【短編小説】静かな鬼の村のものがたり5おくりおに
やっぱり動きがイマイチな鬼アニメ、でもチガヤはかわいい
日本のある降雪地帯の山奥にその村はひっそりとある。
静かに長い時を過ごす鬼たちが息をひそめて山奥の集落で生活している。
ふだんは結界が張ってあって、獣や人間が入ってこられないようにしてある。
雪がやんで久しぶりに明るい陽射しがさしている日、子鬼のチガヤは自分が管理をしている結界が傷んでいないか、見回っていた。
見た目の年齢が人間の11歳くらいの子供の鬼は、二本の角が生えたおかっぱ頭に、白い綿入れに白い着物、海老茶のはかまを履いて、結界の紐を目で追いかけている。
「あ…」
結界の紐にからまれて、泣き叫んでいるイノシシの子供がいた。
「おいしそうだけど…まだ小さい…」
チガヤは結界からイノシシの子供を外すと、手をはなした。
子イノシシは少し離れたところにいた母イノシシの方へ突進していった。
「さよなら」
小さく言うと、結界の破れたところを霊力でなおした。
「チガヤ……」
不意に声をかけられ、振り向くと、年寄の鬼のフジネが立っていた。
「こんにちは」
あいさつをした。フジネは長い白い髪を後ろで一つ縛り、薄い藤色の着物を着ていた。体はやせていたが、ぴんと張った背筋や、しわは多少あるもののしみのない、きめ細やかな肌をした顔の造形が美しく、若い頃はさぞかし美人だっただろうという面影を残す女鬼だった。
その昔、人間の世界で花魁や、芸妓をしていたこともある鬼で、この村で静かに余生を送っていた。
チガヤは以前この鬼にお世話になっていたことがある。
「ねえ、チガヤ、上(神様)にね、あなたのいる場所を用意したから、いらっしゃいと言われているので、今旅支度をしているの、 明日旅立ちたいから、村長様に手伝ってほしいと伝えてほしいの」
チガヤはその言葉の意味をよく知っていた。立ちすくんだまま、大きく見開いた瞳に涙を浮かべた。
「ふああ…」
「泣くんじゃないよ!チガヤ!」
フジネは突然怖い顔になり、びしっとチガヤに向かって言った。子鬼の涙が止まる。
「そのまま持ち帰りなさい、そして、村長様に話し終えたら、好きなだけ泣きなさい」
チガヤは小さいながらも村長の見習いで、村長の家に寝泊りして修行をしていた。
「あい……」
頷くと、フジネに背を向け、とぼとぼと雪の道を帰っていった。
家に戻ると村長の白い鬼が書斎で必死になって、和紙と格闘し、村の歴史を筆で書きこんでいた。
チガヤが話して泣き崩れると、村長の鬼は溜息をついて、筆をおいた。
「そうか、フジネさんがねえ、最近、元気がないと思っていたんだ」
人間でいうと20代半ばから20代後半の男性の容姿、白い長い髪に二本の角、白い着物を着て、この小さな鬼の村の村長をしている霊鬼(たまき)はチガヤを見て腕を組んだ。
人間の世界で何十年も花魁や芸妓をしてきたフジネは、この村に移り住んで小さな小料理屋を開いていた。チガヤもその店を手伝っていた時期があった。チガヤの霊力が霊鬼に認められて、村長の後継者となることが決まって、店を辞めた後、しばらくしてそこをたたみ、彼女は隠居して、趣味の三味線を弾いていた。
「最近は寝てることが多かったです。おむすび持っていったりしました」
チガヤはすんすんと泣きながらつぶやく。
「そうか…では、明日はしっかり送ってあげなくてはならないな、チガヤ、衣装箱の中から墨染の衣を取り出して、衣紋掛けにかけておいてください、それからこの間作った、チガヤの墨染の衣も干しておいてください、フジネさんは、あなたの育ての親なんですから、あなたが喪主となって送ってあげましょう」
鬼の村の村長の役割は村の統治と、村の歴史の記録係と言われているが、この村においてはもうひとつ役割があった。
それは亡くなる鬼を、つむじ風を起こして、天にいる神のところへ送り届けるという役割で「おくりおに」と呼ばれている。
これは特別で才能のある鬼にしかできず、鬼の村や町の村長や町長が必ずできるわけではない。だが、この村の村長の霊鬼にはできた。
「『おくりおに』は霊力が強くないとできないからね」
1000歳を超える長寿の鬼でもある霊鬼は言った。
「チガヤは霊力が強いから、きっと明日、『おくりおに』の役目を果たすことができますよ」
霊鬼は懐から先のとがった六角柱の水晶の結晶を取り出した。
「鬼水晶は、「三本目の角」と呼ばれる霊力を増幅させることのできる水晶、これをつかえば、チガヤでも送りのつむじ風をおこせますよ」
チガヤは鬼水晶を手に取った。
透明の美しい水晶はろうそくのゆらゆらとする光を受けきらきらと輝いていた。
「うん……」
チガヤは頷いた。
はるか昔にチガヤは生まれた。チガヤの家はこの村では、要職にたずさわる鬼達を代々生み出している名門の家で、兄弟の中には神様に仕え、神の刀を守る為に神社に行った鬼がいた。
他の兄弟たちも体格がよく、村での仕事をよくこなし、村の鬼達の尊敬を買っていた。
チガヤはみそっかすで、兄たちに比べると体は小さく、成長が遅かった。そして、性別が未分化だった。
鬼の人生は長く、時間はゆっくり流れる。皆、そう信じていて、チガヤの成長の遅さを油断してみていた。
だが、チガヤと同じ年に生まれた鬼達が成人の姿になり、結婚して夫婦になり、子供をなして、その子供が成長しても、チガヤはまだ子供のままの姿だった。しかも、男とも女ともわからぬ性別が不明のままだった。
それでもチガヤは自立しようとがんばった。農家の畑作業を手伝ったりしていたが、朝から晩まで働いても、できる量は子供の小さな体ではしれていた。普通の大人の鬼ならば、働けば二食出るまかないも、チガヤは働きが少ないと一食だったり、サツマイモ一本だけだったりした。
チガヤの親は、彼女の扱いに悩んでいた。大人でもない、だからと言って子どもでもない、男でも女でもない不思議な生き物。結局さわらないことと決め、寝る場所だけを提供して、知らないふりを決めていた。
自分よりはるか後に生まれた年下の鬼にすぐに身長を抜かれ、村を歩けば、転ばされ、いじめられることもあった。わんわんと大声で泣くチガヤの声は村中に響き渡った。
そこへやってきたのは、その当時中年だった、フジネだった。
人間の外見でいくと40代くらいの美しい女の鬼は、転ばされて起き上がることを忘れて泣くチガヤを拾い上げ、背中に背負い、森の中に消えていった。

村から少し離れた森の中にはフジネの家があった。
「どうして泣くのさあ、ん?」
とんとんとんと、足でリズムをとり、背中をゆらすと、おんぶされていたチガヤの涙はひいてきていた。
その頃、フジネは村の中で小料理店を営んでいた。
「本当は割烹をやりたかったんだけどさ、こんな山の中ではまな(魚)が新鮮なまま出せないから諦めたんだよ」と言っていた。
街中で見つけた女鬼の板前と一緒にはじめたカウンターだけの店は、一人暮らしのひとりものの鬼や仕事を終え家に帰る前に少し飲みたい男の鬼達で繁盛した。
仕事熱心な女鬼だったら、フジネはそれなりに村の者たちに尊敬されていたのかもしれない、だが、彼女は若い頃、花魁や芸妓をするほど美人で、悪いことに「男の鬼好き」だった。そんなだらしない性格ゆえ、ちょっかいを出した男の鬼と、その奥さんと面倒なもめごとを何度も起こしたりしていた。
「あんたも私も村のきらわれ者、いいのさ、それで」
涙をふいてあげ、朝炊いた残りのご飯でおむすびを握ってあげると、チガヤはがつがつと食べた。
「お腹すいてたのかい。朝から晩まで働いてるのに、十分にご飯がもらえないんだね。これじゃあ、大きくなれないはずだ」
チガヤの頬についた米粒を食べると、フジネは言った。
「ここの村の鬼たちは冷たいねえ。よしよし、苦労したんだねえ、もう少しお前に気を使ってもいいと思うんだけどねえ」
囲炉裏で何かを煮る匂いがする。すんすんとチガヤが鼻をならすと、フジネは囲炉裏に吊るされた大きな鍋の蓋を取った。そこには輪切りされ、面取りされた大根がくつくつとだし汁で煮てあった。
「だいこん…」
「今夜お店で出すふろふき大根の仕込みだよ、これだけは、この時間にやらないと間に合わないからね、あら、もうそろそろ煮えたかしら」
チガヤは首を横に振る。
「ダメ…芯がまだ少し残ってる」
フジネは竹串を取り出すと、大根をつついた。
「あら、芯がのこってるわね、まだ煮た方がいいわ、あんたどうしてわかった?」
「匂いとお湯の湯気の上がり具合でなんとなく…」
「ふうん」
フジネは感心した。
その日の夜、店で皿洗いを手伝ったらまかないと出すと言ったら、小さな鬼は時間どおりに店にやってきた。
小さな背丈に合うように台を洗い場に置いてあげ、見ていると、器用に皿を洗っていた。
フジネの隣にいる板前が料理を作り出すと、すんすんと鼻をならし、ほわああ、と幸せそうな顔をしているチガヤをみてフジネは思った。
(後で食べられるまかないを想像しているんだね)
洗った皿や盃はふきんで丁寧にふかれ、また新しく料理が盛られたり、酒がつがれたりした。
「なんだ、おかみ、夜にこんな小さな子を働かせるのかね」
事情を知らないよその村から来た鬼が言ったので、フジネは笑った。
「チガヤ、生まれて数えの年を教えてあげな」
チガヤがつぶやくと、よその村の鬼は驚いた。なんとチガヤの方が年上だった。
「面白いねえ…」
フジネはふふとチガヤの頭を撫でながら笑った。
10時に店が終わり、フジネがのれんをしまうと、チガヤをカウンターに座らせた。
「遅くなってすまないねえ」
チガヤの目の前に置かれたのは白いご飯とお味噌汁。そして、昼間仕込ん
だ大根を使ったふろふき大根だった。大根には、板前が作ってくれた肉みそがたっぷりかかっていた。
「食べていいよ」
板前の女性とフジネもカウンターに座って遅いまかないを食べ始めた。
「どう?」
大根を箸で割って、ふーふーと息をふきかけ、さますと、ぱくりと食べ、チガヤはにっこり笑った。
「にがくて、あまくて、おいしい」
「大根の苦さが美味しく感じるんだったら、あんたも立派な大人だよ。どうだい?仕込みから閉店まで仕事やる気があるんだったら、うちで働くかい?夜遅くまで働くけど、ここは働きが悪いからって、まかないを渋ることはないよ、ただ給料は少ないけど…」
チガヤは頷いて、大きな声で「お願いします」と言った。
その次の日からチガヤは毎日、フジネの小料理屋で働くようになった。

朝、ゆっくりめに目覚め、午後になったら森の中のフジネの家で時間のかかる煮ものの下ごしらえをした。その日は前日、村の鬼からもらったイノシシの肉を使って角煮をした。
下ごしらえをしたら鍋を持って森をぬけ、村の中心部にある店に入り、店を清掃して開店の準備を始める。
あわただしいので疲れてくるのではないかと思っていたフジネは意外とよく動き、働くチガヤに驚いた。農家で働いていたというからそこらへんは鍛えられていたのかもしれない。
夕方5時に店は開店、料理か酒がなくなるまで営業、その間、チガヤは皿洗いをしたり、カウンターの皿を片付けしたりして、夜の10時に店を閉め、その後、まかないを食べて片付けて全ての仕事は終わる。
一緒に働いていくうちに、チガヤはかなり気がきくということにフジネは気が付いた。
客との話に夢中になりすぎて、他の客の熱燗を出し忘れそうになったフジネにかわって熱燗を出したり、他の料理に気をとられて、焼き魚を焦がしそうになった板前に「やけてます」と声をかけたり、酒癖が悪い客が、我を失いそうになる量になる手前に酒をとめて、「顔真っ赤」といって、お茶を出したりしていた。
「チガヤが来てから、私の店は治安がよくなって、民度が高くなったような気がするよ」
普段は毒舌なフジネが、ふふと笑いながらチガヤをほめることがあった。
あまりほめてもらうことのなかったチガヤはとても嬉しかったらしい。
ある日ふらっと村長がやってきて「この子をぜひ、次の村長として育てたい」と言い出した日まで、この仕事は長く続いた。

チガヤを連れた村長が、森の中のフジネの家を覗いた時、たくさんの鬼達が明日旅立つフジネの為に別れをつげに来ていた。
フジネに三味線や歌を習ったり、恋の悩みを聞いてもらっていた若い女の鬼たちは、フジネから着物を形見分けとしてもらっていた。店の客だった男たちはフジネが作ったドブロクをふるまわれ、思い出話を語り、涙していた。
フジネは自分の部屋に布団を敷き、半身を起こして来客と接していた。
「ああ、村長さん、こんなに早くきたのかい」
「明日の旅立ちの打合せをしようかと思いました、フジネさん。いいですか?」
「ああ、よろしくお願いするよ」
チガヤは霊鬼の斜め後ろに座り、二人の明日の儀式の段取りを聞いていた。
明日午前中に旅立ちたいという。多くの鬼が上へ旅だった村の高台で、村を見下ろしながら上にあがりたいと言ってきた。
「明日はチガヤが取り仕切りますが、いかがですか?」
霊鬼の提案に、フジネはチガヤの顔を見て頷いた。
「いいわね、チガヤ、頼むよ」
チガヤが頷くと、フジネは手招きをした。
近づくと、大きな声で言った。
「あんた、まだ小さなちんちんついてるかね?」
顔を真っ赤にした小鬼は小さな声で答えた。
「前より……小さくなった」
「そ、じゃあ、あんた、大きくなったら女の鬼になるかもね」
フジネは化粧道具入れから小さな手鏡を取り出した。
鏡面の裏側は美しい赤みの艶のある漆塗りで、藤の花が描かれた美しい手鏡だった。
「かんざしあげようかと思ったけど、男鬼になる可能性もあると考えると、これを形見分けした方がいいと思ってね」
チガヤは手に取り、礼を言うと、鏡を眺めた。
「女鬼になったら、毎日鏡を覗いて、いい笑顔をしているか確かめるんだよ、男鬼だったら、毎日鏡を覗かなくてもいいかもしれないが、時々、ゆるんだだらしない顔してないか確かめる…そのための鏡だ」
「これはいいものをもらいましたね」
霊鬼は言った。
「実は私も、大人の鬼になるまでは性別が未分化だったのです。なぜ男鬼になれたかというと、私が大人になる少し前に、美しい女鬼があらわれて、彼女が好きになったからですよ。チガヤがこれから出会う鬼で、いい男性の鬼が出てきたら、完全に女性の鬼に分化するかもしれませんね」
「そうだね、見たかったなあ…」
フジネは言った。
「あんたが、素敵な女の鬼になった姿をさ、そうだったら、私のきれいな着物をあげたのにさ」
チガヤは小さな声で泣いた。

翌日、チガヤと霊鬼は、墨染の衣を着て村の高台にいた。
村の大きな鬼がフジネを抱きかかえて高台に上ってきた。
フジネは杖を持ち、脚絆に手甲をして、旅装束を着ていた。
高台には、石でできたベッドのような鬼が一人横たわることのできる台があった。
フジネは石の台に横たわる。
「チガヤ…頼むよ…上へ連れて行ってくれ…」
チガヤはフジネの両手をぎゅっと握り、その後、その手を組ませた。
霊鬼の顔を見ると、彼は頷いた。
懐から霊鬼から託された鬼水晶を取り出すと、霊鬼に教えられたとおり古代の鬼の言葉で作られた、呪文を唱える。
すると、フジネの体が輝き、そして、それは消え、フジネは金の砂になった。
見送る鬼達が叫んだ。
ふわり
金の砂はチガヤが起こしたつむじ風によってくるくると舞い上がっていった。
「これが、『おくりおに』による、上への送りか」
初めて見た若い鬼が叫んだ。
ぐんぐんと上へ、金色の砂は円を描きながらあがっていった。
「あ…」
その上昇は突然止まってしまった。あと、もう少しで天界の高さで、ぐるぐると金の砂は登れずとどまっている。
チガヤは古代語を唱えながら、鬼水晶をぐるぐると回したが、上へ登れないようだった。
霊鬼は静かに近寄り、チガヤの手から鬼水晶を受け取る。
低い声で、静かに。
霊鬼が古代語をつぶやくと、ひゅっと、金の砂は再び回りながら上昇していった。
そして、雪雲の中に消えた。
鬼達は歓声を上げて、その後涙を流して、手を合わせた。
鬼の村の村長の役割は村の統治と、村の歴史の記録係。
そして、この村に住む命が尽きる鬼を上へ導く「おくりおに」。
その夜、霊鬼は書斎にこもり、硯で墨をすり、最近起きた出来事を和紙に記録していった。
ひさしぶりの「おくりおに」の仕事で、チガヤが自分がお世話になったフジネを途中まで送ることができたと記した。もう少し修行したら、チガヤも「おくりおに」が完璧にできるかもしれないと期待していると書いた。
そして、チガヤがなんとなく女鬼になるのではないかと書いた。性別が未分化で生まれた鬼は成長過程で出会った鬼達によって影響され、成人すると男鬼か女鬼に別れる。
長い間、男鬼と女鬼、そして人間男女を見てきたフジネだからこその予言で、それが当たってくれると嬉しいなと、霊鬼は書きかけたがあっと叫んで、和紙を破いた。
他の男鬼を好きになるあまりチガヤの村長の修行がおろそかになってしまうのは怖い。
前の村長の後継候補だった夏鬼は、人間が好きで、人間の世界にのめりこんでしまうあまり、村長になることが退屈になって、霊鬼の元を去っていった。
「取り越し苦労のしすぎか…」
破いた和紙を囲炉裏にくべて霊鬼がため息をついた。
フジネにもらった手鏡を磨いていたチガヤがそんな彼を不思議そうな顔をして見ていた。
これは日本の降雪地帯の山奥にひっそりと住む鬼たちの物語。
彼らはこれからも静かな生活を送り続ける。
(終)
作業用BGM「あの頃へ」安全地帯
「春よ来い」松任谷由実
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