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いのちがいたよ

この世界では、
ときどき
常識よりも強いものが
あらわれます。

それが、
子どもの命です。



ある日、
子どもが十人で
横断歩道をわたりました。

信号は、
赤でした。

車の信号は、
青でした。

でも、
車は止まりました。

なぜなら、
進んだら
子どもにぶつかってしまうからです。

だからこのとき、
大事だったのは
信号の色ではありません。

命がそこにあったから
それだけでした。



子どもたちは、
法律も、
ルールも、
知りませんでした。

ただ、
前に進みました。

すると、
車も、
大人も、
世界も、
止まりました。

動いたのは子ども。
止まったのは大人。

常識が止まり、
命が勝った。

ただそれだけの話です。



大人は、
いつもルールを知っています。

赤は止まる。
青は進む。

だから、
止まることはできます。

でも、
止まっているだけでは、
世界は変わりません。

世界が変わるのは、
だれかの命が
常識の前に
立ったときです。



この世界では、
ときどき
戦争よりも
強いものが
あらわれます。

それが、
子どもの命です。



ある日、
戦争の最中、
数千人の子どもたちが
手をつなぎました。

横一列に、
前を向いて。

その手には、
武器も
道具も
ありませんでした。

ただ、
前に進みました。



前には、
兵士がいました。
手には、
銃がありました。

後ろには、
命令がありました。

撃て。
進め。
戦え。

進めませんでした。

撃てば、
子どもに当たってしまうからです。



このとき、
負けたのは
誰でしょう。

負けたのは、
戦争です。
常識です。
法律です。

すべてが、
子どもの命の前で
止まりました。

子どもたちは、
戦争を
止めようとは
していません。

ただ、
前に進みました。

それだけで、
戦争は
止まりました。

命が、
そこにあったから。

ただ、
それだけの話です。



世界には、
たくさんのルールがあります。

でも、
そのルールは
はじめから
正しかったわけじゃありません。

「おかしい」と言った人がいて、
ルールをやぶった人がいて、
あとから
ルールが変わりました。

そのとき、
変わるきっかけになったのは
いつも
誰かの命でした。



だから、
世界を変えた人は、
最初は
「悪い人」
と呼ばれました。

でも、
あとになって
「必要な人」
と呼ばれました。

命が、
常識を書きかえたからです。

横断歩道でも、
戦場でも、
起きていたことは
同じでした。

赤か青か、
敵か味方か、
命令か違反か。

そういう
区別の前に、
命が
立っていました。



だから、
子どもが
世界を変えたのでは
ありません。

世界のほうが、
進めなくなった
だけです。



横断歩道では、
車が止まりました。

戦場では、
兵士の足が
止まりました。

止まった理由は、
いつも同じでした。

進めば、
子どもの命に
ぶつかってしまうからです。



正しさでは
ありません。
やさしさでも
ありません。

ただ、
無視できない
現実が
そこにあった。

子どもは、
なにもしません。

世界が、
自分で
止まったのです。

いや、世界が止まった理由を、

私たちは
世界のせいにしていました。

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