楽には思えなかったんだよ」
「ほう」
さつきはオレンジジュースの入ったグラスを濡れてしなしなになったペーパーナプキンで拭きながら言った。
「なんでそれがプロポーズを断る原因になるわけ」
「だってそれこそ憧れのシチュエーションだよ。夜景の見えるレストランでプロポーズなんてさ。だけどそれを喜ぶには、私は歳を取り過ぎたんだって。急にこうグサっときたのよ」
「向こうはまだ二十代だもんね」
「そうなの。結婚てさ、もっと若いうちに。それこそ夜景が綺麗だと思えるうちにするもんなんだって気づいたんだよ。少なくとも彼は、それを喜べる女の子と結婚するべきなんじゃないかって」
「そんなこと無いって思いたいけど、なんかちょっと分かる。てか泣かないでよ」
真顔でいようと思うのに勝手に口がへの字に曲がってしまう。涙がぽろぽろと溢れた。
