第十話 同じだと思っていたのに
📘 はじめて読む方へ
このお話は、子どもが働く体験のできる
こどものくにを舞台にした物語です。
※前のお話のつづきになります。
前回のお話はこちら👇
(会社法)👉 第九話 きょうだけ社長さん
今回のお話と、直接つながる回のお話はこちら👇
(民法)👉第八話 それでいい、って決める場所
📚 こどものくにシリーズ一覧はこちら
👉🏰こどものくに(やさしい法律教室シリーズ内)
道ばたの草が、ゆっくり揺れていました。
今日は、おしごとの日ではありません。
はるきは、新しいおさいふを持って、家の前に立っていました。
(この前、ゆかりちゃんと行った場所……)
(個人商店エリア)
はるきは、そっと車に乗りこみました。
ボタンを押すと、車はなにも言わず、すぅっと走り出します。
* * *
広場は、今日もにぎやかでした。
机の上には、カードや、ぬいぐるみ、小さなおもちゃ。
子どもたちの声が、あちこちから聞こえてきます。
はるきは、少し迷ってから、ひとつの机の前で足を止めました。
そこには、小さな木のコマが、三つ並んでいました。
赤、青、黄色。
くるくる回すと、きれいに色がまざります。
「それ、じぶんで作ったんだよ」
お店に立っていた男の子が、にこっと言いました。
「いくら?
三つほしいな。」
はるきが聞くと、男の子は答えます。
「コイン、三まい」
はるきは、少し考えてから、おさいふからコインを三まい出して、
お金を入れるための箱の中に入れました。
そのとき、他のお客さんがやってきて、
男の子に話しかけました。
男の子は、コインを確認することなく、
あわてて、コマを三つ、
渡してくれました。
契約書は、出てきません。
光る文字も、ありません。
でも――
ちゃんと、売り買いは終わりました。
* * *
広場のすみ。
はるきは、ベンチにすわって、コマを回していました。
くるくる。くるくる。
「……きれいだな」
そのとき。
「さっき、買ってくれた子かな?」
声をかけられて、顔を上げると――
さっきの男の子が、立っていました。
「あのさ……」
少し、言いにくそうな顔。
「さっきのコマなんだけど」
「うん?」
「三まいって言ったの、コマ、一つの値段なんだ」
はるきの手が、ぴたりと止まりました。
「……え?」
男の子は、あわてて言います。
「ぼくね、三つで九まいのつもりで……
ちゃんとコイン数えてなくてごめん」
はるきは、頭の中が、混乱していました。
(三つで、九まい……?)
ふたりのあいだに、しばらく、沈黙が流れました。
だれも、うそは言っていません。
だれも、だまそうとしていません。
でも――
ちがっていました。
* * *
しばらく、ふたりは黙っていました。
広場のにぎやかな声が、少し遠くに聞こえます。
はるきは、手の中のコマを見つめました。
(三つで、三まいだと思ってた)
(でも、この子は……一つ、三まいだと思ってた)
はるきは、ゆっくり顔を上げました。
「……ねえ」
男の子も、顔を上げます。
「ぼくね」
はるきは、言葉を選びながら言いました。
「三つで、三まいだと思ってた」
男の子は、うなずきます。
「ぼくは、一つで、三まいだと思ってたんだ」
ふたりは、顔を見合わせました。
「……ちがってたね」
「……うん」
だれかが、まちがえたわけじゃありません。
だれかが、だましたわけでもありません。
ただ――
思っていたことが、ちがっていただけ。
(どうしたらいいのかな……)
はるきは、そっとコマを差し出しました。
「……じゃあ」
「いちど、なかったことにできないかな?」
男の子は、少し驚いた顔をしました。
でも、すぐに、うなずきました。
「うん……そうしよっか」
男の子は、はるきに、コイン三まいを返しました。
はるきは、コマ三つを男の子に返しました。
ふたりのあいだに、ほっとした空気が流れました。
* * *
そのあと。
はるきは、ひとりでベンチにすわっていました。
さっきまで回していたコマは、もう手の中にはありません。
(ちゃんと話したのに……)
(それでも、ちがうこと、あるんだな)
はるきは、空を見あげました。
そのとき、
ポケットの中で、パスポートが、静かに光りました。
開くと、こんな言葉が書いてあります。
売る人と、買う人が、
同じだと思っていた 大事なところ(たとえば値段)が、
ちがっていたとき。
だれも だまそうとしていなくても、
大事なところが、ずれていたとき。
これを、さくご(錯誤)といいます。
錯誤があった場合、原則として、
売り買いは「やめます」と言って、
取り消すことができます。
取り消されたら、
お互いに、もらったものは、
もとのところへ返さなくてはいけません。
はるきは、しばらく、その文字を見ていました。
(……そっか)
(こういうときは、ぼくが「やめたい」って言えば、いいんだ)
さっき、自分で決めたこと。
ちゃんと考えて、そうしようと思ったこと。
あれは、ちゃんと意味があったんだ。
胸の中に、すとん、と落ちる感じがしました。
そのとき、パスポートが、もう一度、
やわらかく光りました。
ただし、
「ちゃんと確かめれば分かったはず」のことを、
そのままにしていたときは、
取り消せないこともあります。
だから、売るときも、買うときも。
だいじなところは、ちゃんと確かめること。
それが、あとで困らないための、
いちばんの近道です。
はるきは、そっと、目を閉じました。
(三つで、三まいだと思った)
(一つで、三まいだと思ってた)
どちらも、ほんとう。
どちらも、まちがいじゃない。
でも――
考えてることが、同じじゃなかった。
はるきは、そっと息をはきました。
(……じゃあ)
(どうしたら、よかったんだろう)
ちゃんと、聞けばよかった?
もう一度、確かめればよかった?
「三つで、三まいでいい?」って、言えばよかったのかな。
それとも――
べつの、やり方があったのかな。
答えは、まだ、出ません。
でも。
はるきは、思いました。
(きっと……ちゃんと、考えること、なんだな)
(決める前に)
なんだか、少し疲れたな。
でも、今日もまた。
この世界のことを、すこしだけ。
知った気がしました。
🏰前のお話はこちら👇
👉第九話 きょうだけ社長さん
🏰次のお話はこちら👇
👉第十一話 ひとりで きめた ねだん(準備中)
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※気づいた人だけが読める、パスポートのいちばん奥。
📘 パスポートの秘密のページ②――はるきの知らない、やくそくのしくみ
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🌿司法書士ママ|みか
平成19年司法書士試験合格。
売買・相続などの不動産登記や会社・法人登記に15年以上たずさわっています。
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