「黎明の護剣士(れいめいのごけんし)」—夜を切り裂き、黎明を呼ぶ者たち—
第十二章 血影 ― 奈落に染まる紅 ―
血影の奇襲により老人の治療を終える前に立ち向かう灰音蓮。
血影は戦いの場を自身の陣地へ移すために蓮を瘴気の森へ誘う。
血影の跡を追う蓮。
森の奥へ進むと闇に覆われた荒野の大地は、まるで長き年月のあいだ血を吸い続けたかのように黒ずみ、歩みを進めるごとに、湿り気を帯びた土が靴底にまとわりついた。
風は重く、鉄錆のような匂いを含んでいる。
呼吸をひとつ吸い込むだけで、喉奥に鉄を噛むような味が広がり、胃の底まで冷やされるような錯覚を覚えた。
――ここが七つの影、血影と戦う戦場だ。
そう、蓮は直感で理解した。
過去に幾千幾万の命が屠られ、絶望と怨嗟と血潮だけが降り積もった「瘴気の森」。
ただ立っているだけで皮膚が焼けるように疼き、心臓の鼓動さえ削がれてゆく。
その荒野の中心で、蓮は足を止めた。
夜の静寂が、唐突に深まり――次の瞬間、粘つくような声が虚空から響いた。
「……ようこそ、我が瘴気の森へ。灰音蓮。」
闇が形を結ぶ。
漆黒の外套を纏い、赤黒い靄を吐き出す巨影が再び蓮の前に立ちはだかった。
顔は闇に沈んでいるのに、その両眼だけは赤く濁った光を放ち、まるで血そのものを凝縮したように鈍く輝いている。
七つの影――そのひとり。
最凶と謳われる「血影」。
ただ存在しているだけで空気は歪み、荒野の風さえ怯えたように凪いでいる。音も色も生命も奪い尽くす、その場違いな異様さ。
蓮の背筋を冷や汗が伝う。
呼吸は荒れ、胸を圧迫するような重苦しさに、思わず歯を食いしばった。
――逃げろ、こいつは強さのレベルが違う。
と本能が叫ぶ。
だが、その声を押し殺すように蓮は口を開いた。
「……待たせたな。決着を付けるぞ。」
「ほう……恐怖を隠そうともせぬか。いや、それすら飲み込んで立つか。面白い。」
血影の口元に浮かんだ笑みは、嘲笑か、それとも期待か。
その笑みに宿るのは、人の心ではない。
殺戮に飢え、血潮を糧とする怪物の貌。
蓮は腰の刀を抜き、刃を構える。
烈火一閃。――幾度も死地をくぐり抜けさせた必殺の技。焔を纏うその刃が、闇夜を裂いて鈍く光った。
だが血影は、一瞥すらせず薄く笑った。
「構えも、呼吸も、鍛錬の跡は見える。だがな……その程度で俺に届くと思うな。」
言葉が落ちた瞬間、世界が赤に染まった。
――蓮の周囲に無数の刃が浮かび上がったのだ。
「……っ!」
それは金属ではない。血潮が形を変え、刃へと凝縮されている。
空気が震え、血の斬撃が一斉に蓮へと襲いかかった。
蓮は咄嗟に地を蹴り、破影と豪烈火一閃を解き放つ。炎の斬撃が血刃を弾く。
しかし払っても、消えない。
血は血を呼び、斬り払ったはずの刃が再び形を取り、倍加して迫り来る。
「……血そのものを、操っているのか!?」
「正解だ。俺の血も、屠った者どもの血も、すべてが俺の刃となる。血は生命。生命は刃。つまり、人間を殺せば殺すほど俺は強くなる。」
血影の笑い声が夜を震わせる。
蓮の背筋に寒気が走る。まるで人の形をした「業」そのもの。
だが蓮は刀を握り直し、低く構えた。
「なら……その血ごと、お前を斬り払う!!」
全身の力を込め、2度目の豪烈火一閃を放つ。
炎を纏う斬撃が赤の奔流を打ち砕き、夜空を焦がした。
一瞬、空気が澄む。
だが、血影はそこに立ったまま無傷だった。
血潮が渦を巻き、やがて巨大な血剣を形成する。
「いいぞ……もっとだ。俺を楽しませろ。お前の炎がどれほど俺の血を蒸発させるか……見せてみろ!」
血剣が振り下ろされる。
地が割れ、赤黒い奔流が荒野を呑む。
蓮は必死に刀で受け止めるが、骨が軋み、全身から血が滲む。そして、2度目の斬撃で蓮は吹き飛ばされ、木々に叩きつけられた。
片膝を付いて刀を地に刺し、血影を睨む蓮。
――これが血影の力。
七つの影の中でも最凶と恐れられる所以。
その時、血影が口を開く。
「その剣技、あの男を思い出すな。」
「あの男?」
「お前の父親、灰音宗一をな。」
蓮は驚愕し、血影に問う。
「なぜ、お前が父さんを知っている?!」
血影はニヤリと笑いながらある真実を口走った。
「お前の父は、、俺が殺した。」
「!?」
血に染まる戦場に衝撃が走る。
続く‥‥
