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生きる意味についての考察

お疲れ様です。江部です。
今回は掌編ではなく、僕が考えている生きている意味について、脳の整理も兼ねて、書いていこうと思います。

☑︎生きている意味がわからなくなっちゃったな
☑︎生きていたって意味ないよ
☑︎なんで生きてるんだろう?

生きているといろんなことを考えますね

僕は生活していると、生きている意味が急にわからなくなることがあります。健康な考えの人なら、まずこう言ったことは考えないんでしょうが、僕はうつ病だったこともあり、気持ちの持ち方が弱いので、たまに考えてしまうことがあります。

結論から言うと、誰も生きている意味ないと思うんです。親御さんに「お前は我が一族の悲願を果たすために生まれてきたんだよ……」と言われていても、そんなもの関係ありません。生きている意味なんてないんです。というか、意味がない方が、むしろ幸せなのかもしれません。

なんて事言うんだ!と思う方もいるかもしれません。ちがうんです。僕が言いたいのは「みんな生きてる意味ないんだから徒労だよ。何やっても無駄じゃん」と言うことではなくて、「意味がないからこそ、自分で自分の生き方に意味を後付けしていこうぜ」と言う比較的前向きな意味です。だからさっき、「お前は我が一族の……」みたいに自分の生き方を他人に定められるより、意味がない方が幸せかもしれない、というわけです。

僕には、今でも希死念慮があります。でもそれは、満ち足りた気持ちが前提で起こる感じで、鬱を発症していた頃に感じる重くて辛い気持ちではありません。今生きてて楽しいな、幸せだな、と心から思える属性の、うれしい希死念慮です。
ありがたいことに、僕は生きていきます。健康に生きています。うれしい希死念慮に脅かされるわけにはいきません。まだ意味のない人生に、意味を持たせるために、これからも掌編を書いていきたいです。これを読んでくださったあなたにも、これからの僕の作品を読んでもらいたいです。
ここまで読んでくれてありがとうございました。普段は掌編作品を投稿しています。お気に召しましたら、そちらも読んでいただけるとすごく嬉しいです。

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