私の月は素晴らしい
魚座の新月🌚✡*
「月」について
今ある感覚を書いてみようと思う。
*
とてもスピリチュアル的な表現なのだけど
「月」は
宇宙からこの地球へ降り立つときに
たったひとつ選んで持ってきた、
自分だけの大切な "愛のカタチ" なのではないかと思った。
愛されたい!
認められたい!
分かってほしい!
そうやってエゴを振り回してきたけれど
本当は
愛したい!
愛を届けたい!が原点で
それがまさに「月」の部分なのだ。
だけど先に"無い"世界を体験する。
認められない
受け容れられない
届かない 拒絶される
それがとてもとても悲しくて
やりきれなくて…
他の子の「月」が
受け容れられてるのを見て
絶望する。
悔しさが込み上げる。
「私の愛はこんなにも素晴らしいのに!」
そうやって負けてたまるか!
見返してやろう!と
怒りのエネルギーへと転換し
周りを、自分を、攻撃する。
本当はただ
愛を届けたかっただけなのに…
愛が深いほど憎しみや恨み、執着が増して
分からせようと自分を主張し出す。
純粋な愛のエネルギーではありえない
ねじれやひねくれ、全く素直じゃないカタチ。
「月」を手放すとは、
愛が届かなかったときに感じた
心の痛みを手放すことなんだと思う。
悲しかった。寂しかった。
喜んで欲しかった。笑って欲しかった。
愛を受け取って欲しかった。
そうやって拗ねてた自分を認めて
本当の気持ちを自分が受容する。
宇宙からこの地球へと
持ってきたときのように
純粋な愛のカタチへと戻してく。
すると現れるのが、
「やっぱり私の愛は素晴らしい」という
自分の月へと愛おしさと
「私がこの地球に唯一持ってきたのだから
誰とも比べなくてよいし、
誰かのものを奪わなくてもいい。
だって枯渇することはないのだから。」という
自信よりも上の芯のようなもの。
*
今日、川沿いをお散歩していて
これまでの悔しさや負けたくなさを味わっていた。
まだ泣けるのか。
すごいな〜自分。なぁんて思っていたら
ある瞬間フッとこんな気持ちへと切り替わった。
"私、本当によく頑張ってきたんだな"
なんというか温かくて柔らかくて
自分に対する心からの労いの声で
じーんと心に沁み入った。
"私は私のこの愛を世界に流していけばそれでいい"
そう思えたんだ。
もちろんその後もすぐSNSなどを見て、
他の誰かの月を羨む気持ちも出てくるけれど
だけど引っ張られずに自分に意識を向けられている私がいた。
そうやって繰り返しながら
自分の月だけに全力投球できる私に
なっていけばいい。
私の太陽星座魚座の新月の今日、
なんとなく自分の中で
オワリノハジマリを迎えられたようで嬉しかった。
