久世家日誌③|久世無子(くせなしこ)

二回目の訪問。
インターホンの前に立った時点で、前回とは少しだけ気持ちが違った。
一度来ている家、というだけで、人はこうも余裕が出るらしい。
……とはいえ。
僕は相変わらず、キョロキョロしていた。
右。
左。
表札。
もう一度、右。
そしてインターホンを押す。
ピンポーン。
「はい」
すぐに返事があった。
ドアが開く。
「こんにちは」
現れたのは、奥さん――久世無子さんだった。
「こんにちは。橋本です」
「どうも。今日もよろしくお願いします」
前回と同じやりとり。
同じ声のトーン。
同じ立ち位置。
……うん。
やっぱり、この人は落ち着いている。
「こちらにどうぞ。主人は奥にいますから」
案内されて、リビングへ。
有蔵さんは前回と同じ場所、同じソファに座っていた。
表情も、姿勢も、だいたい同じ。
「こんにちは」
「……どうも」
短いやりとり。
よし、いつも通りだ。
今日は二回目ということもあり、
有蔵さんの様子を見ながら、少しずつ体を動かしていく。
その間、僕の意識は――
なぜか奥さんに向いていた。
無子さんは、キッチンとリビングを行き来しながら、
洗い物をしたり、洗濯物をたたんだりしている。
動きが、とにかく普通。
歩き方も普通。
物の置き方も普通。
動線も無駄がない。
……普通すぎる。
おかしい。
夫婦というのは、だいたい似てくるものだ。
生活のクセ、考え方、立ち居振る舞い。
なのに。
有蔵さんは、あんなにクセが強いのに。
奥さんは、驚くほどクセがない。
……そんなこと、あるか?
僕はリハビリをしながら、
頭の中で別の作業を始めていた。
有蔵さんの動きの確認。
これからどう進めるかのイメージ。
家の中の環境チェック。
そして――
無子さんのクセチェック。
視線が、勝手に泳ぐ。
キッチン。
洗濯物。
立ち姿。
振り向き方。
……ない。
本当に、何もない。
普通すぎて、逆に怪しい。
怪しすぎる。
リハビリ中の僕の頭は、フル回転だった。
有蔵さんのこと。
今後の流れ。
そして、無子さん。
気づけば、どっと疲れていた。
二回目の訪問リハビリは、
思った以上に体力を削られた。
「今日はここまでにしましょう」
「……ありがとう」
有蔵さんが、短く言った。
無子さんは、いつものように玄関まで見送ってくれる。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
靴を履き、外に出る。
「……今回も事件が起こらなくて、よかったな」
そう呟いて、次の訪問先に向かった。
──次回、久世家日誌④
これまで静かだった久世家に、
ついに“クセ強”が登場する。
久世家・長男。
クセ強め。
次回、久世大吉。
