「私」を主張したくなるのは"無い"と思っているから
「私は月と太陽で作られているんだなぁ…」
今朝、起きてコーヒーを淹れているとき、自分の中からこんな気持ちが湧いてきた。
その瞬間、今までにないくらいの安心が私の中に拡がった。
月と太陽とは、私の生まれた時間のホロスコープが印す度数のサビアンシンボルのことで
なぜそんなふうに思ったのかと言うと、常日頃私の頭の中で繰り広げられている会話はこの月と太陽が印すキーワードでしかないと言うことに気付いたから。
「周りに欲しがらなくても内側から溢れ出てくる」
瞬間的にそう悟ったんだ。
悟ったと言うとなんかものすごい感じがするなぁ、、(笑)。なんというか、んー、、自分の中に"馴染んだ"って感じ!!
それもこれもこの二つのもつキーワードを知ったことで断片的に普段の日常から「ここにもあった!」と自分の内側に"在る"の認識を深めてきたからかもしれない。
事に、これまでの私はそれを全て両親に向けていた。
月は母へ
太陽は父へ
そうある"べき"とジャッジして、
そうじゃ"ない"を自ら探して腹を立てていた。
「私の月と太陽を汚さないでよ!」と。
月と太陽を埋めてくれない。
理想の姿を見せてくれない。
そのガッカリが未練となって、ドロドロとしたエゴを作り出しているのかも。
私の期待に応えてくれない!親のくせに!酷い!!ってね。
そしてそれは父と母を投影するこの世の全てにも向けられる。
だからこそ、まずは自分の月と太陽のサビアンシンボルを知ることがとてもとても大事だなって思った。
そしてそんな自分を俯瞰してキーワードをキャッチできるだけの空白も必要だ。
エゴでいっぱいのとき、自分の月と太陽を周りに分からせようと戦いの気持ちが湧く。
だってずっと我慢してきたんだもん。ずっと抑えて周りの期待に応えてきたんだもん。
「私」を主張したくもなるよね。
もちろん私も散々そうしてきたし、今も自分の分かってないところでエゴを振りまいてると思う。
だから粛々とテハナシで内側のお掃除をすることで月と太陽のキーワードをキャッチする余白と、それを自分に浸透させる余裕を空けておく。
そして空いたスペースに、父と母(そしてそれを投影する全て)に求めてた月と太陽を内側から見出していく!
自分の中に「あった」が拡がると不思議と主張も減るんだよね。"自分の中で深めよう"そんな感じ。
分からせようとするのは自分の中に「ない」と思っているからで、それを周りに期待して、もらおうとする姿勢から来ているのかも。
なんて、
この気付きは私の体感だけでしかないから合ってるかどうかは分かんない。だけど自分の月と太陽のサビアンシンボルをまずは知って、意図しておくのは自分にとってとてもとてもプラスになることは間違いないと思う。
何事も知ることから始まるし、知ることで気付けるようになる。そして気付きが体感を生み自分だけの答えへと通づる。
私はそう信じてる。
今朝方の気付きはその積み重ねからのもので、そして自分の中にもう「ある」ものとして無意識にも落とし込めたのかもしれないなと思った。
まだまだ「私」を主張したくもなるけれど、その度に気付いてテハナシして、自分で自分の月と太陽を見出し輝かせることにこれからの自分を使っていってあげたいな☆
