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桜屋敷を通る風/第9話

9. クロと子猫たち

 クロと子猫たちの縁側生活は、平穏で順調だった。初日の夜にクロを呼び込むのに時間がかかったくらいで、その後は毎晩箱で子猫たちと眠った。朝早くガラス戸を開けてやるとどこかに行き、そう時間をあけずにまた戻って来て子猫たちのそばにいた。

 最初は怖々入った家の中だったが子供たちと静かに一晩過ごせ、朝になると外に出してもらえた経験が、ここは大丈夫だとクロに思わせた。
 遠い昔の、数か月ほど過ごした家の中での記憶も手伝い、閉じた空間のふんわりした空気の暖かさや人の気配は安心できて良いものだと感じた。

 もちろん、クロたちを初めて中に入れた日は、みんなが気を遣った。大きな声は出さずにできるだけ静かに動いて、なるべく猫の近くを通らないようにしたのだったが、その気遣いをクロが感じ取っていたのだった。

 香菜のパパはというと、ほんとに猫が嫌いで介入したくないのか、とにかく知らん顔をしていた。けれど、クロたちが縁側の奥で眠るようになって数日後、夜遅く帰ってきた時に、薄暗い隅っこの箱の近くの障子をそっと開けて眺めていたことがあった。その時クロは箱の中から見上げ「お世話になってます」という風に小首を傾げまばたきを返したのだった。

 お天気の良い日中は外に箱が出され、午後の日暮れ前には子猫入りの箱は縁側の中に戻された。
 するとクロは3日も経たないうちに開けてほしい時はニヤーと鳴き、ガラス戸の鍵がかかっていない時は自分の前足でちょいちょいと自分が通れるだけの幅を開けて出て行くようになった。

 庭側のガラス戸を閉めると廊下になる縁側の奥の隅っこの、壁と壁との間の猫ゾーンには猫トイレや、お水の入った器(トラの家のような水が湧き出す機会ではなく、普通の小鉢)が大きめのプラスチックのトレーに置かれ、クロの食事場所も外ではなくそこになった。

 クロの姿は、少しずつ光沢を取り戻した。色褪せて抜け毛が目立った毛並みが艶やかになり、体はがっちりと貫禄がついて見えた。
 すっかり落ち着いた母猫になったクロが、きちっと前足を揃えしっぽの先をその上にきれいに乗せてしゃんと座ったその姿は、まるで黒い羽織の和服を着たご婦人のようで、卒業式で来賓席に座っているPTA会長の姿を彷彿とさせた。
 そう、クロはなかなかの教育ママで、まだ一日のほとんどを眠って過ごす子猫たちに猫トイレの使い方を教え、家の中を汚すことはなかった。

 香菜は、学校が終わると飛ぶように帰ってきて子猫たちを眺めた。眠っているときはそっと指先だけで優しく触り、起きているときはちょっとだけ抱き上げたりもした。
 少しでも長く子猫のそばに居たい様子で、宿題のプリントや問題集を縁側でやった。ちゃんと机で書きなさいと叱られても、なんやかんやと言い訳をして離れないのだった。

 桜の葉は数を増やし緑色を濃くしていった。お日様の光も少しずつ強さを増したので、桜の葉の影も葉の色と同様に濃くなっていった。

 そんな晴れた日のお昼を少し回ったころに、クロが庭で子猫たちにお乳を飲ませている時、垣根がカサカサと音を立てたと思うと、トラが顔を覗かせた。

「こんにちは。子猫ちゃんたちに会いに来たの!」
「あらトラちゃん、やっと見に来てくれたのね」
「もっと早く来たかったんだけどね。クロちゃんが誘ってくれたのになかなか来れなくてごめんなさい。どう?大きくなった?」

 トラは段ボール箱を覗き込んだ。
「最初のころより箱の中が窮屈になってきたの。私も太っちゃったけど、子どもたちも大きくなったわ。」
 クロは、狭そうに起き上がって、ひょいと箱の外に出た。

「ふわふわして、ほんと、かわいいわねえ」
 トラは箱の角に顎を乗せ、子猫たちをにこにこと眺めた。

「みんな白黒ねっ。うわぁ、この子丸顔でルナさんにそっくり。一番大きいんじゃない?なんて名前になったの?」

「そうなの似てるでしょ、この子だけ男の子でね、プーてっ言うの。丸々してるから、プーちゃん。」

「うんうん。プーって感じする!この子がもしオレンジ色で赤い服を着てたら「くまのプーさん」ね。クロちゃんは知らなかったっけ?今度うちで見せてあげる。プーさんのタオルとかね、ぬいぐるみもあるわよ。」

 トラは物知り顔で笑ったが、プーと名付けられたその子の顔は、黒と白のハチワレ。もし、と言うなら背中としっぽを白くして、4本の足を今とは逆の黒にすると、ほぼ赤ちゃんパンダだった。

 その隣に寝ている子の顔を見たトラはすぐに
「うーんと、この子は、きっとヒゲちゃんでしょ?」

「そう、当たりよ!やっぱりこの鼻の黒いブチは髭にしか見えないわよねっ。」
 クロがいたずらっぽく笑った。
「ヒゲちゃんは、立派な黒髭を蓄えた紳士のようだけど、女の子だからって、香菜ちゃんはすごく悩んでいたんだけど、一度思いついてしまうと他に考えられなくなったって。」

「この、クロちゃんに似た子は?あぁ、でも足の先が白いのね。しっぽもクロちゃんみたいに黒くて長いのに。」

「そうね、この子は黒いところが多いわね。でね、白いソックスを履いてるみたいでしょ。それで、香菜ちゃんがクツシタちゃんにするって言ったんだけど、香菜ちゃんのママが、この猫は白足袋を履いてるから、タビちゃんにしようって。」

 そしてクロは、末っ子で体が一番小さい子をちょいと前足でつついた。その体は白いところがほとんどで、少し尖った細い顔を上げると、おでこには控えめな黒色の丸いぶちがあった。

「この子も香菜ちゃんのママが名前を付けてくれたんだけど…、なんでもね、日光東照宮に左甚五郎って人が作ったこの子にそっくりな猫の彫刻があるんだって。でもね、ジンゴロウなんて長いから、ゴロちゃんだって。こんな美少女にゴロちゃんだなんて、ねぇ!」

 クロが幸せそうに、子どもたちに付けてもらった名前の話と、それぞれの性格などをトラに話した。
 トラは何度も子猫たちに頬をすり寄せた。
 この匂いまで可愛いとまるで自分の子供のように愛おしそうに見つめ、クロの話にも何度もうなずきながらころころと笑った。

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