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私の寺社巡礼(阿蘇神社と国造神社)

別府からやまなみハイウェイを通って阿蘇市までは90㎞ 程の距離だ。湯布院を抜け、牧ノ戸、瀬の本を通り、阿蘇の外輪山をいっきに下ると一の宮町に出る。
一の宮町の阿蘇神社の楼門は日本三大楼門として知られ、国の重要文化財に指定されている。他の二つは茨城県の鹿島神宮の楼門、福岡県の筥崎宮(はこざきぐう)の楼門だ。

阿蘇神社の楼門

阿蘇神社は2016年4月の熊本地震で楼門は倒壊し、2023年12月、7年8カ月の修復修理を終えて元の姿を取り戻した。修復の様子を示す案内がある。

災害復旧の説明図。 右上が災害時の写真

阿蘇神社には1978年に行ったようだがあまり記憶にない。手元に阿蘇神社の案内が残っているので恐らく行ったのだろう。

阿蘇神社の楼門 両側には回廊の壁と門がある。
パンフレットの内側に参拝記念のスタンプを押してもらっていた

記憶を確かめるために修理を終えた楼門と本殿を2024年2月に再訪した。楼門の柱は接ぎ木されたところがあり、また楼門の内側には二本の耐震補強鋼管柱が組み込まれている。楼門をくぐって拝殿にお参りしたのだが、接ぎ木されたところは木の色が違うので気づいたが、鋼管柱はまったく気づかなかった。この文章を書きながら写真を見てみると確かに二本の黒い柱が写っている。楼門に向かって右手には神幸門が、左手には還御門がある。いずれも被害を受けたものの修復は終わっている。一方、楼門とかつてはあった門をつなぐ回廊様の壁はない。いずれ再興されるのだろう。

古い案内にも映っている楼門右手前の手水舎(てみずや)も今はない。楼門前の参拝路を挟んだ反対側に手水舎と、銘水神の泉と言われ豊富な湧水がある。自由に汲むことができるのでいただいて帰った。阿蘇の湧水は南阿蘇村が有名で、その中でも白川水源は環境省の日本名水百選にも選ばれているが、阿蘇市一の宮町にも、神の泉の他に手野の名水と呼ばれる湧水がある。一の宮町には水飲み場を歩く水基巡りという楽しみ方もある。手野の名水の手前には農神の国造神社がある。
ここにも神社と水の関係がみられる。

国造神社
国造神社は阿蘇神社の北にあるので北宮と呼ばれる。この神社にも1978年に訪れている。この神社の記憶と阿蘇神社の記憶が混ざり合って、いずれも不確かな記憶になっている。
だが、一つだけ鮮明に覚えているのは、この神社が国造(こくぞう)神社と呼ばれていることについて。この呼び名に違和感を持った記憶がある。神社は日本古来の宗教観で、その神社の呼び名も大和言葉で表されると思っていたからだ。「くにつくり」神社ではなく、「こくぞう」。一方、寺は中国からの渡来の宗教観に基づくので、呼び名は音読みになる。絶対的なルールではないがその傾向はそこそこあると思う。

今回訪れると、花嫁、花婿が記念写真を撮るところに出会った。東京駅の前でウエディング姿での記念写真を撮るところも見たことがあるが、神社での記念写真は趣があってよい。

国造神社で見た花嫁花婿さん

今回訪れても、あまり鮮明には記憶は蘇らなかった。国造神社で有名なのは毛野の大杉で、樹齢2000年とも言われ国の天然記念物に指定されていたが、1991年の台風で主幹が折れてしまい今は保存処理が施された根と幹を見ることができる。1978年時は勿論大杉はあったはずだが、どうにもそれを見た記憶は蘇ってこない。

国造神社の案内看板 手野の大杉の説明書きがある。

ここまで、九州の寺社を綴ってきた。ここからは九州を離れてみよう。

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