見出し画像

大ゴッホ展

去年と今年はゴッホイヤー

日本人の大好きなゴッホ
10年ばかりの創作期間と、生前には売れた絵は1枚だけという、日の目をみることなく精神的にも追い詰められ最終的には自害するという悲哀に満ちた画家。独特の色彩と力強いタッチの油絵

そのゴッホの作品展が2025年には3つ(大ゴッホ展、ゴッホ展、ゴッホインパクト)開催されました。ゴッホインパクトは終了してしまいましたが、他の2つは巡回で2026年もみることが可能。
まずは神戸で開催された大ゴッホ展をみてきたのでその感想を備忘録も兼ねて。(下書きで放置してました⋯)

看板にも力はいってます

展示の「旅」を歩く

この展覧会は、ただ名画を並べた場所ではない。「オランダ→パリ→アルル」というゴッホの人生の旅路に沿って作品が配置されており、鑑賞者は彼と一緒に色彩を発見していくような体験ができる。くすんだ茶色が主役だったオランダ時代から始まり、パリで印象派の画家たちと出会ってパレットが一気に明るくなり、南フランスのアルルへ移ってから色が爆発する──そのドラマを、実際の絵を眺めながらたどることができる。

なかでも目を引いたのは、《夜のカフェテラス》の「置かれた場所」だ。展示のいちばん奥のクライマックスに飾るのではなく、「アルル到着」の直後に位置している。これはつまり、この絵が「完成」ではなく「始まり」だというメッセージだ。鑑賞者はこの絵を見てから、さらに歩き続けなければならない。その先に待つのは、精神病院へと向かうゴッホの物語──。そう思うと、あの温かな光景がほんの少し、切なく見えてくる。

「黒」を使わずに夜を描く、ということ

この絵を見たとき、真っ先に気になったのは「黒がない」ことだった。

1888年の秋、ゴッホは本当にアルルの広場へイーゼルを持ち出し、夜の闇の中で絵を描いた。普通であれば、夜の暗さは黒や暗褐色で表す。ところが彼は、夜空を青と紫で、影を深いコバルト色で、カフェの明かりを硫黄のような黄色と淡い緑がかったレモン色で描き、黒をほとんど使わなかった。

医学の知識を借りて言うと、人間の目は「見慣れた色」で世界を補正する仕組みを持っている。夜でも「あの壁は白いはず」「空は暗いはず」と脳が判断して、実際に目に届く光とは少し違う色を「見て」しまう。ゴッホはそれをやめた。目に飛び込んでくる刺激を、そのまま素直にキャンバスに乗せた。知識ではなく、知覚に従ったのだ。

弟テオへの手紙の中で彼はこう書いている──
「夜は昼よりも生き生きとして、色に満ちている」。
これは単なる詩的な表現ではない。暗い場所では目の感度が上がり、街灯との明暗の差がよりくっきりと感じられる。ゴッホが「夜の方が豊か」と感じた理由には、ちゃんと体の仕組みが関係していた。彼の直感は、案外、科学的に正しかったのかもしれない。

絵の中に隠れた「最後の晩餐」

少し立ち止まって、絵の奥をじっくり見てほしい。テラスに座る人物を数えると、ちょうど12人いる。中央奥には長い髪の人物が立っており、画面の左の端には、闇の中へ消えようとする人影がある。美術研究家のジャレッド・バクスターはこの構図に、ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》との共鳴を見出した──12使徒、中央のキリスト、そして闇へ去るユダ、と。

単なる偶然だろうか。実はこの絵を描いた頃、ゴッホはテオへの手紙に「宗教がとても必要だと毎日感じる」と書き送っている。牧師の家に生まれ、自分も伝道師を目指したものの挫折したゴッホにとって、信仰は傷の残るテーマだった。その彼が、意識していたかどうかはわからないけれど、夜のカフェの人々を「あの構図」で描いた。

後にゴッホは南フランスのサン=レミにある精神病院に入院することになる。《夜のカフェテラス》は、彼が最も幸せだった時期に描かれた絵だ。でも今となっては、あの温かな光の中に、何かざわざわとしたものが潜んでいるように感じる。光が明るいほど、そのまわりの闇は深い。

印刷では伝わらない、絵具の「もり上がり」

どんなに精巧な画集も、本物の前では追いつかない。縦80センチ、横65センチほどのキャンバスには、ゴッホ特有の厚塗り(インパスト)が積み重なっている。少し斜めから見ると、絵具の凹凸が自分で陰影を作っているのがわかる。ガス灯のあたりは特にすごくて、絵具が彫刻のように盛り上がり、触れられそうな存在感がある。
ゴッホは色彩にも強い関心があった。オランダ時代のゴッホはバルビゾン派のミレーなどを模写し、暗く陰鬱な印象を受ける絵が多い。しかしパリに出てきて、当時パリ万博の影響で市民に流行っていた日本の浮世絵からも色彩や構図など多大なインスピレーションを受けたとされる。事実、今回の展覧会では展示されていないが《タンギー爺さん》という世話になった画商を描いた作品では(同じ構図で3作品ある)、背景に浮世絵がしっかりと書かれている。


タンギー爺さん
ロダン美術館、パリ
※今回は展示されていません

また、浮世絵からインスピレーションを受けた作品は《花魁》や《雨の大橋》などいくつかある。

花魁
ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム
※今回は展示されていません


もちろん、ゴッホが影響を受けたのは浮世絵だけではない。クロード・モネやポール・セザンヌなどからも影響を受けたとされるがとくにピサロからは色彩について多大な影響を受けたとされる。
弟テオへの書簡620にも「ピサロが言うことは正しい——色彩が調和や不協和を通じて生み出す効果は大胆に誇張されるべきだ。それはデッサンと同じだ——正確なデッサン、正しい色彩——それらは我々が求める本質的な要素ではないかもしれない。なぜなら、もし色とあらゆる要素で固定することが可能だとしても、鏡に映る現実の反映は、写真と同じく決して絵画ではないからだ。」との記載があり、ゴッホ自身が様々な手法を試す中でピサロの色彩を工夫して調和や不協和を生み出す方法からも強い影響を受けている。
ただ、同じ書簡のなかでゴッホは「君にもここ(注:アルル)で過ごしてほしい。やがて視覚が変わり、より日本的な目で物事を見、色彩を異なって感じるようになるだろう。また、長期滞在こそが私の個性を引き出すと確信している。日本人は神経が繊細で感覚が単純だからこそ、稲妻のように素早く描くのだ。」とも述べており、日本人、日本文化に対するあくなき敬意が見て取れる。
それらの色彩へのあくなき探究心の集大成の一つとも言える作品が、この《夜のカフェテラス》なのだ。
黒を使わずに(実際は少しは使っているが)、夜を描く。

一点、会場についてお伝えしたいことがある。照明の色合いは作品に寄り添った設定で、なかなか良かった。ただ、休日は《夜のカフェテラス》のまわりが混み合い、あの「斜め45度から絵具の凸凹を確かめる」位置に立つのが難しかった。この絵は「正面から眺める絵」というより「角度を変えながら発見する絵」なので、もし平日に行けるなら、少し時間をかけてじっくり向き合うことをおすすめしたい。

撮影可能でした

「ゴッホ・イヤー」だからこそ、比べてみる

2025〜26年は日本各地でゴッホ展が重なっている。「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(アムステルダムのファン・ゴッホ美術館の作品が中心)と、本展(オランダのクレラー=ミュラー美術館の作品が中心)が、ほぼ同時期に開かれているのだ。両者を見比べると、同じゴッホでも切り口がずいぶん違うことに気づく。ファン・ゴッホ美術館の展示が「家族の手紙でつながる人間ゴッホ」を語るとすれば、本展は「色と形の革命家ゴッホ」を語っている。

さらに2027年には第2期「アルルの跳ね橋」展も予定されている。その大きな流れの中で見ると、今回の展示はゴッホの前半生を描く「第一章」にあたる。《夜のカフェテラス》は、その第一章の中でいちばん輝かしい瞬間──そして、次の暗転が始まる直前の一コマでもある。

光は、闇があるから光だ

《夜のカフェテラス》はなぜ、130年以上たっても人を惹きつけるのだろう。おそらくそれは、この絵が「不安を抱えた人間が、夜の中に見つけた光」を描いているからだと思う。

お金に困り、心が追い詰められていたゴッホが、それでも夜の広場にイーゼルを立て、黒を一切使わずに夜を描いた。医師として言えば、心が苦しいとき、人は色を失うことがある。世界が灰色に見えてくる。それでも彼は、青と黄と紫で夜を塗り続けた。

この絵の前に立つと、夜勤明けに患者さんと向き合ったあの時間が、ふと頭をよぎる。一番暗い時間に、一番鮮やかな色を探そうとすること──それはゴッホだけではなく、私たちみんなに、ときどき必要な眼差しなのかもしれない。


「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」は現在、福島県立美術館(2026年2月21日〜5月10日)に巡回中、さらに東京・上野の森美術館(2026年5月29日〜8月12日)でも開催予定です。実物を前にする機会を、どうかお見逃しなく。

いいなと思ったら応援しよう!