【第四部】ウサ子とカメコ ― 手を振って、夜

まぶしさに目を細める。
風が一度、頬を撫でて消えた。

視界が広がる。
空の青さが胸の奥を満たしていく。

指先がわずかに前へ。
体が光へ引かれる。もう止まれない。

風を切る。
地面が近い。世界が速く回っていく。

草が跳ね、陽の粒が弾けた。
音も色も、ぜんぶ混ざって見えた。

空気を吸うたび、体が軽くなる。
心臓の鼓動が、風のリズムに合っていく。

胸が痛いほど熱い。
空気の味が、全身にひろがる。

宙で一拍、止まる。
時間だけがゆっくりになる。

着地の瞬間、時間が止まる。
足裏がやわらかく沈み、重さだけが前へ流れた。

息が追いつく。
裾だけが、まだ風に残っている。

静けさが戻る。
道の先が、やわらかい光を抱いていた。

風に髪がなびく。
微かに笑みを残して、静かに手を上げた。

小さな合図が空へ溶けた。
また同じ場所で、と心の中で繰り返す。

言葉より先に、別れが静かに形を取った。

道が金色に変わる。
影がのび、音が遠くなる。

家々の屋根に光が落ちて、風の匂いがやわらぐ。

夕陽が沈むころ、道の色がひとつずつ変わっていく。

空気が冷たくなった。
家の前で立ち止まり、空を見上げた。

月が上がっていた。
風が静まり、髪の先だけがまだ外の空気を覚えている。

外から虫の音が重なって聞こえる。
森の気配が遠くからやさしく届く。

布団の感触が心地よくて、体の力がほどけていく。

森の残響がまだ胸に残る。
まぶたがゆっくりと、夜の重さを受け入れていった。

風鈴が鳴った。
音が部屋の奥まで届いて、夜が完全になった。

夢の入り口で、息を整える。
赤い紐が指のそばで、そっと動いた。
あとがき
この作品を作っていて、ただ形を作ることに夢中だった頃の自分を思い出しました。
ウサ子が森を観て回る姿には、少しずつ「見る」から「感じ取る」へと変わっていく過程を重ねています。
画面の構図や光の置き方を通して、風景を観察すること、そしてそこに立つ人物の心の変化を描けたらと思いました。
ウサ子の成長を通して、誰かが世界を少し違う角度で見てくれたなら嬉しいです。
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