清涼飲料水の記憶
記憶を辿るしかないのだが、覚えている一番古いところに、米屋の話がある。昔は米を米屋で買っていた。そのとき、黄色いビタミンの粒のようなものが一緒についてきていた気がする。そこから、たしか武田だったと思うが、オレンジ系のジュースを飲んだ記憶がある。米屋で瓶で買い、冷蔵庫で冷やして飲む。優しい味だった。ビタミンが沈んでいるから逆さにして、という記憶もある。
プラッシーだったと思う。
夏はヤクルトはもちろんのこと、カルピスが多かった。カルピスも瓶だった記憶がある。
病院に行くと、三角のコーヒー牛乳、あるいは普通の牛乳を飲んだ覚えがある。牛乳は清涼飲料水ではないが、あのテトラパックの三角形が懐かしい。
当時はお風呂屋で飲むものはガラス瓶に紙の蓋だった。
あの紙の丸い蓋が流行った記憶もある。
お小遣いをもらって駄菓子屋に通うようになると、ファンタではなく、チェリオを飲んだ。安かったからだと思う。
王冠の裏に当たりがついていて、三回連続で当てたことがある。その場で当たり、その場で交換できる。「あんたよく当たるねえ」とおばちゃんに言われながら、友達にあげてしまっていた。
ラムネもあった。どこのラムネだったかは覚えていないが、ビー玉で栓がされたのをビー玉を抑えて飲む、あの飲み方が面白かった。あれも駄菓子屋だ。
家の近くに瓶のコカコーラの自動販売機ができ、そこでコーラを飲んだ。最初は美味しいと思わなかった。何度も飲むうちに好きになっていったのだと思う。
かなり時間がかかった気がする。一番好きだったのはファンタオレンジ、グレープ、それからやはりスプライトだった。
スプライトは今でも好きだ。
親戚の家に行くと、ペプシコーラが出てきた。ペプシコーラというのはそれまで知らなかったのだ。
コーラに2種類があるとは、地域の違いを感じた。
三ツ矢サイダーはもっと前からあった。みかんのつぶつぶジュースもあった。プルトップではなく、小さな缶切りで二箇所に穴を開けて飲むオレンジジュースもあった。
小学生の頃、夏の水泳クラブの休憩時間に発売されたばかりのポカリスエットを何度か飲んだ。コカコーラと同じ二百五十ミリリットルの細長い缶で、コーラの赤とポカリの青が並んでいると綺麗だった。
ポカリは二百円だった気がする。高かった。
高校時代になると、自動販売機でみんな好きずきに買っていた。高校の中にある自販機は紙コップが出て細かい氷とともにバヤリースみたいなオレンジジュースが飲めた。
あと校外の自販機だとゲータレードやNCAAのようなスポーツ系のものも百花繚乱だった。自分が好きだったのはウィスパーというやつで、なぜ好きだったのかよくわからないが、すぐに販売終了してしまった。メローイエロー、マウンテンデュー、スウィートキッスも似たような味だった。
ガラスでできたダルマ瓶だったのが、丸ぽくいかにも八十年代っぽかった。
まる文字と同期していたのだろうか。
大学に入ると、ジャワティーや探せば見つかるルートビア。小説の影響だったかもしれない。かっこつけだろう。
コーヒーも粉からドリップで入れて飲むようになった。
当時、コカコーラのCMが大人っぽいと感じていたが、アルコールが飲めるようになると途端に子供ぽく感じるようになった。
