花嫁は悪役になりたい
「悪役っぽいドレスが見たいです」
誰もがプリンセスになれる夢のような空間で、私の言葉は明らかに浮いていた。
友人が結婚する。
ブライダルフェアに行きたいのに夫と予定が合わない、いっそ一緒に来てくれと会うたびに血迷ったことを言っていた友人は、最終的に母親を相棒にいくつかのフェアに乗り込み、夫と喧嘩しながらも式場を決めたらしい。家族でもない私が同伴するのも面白そうで惜しくはあったが、ギリギリ正気を保ったようで何よりだ。と思ったのも束の間、今度はプランナーと揉めている。意見が合わない、予約をすっぽかされる、返信が来ない…なかなかの四苦八苦っぷりだが、それでも友人の目はキラキラしている。ほんっともう、とコーヒーを啜りながら一通り愚痴を吐き出し終えると、友人はスマホを取り出した。
「これってどう思う?」
披露宴のドレス選び。画面に写っているのは、青のドレスだ。長年「美女と野獣みたいなドレスが着たい」と言っていたのに、それはもう諦めたらしい。「それを着るには歳をとりすぎた」そんなことを言う。これからの人生、今が一番若いんだぞと発破をかけても、彼女は首を横に振るばかりだった。
披露宴の主役はふたりなのだから、とことん好きなものを追求すればいい。
そう思うのは、やっぱり無粋なんだろうか。これまで参列した結婚式を思い返しても、印象に残っているのはドレスの形より、その人の表情ばかり。
笑っていたな、とか。嬉しそうだったな、とか。それだけが、くっきり残っている。ひとり、お手製の手作りドレスを着た友人がいて、手作りドレスの大変さを手芸部で知っていた私は人一倍拍手を送ったのは覚えているが、やはりドレスの形状についてはぼんやりとしている。どうにも私は、詳細より雰囲気を優先して記憶に残すタイプらしい。
だから、本人が気に入ったドレスを着て、にこにこしてくれればそれで十分なのだけれど。あまり口を出すのも野暮だ。美女と野獣が見たかったなぁと内心溢しながら表情には出さないように、これもいいね、こっちも素敵、とスマホをスワイプする。
私はどうやって決めたんだっけ。
最初に浮かんだのは、笑顔でフリーズしたスタッフさんの顔だった。
「悪役っぽいドレスが見たいです」
常春パステルな世界のど真ん中で、私はそう言った。
当時はゆるふわ全盛期。ふわふわ、ひらひら、パステルカラー。お砂糖とリボンとできているような甘い甘い衣装室は、夢とやさしさで溢れた夢の国だった。ふわっふわでボリュームたっぷりのシルエットに、淡いピンク&ブルーが大人気。軽くて透け感があるものが特に人気ですね、そんな説明を夢の国の入国管理員みたいなスタッフが並べていくが、右から左へと流れていく。
これはアカン。
無言で首を振れば、夫も静かに頷く。というのも、私はヴィラン顔である。心根はさておき、正義か悪かで言えば確実に悪側に配置されるタイプの顔と雰囲気を背負っている。特に目。目の圧が強いのだ。ノーメイクでも強いし、アイラインを引けばエジプトが香る。面接練習で周りが目を見て話しましょうねとアドバイスを受ける中、「あなたは目が怖いので眉間を見て話してください」と教師に言わしめた女、それが私。溌剌とした笑顔を浮かべていたというのに、教師には獲物を追い詰めた猛獣のようにしか見えなかったらしい。誠に遺憾。さらりと放たれた教師の言葉はバケツの底の砂のようにずっと残って、知らない間にそのまま私の一部となり、いまでは長時間の会話や面談の際にそっと視線を眉間に移動させる癖に変わった。
スタッフさんの後ろに飾られたドレスに視線を移す。人気というだけあって、淡いブルーとピンクで構成されたドレスは、控えめに言って春の花嫁だ。
春かぁ。春は苦手だ。花粉症というのもあるが、着る服にどうにも困る。春服のシーズンが来るたびに、淡いパステルカラーは似合わないと店先を素通りし、白と黒で夏までやり過ごす。好きなものを着ればいいじゃない、の持論は私自身に向けてもいるが、そもそもパステルカラーが好きということもない。どちらかと言えばイチョウやモミジのような、くすんだ濃い色の方が好きだ。結果、パステルカラーとは平和的にお互いを拒絶しあっている。
が、ここは夢の国である。遂にパステルカラーと手を取り合う日が来たのかもしれない。スタッフが言う春の花嫁ドレスをきた私を想像するが、シンデレラのドレスを無理やり奪い取って着用した継母が脳内で笑いだし、しくしくとドレスが泣いている図が見えた。これはダメなやつだ。私にかかれば春のドレスは世界観ごと崩壊してしまう。
だからこそ必要だった、TPOを遵守しつつ、顔圧に負けないドレス。あと、どうせならおもしろいやつ。それらを一言でまとめた結果が「悪役」だった。
「ディズニーの悪役が着てそうな、強そうなドレスはありますか」
ポカンとするスタッフさんに追撃する。夢いっぱいのおとぎの国みたいな衣装室の中で、「強そう」という単語が誰にもキャッチされずに浮いている。そりゃそう。披露宴で、誰が戦うというのか。当時はヴィラン人気が走り始めたばかりで、個性重視だパンツスタイルだという、王道からちょっと逸れたデザインものは、なかなか置いてなかった。それでも譲れない。私の顔圧において、ラインが綺麗だとか二の腕が隠れるだとかは二の次でしかない。私の顔に負けない強い悪役のドレス。そんな、ラストダンジョンの宝箱くらいにしか置いてなさそうなものを、常春夢の国で求めた。
ではこちらに、と奥へ奥へと案内するスタッフさんについていく。当店イチオシであろうパステルなドレスたちをどんどん通り過ぎ、やがて隅っこにたどり着いた。途中、これも人気ですよの言葉にぴくりとも反応しない私を見て、さぞ「こいつぁ面倒な客が来たぞ」と思ったことだろう。青いドレスを紹介されるが、しっくりこない。せいぜい“強そうなシンデレラ”ってところだ。「まだ正義臭がするね」と隣でコメントする夫も大概染まってきているなと思う。スタッフさんはアハハ、と魂の抜けたような笑い声をあげていた。もっと色使いが強いものを見せてくれと再度お願いするが、色を強くするとシンプルになりがちなのか、渡されるドレスは、どれもスタイリッシュな正義のプリンセス感が滲み出ていた。
難航する予感を察し、次のドレスを待つ間スマホでそれらしいものを探す。悪役に寄せすぎるのも問題だ。人畜無害そうな顔をしている夫がタキシード姿で隣に立つことを考えると、“悪女と脅された貴族男性の図”みたいなことになる。それはそれで面白いかもしれないが、求めている方向性はそこではない。とにかく、夫の隣に立つことを考えると悪役すぎるのもよくない。なので、夫が漏らした「蜘蛛の巣モチーフの装飾まみれ」という案は却下させていただいた。やめなさい。2000年代ヴィジュアル系を召喚するんじゃない。
数分後、スタッフさんは心許ない顔で2着抱えて現れた。黒に近い青のドレスと、ほぼ灰色と言っても過言じゃない赤いドレス。後者に至ってはシルエットも元気がなく淀んだ雰囲気を纏っていて、華やかなはずのドレープも、ボロボロの錆びた布切れと言った感じ。もはや呪物の気配すらある。方向性は合っているが、ナイトメアがビフォアしてきそうなドクロは目指していない。とはいえ本番まであまり余裕のないスケジュールを組んでいるため、納得はしていないがこの店で決めるしかない。強いていうなら青い方が…と選んでいると、手元の資料とにらめっこしていたスタッフさんが顔を上げた。
「2週間、待っていただけませんか」
ー
そして2週間後、持ってこられたドレスを見た瞬間、「これだ」と思った。
寸前まで「あの青で妥協かな」なんて話をしていたのに。披露宴のカラードレスは妥協して結婚式の白いドレスを気合い入れようか、なんて話をしていたのに。深い緑色は力強いのに暗すぎず、艶感があって品がある。ベージュ生地との切り替え効果で、左右で印象が違って面白い。たっぷりのドレープが重量感を出していて、強そう。これだ。これしかない。「試着されますか」という声に前のめりで返事する。似合う自信がある。私の顔面に、こいつは張り合ってくれる気がする。
ウエストを締められ、呼吸を整えて、鏡を見る。鏡の中の自分は、どう見ても「救われるのを待つヒロイン」ではなかった。むしろ城を焼き払い、勇者の前に立ちはだかる側。このドレスこそが、私が目指した戦場(ひろうえん)への切符だ。
悪役が、鏡の中で笑った。
友人のスマホに映るドレスの一覧を見ながら、これが似合いそう、この色もいいねと盛り上がる。このデザインだと二の腕が気になるの、と躊躇するので、自分のを揺らす体当たりパフォーマンスで黙らせる。気にする二の腕ってのはこういうのだぞ、と。いや、本人が気になるならそれでいいのだけれど。でもやっぱり、人の目より、自分の「これ」を優先してほしい。
結婚式のパンフレット作りは任せてね、と友人と別れた帰りにゼクシィの前を通る。あの日「めっちゃ似合う!悪役!」と夫に太鼓判をもらったドレスは、今もどこかで誰かを待っているのだろうか。
友人はきっと、みんなに愛されるドレスを探している。一方で私は、私を愛するための武装を探していたのだと思う。多数・少数はあれども、どちらが正解ということはなくて、どちらも自分の心に正直になった結果だろう。
義母が作ってくれたネクタイで色を揃え、夫がホームセンターで睨めっこし、夜な夜なDIY技術を駆使して作ったゲームの武器を手に、入場口で合図を待っていた私たちは、きっといたずらっ子の顔をしていた。大好きなゲームをモチーフにした披露宴にしたい、と言った私たちにノリノリで「良いですね!」と返してくれたプランナーには、初手でえいやと攻撃を仕掛けておいた。笑ったカメラマンがもう一枚、というので背後からもてぇいと追撃する学生の昼休みみたいな私たちに、今から披露宴という雰囲気はなかった。座席表を確認している緑色の塊に「全員の頭を噛んでくださいね」とリクエストする。歯をカチカチ、と鳴らして返事をしてくれた両隣の2体の獅子舞は、参列してくれたみんなへ幸せを、と願って契約した縁起もの。これなら足の悪い叔母や、引っ込み思案の友人も着席したまま楽しめるだろう。恐ろしいモンスターみたいな獅子舞に、きっと甥っ子はおおいに泣いてしまうだろうが、それも思い出だ。
視線を合わせ、さぁいきますよ、とプランナーさんが扉を開ける。
壮大なゲームのBGMと共に左右に獅子舞を侍らせ登場した、あの披露宴での私たちは────きっと悪のボスだった。
左右の獅子舞(取り巻き)から順に倒さないと、本体(新郎新婦)にはダメージが通らないタイプのやつ。普段なら怖がられる目の圧だって、今日ばかりは最高のチャームポイント。カチカチと獅子舞が歯を鳴らし、夫が塗ってくれた毒々しい緑の爪先が、光を反射する。さぁさぁ、これが私だ。私が追い求めた晴れ姿だ。
流行に逆らって悪を追い求めた私は、あの日、あの時間、最高に幸せな「悪の主役」になれたのだ。
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