シングルファザーになって、楽しみが一つ増えた。
「パパ見てー!」
夕方の空に少しずつオレンジ色が混ざり始めた頃だった。
娘が友達の子どもを追いかけながら走っている。
走っているというより、笑いながら転びそうになっている。
追いかけたり、追いかけられたり。
気づけば二人とも汗だくだ。
その横で私は親友と話していた。
仕事の話。
最近買ったものの話。
どうでもいい話。
何を話していたのかは正直ほとんど覚えていない。
でも、その時間が妙に心地よかったことだけは覚えている。
ふと、
「ああ、今日はただ楽しいな」
と思った。
最近あまり感じていなかった種類の感情だった。
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親友の家族とはよく遊ぶ。
たまたま娘と同い年の子どもがいて、家も近い。
お互いの家を行き来したり。
公園へ行ったり。
夏には花火をしたり。
特別な予定ではない。
「今日空いてる?」
そんな感じで会える距離感だ。
ありがたいなと思う。
最近は特に。
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シングルファザーになってから、大人と話す時間が減った。
もちろん会社では毎日話している。
人事の仕事だから、面接もするし、社員とも話す。
でも、それは仕事の会話だ。
家に帰ると、大人は私しかいない。
娘との会話は増えた。
「見て見て」
も聞くし、
「なんで?」
も聞く。
最近はずいぶんおしゃべりになった。
それでも当然、大人同士の何気ない雑談とは違う。
人事という仕事柄、一日に何人もの大人と話しているのに。
最近は、こんな何でもない雑談の時間がこんなに嬉しいものだったんだと気づいた。
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先日も一緒に花火をした。
スーパーで買った花火の袋を開けた瞬間から、子どもたちのテンションは最高潮だった。
「次これ!」
「まだやる!」
「こっちも!」
とにかく忙しい。
大人たちは順番に火をつけ続ける。
気づけば花火の袋は空になっていた。
さっき開けたばかりだと思っていたのに、本当に一瞬だった。
子どもにとって楽しい時間は短い。
たぶん、大人が思っている以上に。
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その時だった。
娘が私ではなく、親友に花火を差し出した。
「つけてー」
親友は、
「はいはい。」
と笑いながら火をつける。
私はその横で話を続けていた。
そして数秒後に気づいた。
私、今ほとんど娘を見てないな。
普段なら考えられない。
公園でも。
買い物でも。
ご飯を食べる時でも。
どこかで娘のことを気にしている。
自分しかいないのだから、それが当たり前になっている。
でも、その日は違った。
娘は笑っている。
近くには親友夫婦がいる。
私は安心して話している。
その瞬間、「大人が何人かいる」ということが、こんなにも心強いんだと初めて思った。
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両親は北海道にいる。
何かあった時にすぐ頼れる距離ではない。
だから普段は、自分でも気づかないくらい少しだけ気を張っているのかもしれない。
友達家族と過ごす時間だけ、その緊張が少し緩む。
別に助けてもらっているわけじゃない。
でも、「もし何かあっても、自分一人じゃない」。
その安心感は思っていたより大きかった。
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花火が終わると、娘は少し不満そうな顔で言った。
「もうないの?」
袋は空っぽだった。
帰り道になっても、
「まだ花火やりたかったなあ。」
と言う。
少し歩いて、
「またやろうね。」
とも言う。
よほど楽しかったんだろう。
私は
「そうだね。」
と返した。
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その時ふと思った。
今日みたいな時間が特別だと思っているのは、もしかしたら私の方なのかもしれない。
娘にとっては、友達と遊んで、花火をして、たくさん笑った一日。
きっと、それだけだ。
でも私にとっては少し違う。
肩の力を抜いて、大人と話して、娘が笑っている姿を安心して見ていられた日だった。
そんな日は、思っていたより多くない。
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シングルファザーになってから、失ったものについて考えることは多かった。
足りない時間。
足りない手。
一人で判断しなければいけないこと。
そういうものは確かにある。
でも最近は、失ったものばかりじゃないのかもしれないとも思う。
友達との距離だったり。
助けてもらうことへの抵抗の少なさだったり。
こうして誰かと一緒に娘の成長を見られる時間だったり。
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帰り道。
娘はまた花火の話をしていた。
「あれたのしかったね。」
「またやろうね。」
何度も同じことを言う。
私は、
「そうだね。」
と答える。
次はいつできるだろう。
お互い仕事もあるし、予定だってある。
思ったよりすぐには会えないかもしれない。
それでも。
またこんな夕方があったらいいなと思う。
失ったものはたくさんある。
それは今も変わらない。
でも今日みたいな時間があると、今の暮らしだからこそ見えている景色もあるのかもしれない。
その景色の名前は、まだ分からない。
ただ。
娘が何度も「また花火やろうね」と言った帰り道を、私はたぶん長く覚えていると思う。
